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第38話
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ここで、料理が冷めてしまうことが気になり、和彦は焼き魚に箸を伸ばす。一方の御堂は、焼き物にステーキを選んだ。なんとなく意外な気がしたが、御堂は苦い顔をして、体力をつけるために肉を食べろと周囲の人間たちから忠告されているのだと教えてくれた。
それを聞いた和彦は、他人事とは思えなくて破顔してしまった。
「大事にされてますね」
「お互いにね。――さっきの君の質問の答えにも繋がるけど、君は本当に、総和会から大事にされているよ。だからこそ一部の人間は、わたしが目障りで仕方ないだろう」
和彦の頭に浮かんだのは、二人の男の顔だ。あえて名を出すまでもなく、御堂とは認識を共有しているはずだ。
「総和会は、君の機嫌をなるべくなら損ねたくないんだ。だからこうして、わたしが君と会うのも大目に見られている」
だからといって、批判がないわけではないだろう。自分の知らないところで駆け引きが行われているのかもしれないと推測し、和彦は改めて、総和会という組織の得体の知れなさに思いを巡らす。
そんな組織のトップに君臨しているのが、長嶺守光という男なのだ。そして、自分の父親は――。
不穏な触手がまたじわりと広がったようだった。和彦は、世間話を装って切り出す。
「御堂さんは、賢吾さんとつき合いが長いのでしたら、長嶺組の本宅に出入りされていたこともあるんですか?」
「まあ、数回といったところかな。お互い、友達の家に遊びに行くという年齢でもなかったし。一応わたしは組の関係者だったから、まだ堅気の人間のほうが、気軽に出入りできていたかもしれないな」
御堂の言葉に、微かに肩が揺れる。
「……その頃は長嶺組の組長は、今の総和会会長だったんですよね……」
「ピリピリしていたよ。勢力争いが活発な頃だったからね。長嶺組が、というわけじゃなく、極道の世界全体が。本来こういう表現をしちゃいけないんだろうが、だからこそ、活気があった。影響力もあったから、忌避されながらも、反面、その影響力は頼りにもされていた。今はなんでもやりにくいよ。慎重に、警察の目をかいくぐることに神経を注いでいる」
一見してヤクザとは程遠い優美な外見をしている御堂だが、しみじみと語る口調はやはり、裏の世界の住人なのだと強く実感させられる。
「そんな時代に、長嶺組長は特に一目置かれていた。同業者にも、警察にも。いろいろ危ない目にも遭ったようだけど、あの通りだ」
「すごい人だったんですね……」
こういうとき、自分は凡庸な感想しか出てこなくて困ると、和彦は内心で嘆息する。
「いつだったか、賢吾が言っていた。子供の頃、自分の父親に権力欲なんてないと思っていたのに、あるときから変わったと。人が変わったように、長嶺組を大きくすることに心血を注ぎ始めたらしい。そして今は、総和会を」
和彦はふと、かつて守光が何者であるか知らないまま交わした会話を思い出していた。新年を迎えたばかりの頃、ホテルのティーラウンジで、和彦は初めて長嶺守光という人物と出会ったのだ。
「賢吾さんは、会長が変わったきっかけについては……?」
「さすがにそこまでは聞かなかったな。あそこの父子関係はなかなか複雑だから、こちらもどこまで立ち入っていいやら」
ここまで話して、御堂がひたと見据えてくる。一瞬宿った瞳の怜悧な光に和彦はそっと息を詰める。
「長嶺組の歴史が気になるなら、それこそ、長嶺の男たちに直接聞けばいい。君が興味を持ってくれたと、喜んで語ってくれるだろう」
「いえ、そんな大層なことではなくて――……」
「それとも君が興味があるのは、長嶺の男たちのうちの一人かな」
穏やかな口調で問われたが、内心和彦は、刃の切っ先を突きつけられたような緊張感を味わう。
俊哉と守光との間に何かあるのかと、今はまだ誰にも気取られてはいけない。和彦は自分に言い聞かせ、心に堅固なカギをかける。
「……ぼくがここで正直に答えると、御堂さんはきっと、賢吾さんに話してしまうでしょう? だから、言いません」
御堂は目を丸くしたあと、笑みをこぼした。どうやら冗談として受け止めてくれたようだ。
「嫉妬深い男たちに見染められると、いろいろ大変だね」
