血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
919 / 1,268
第37話

(31)

しおりを挟む
 本当に元気だなと思いながら和彦は、いつもの癖で千尋の頭を手荒く撫でる。
「ぼくはまだ動けないから、お前だけ先にシャワーを浴びてこい……」
「二人でゆっくり入ろうよ。俺が全部やってあげるから」
「……それはちょっと、魅力的な提案だな」
「じゃあ、すぐにお湯溜めてくるっ」
 締まりのない笑顔を見せた千尋がベッドを飛び出して行こうとしたので、慌てて腕を掴んで引き止める。
「下着ぐらい穿いていけっ」
「えー、どうせすぐ脱ぐじゃん……」
 ぶつぶつ言いながらも、ベッドの端に腰掛けた千尋が、床に落ちた下着を拾い上げようとする。わずかに上体を起こして、まだ目に新鮮に映る刺青に見入っていた和彦だが、あることが気になり、何げなく尋ねた。
「なあ、刺青を入れたら、組か長嶺の家で、祝い事みたいなことはするのか?」
 下着を掴んだまま、不思議そうな顔で千尋が振り返る。
「祝ってもらえるのかな?」
「……ぼくに聞くなよ。いや、お前の家は行事ごとはいろいろしっかりやっているから、これはどうなのかと気になっただけだ」
「うーん、大っぴらにはしないよね。組員同士ならさ、気安く話すかもしれないし、体を見せることもあるだろうけど。俺が知る限り、じいちゃんとオヤジが背中にあるものを披露したなんて話は聞いたことないかなー。そもそも、ごく限られた組員か、特別な相手以外は知らないと思うよ。俺たちの体にどんな刺青が入っているかなんて。それどころか、入っていること自体、どれぐらいの人間が知ってるか。俺も、特別な人にしか見せるつもりないし」
 ここで千尋が意味ありげにニヤニヤと笑う。
「じいちゃんとオヤジの刺青って、それぞれの気質がよく出てるだろ? 日ごろ長嶺の男たちを、食えない古狐だとか、蛇みたいに陰湿な野郎だなんて、陰口叩いている奴らは、まさかそのまんまのものが、背中に堂々と彫ってあるなんて、思いもしないだろうね」
「――……よくまあ、そんな命知らずなことを楽しそうに口にできるな、お前」
 苦笑を洩らしかけた和彦の脳裏を、鋭く刺すものがあった。反射的に起き上がると、半ば無意識のうちに千尋の腕に手をかける。
「先生?」
「お前にこんなことを聞かせると気を悪くするかもしれないが……、会長は、滅多に肌を見せないんだ」
 和