視線を泳がせながら和彦が曖昧な返事をすると、御堂はますます笑みを深くする。おかげで緊張感は薄れ、いくらか安堵して食事を楽しむことができた。
それを聞いた和彦は、他人事とは思えなくて破顔してしまった。
「大事にされてますね」
「お互いにね。――さっきの君の質問の答えにも繋がるけど、君は本当に、総和会から大事にされているよ。だからこそ一部の人間は、わたしが目障りで仕方ないだろう」
和彦の頭に浮かんだのは、二人の男の顔だ。あえて名を出すまでもなく、御堂とは認識を共有しているはずだ。
「総和会は、君の機嫌をなるべくなら損ねたくないんだ。だからこうして、わたしが君と会うのも大目に見られている」
だからといって、批判がないわけではないだろう。自分の知らないところで駆け引きが行われているのかもしれないと推測し、和彦は改めて、総和会という組織の得体の知れなさに思いを巡らす。
そんな組織のトップに君臨しているのが、長嶺守光という男なのだ。そして、自分の父親は――。
不穏な触手がまたじわりと広がったようだった。和彦は、世間話を装って切り出す。
「御堂さんは、賢吾さんとつき合いが長いのでしたら、長嶺組の本宅に出入りされていたこともあるんですか?」
「まあ、数回といったところかな。お互い、友達の家に遊びに行くという年齢でもなかったし。一応わたしは組の関係者だったから、まだ堅気の人間のほうが、気軽に出入りできていたかもしれないな」
御堂の言葉に、微かに肩が揺れる。
「……その頃は長嶺組の組長は、今の総和会会長だったんですよね……」
「ピリピリしていたよ。勢力争いが活発な頃だったからね。長嶺組が、というわけじゃなく、極道の世界全体が。本来こういう表現をしちゃいけないんだろうが、だからこそ、活気があった。影響力もあったから、忌避されながらも、反面、その影響力は頼りにもされていた。今はなんでもやりにくいよ。慎重に、警察の目をかいくぐることに神経を注いでいる」
一見してヤクザとは程遠い優美な外見をしている御堂だが、しみじみと語る口調はやはり、裏の世界の住人なのだと強く実感させられる。
「そんな時代に、長嶺組長は特に一目置かれていた。同業者にも、警察にも。いろいろ危ない目にも遭ったようだけど、あの通りだ」
「すごい人だったんですね……」
こういうとき、自分は凡庸な感想しか出てこなくて困ると、和彦は内心で嘆息する。
「いつだったか、賢吾が言っていた。子供の頃、自分の父親に権力欲なんてないと思っていたのに、あるときから変わったと。人が変わったように、長嶺組を大きくすることに心血を注ぎ始めたらしい。そして今は、総和会を」
和彦はふと、かつて守光が何者であるか知らないまま交わした会話を思い出していた。新年を迎えたばかりの頃、ホテルのティーラウンジで、和彦は初めて長嶺守光という人物と出会ったのだ。
「賢吾さんは、会長が変わったきっかけについては……?」
「さすがにそこまでは聞かなかったな。あそこの父子関係はなかなか複雑だから、こちらもどこまで立ち入っていいやら」
ここまで話して、御堂がひたと見据えてくる。一瞬宿った瞳の怜悧な光に和彦はそっと息を詰める。
「長嶺組の歴史が気になるなら、それこそ、長嶺の男たちに直接聞けばいい。君が興味を持ってくれたと、喜んで語ってくれるだろう」
「いえ、そんな大層なことではなくて――……」
「それとも君が興味があるのは、長嶺の男たちのうちの一人かな」
穏やかな口調で問われたが、内心和彦は、刃の切っ先を突きつけられたような緊張感を味わう。
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「……ぼくがここで正直に答えると、御堂さんはきっと、賢吾さんに話してしまうでしょう? だから、言いません」
御堂は目を丸くしたあと、笑みをこぼした。どうやら冗談として受け止めてくれたようだ。
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視線を泳がせながら和彦が曖昧な返事をすると、御堂はますます笑みを深くする。おかげで緊張感は薄れ、いくらか安堵して食事を楽しむことができた。
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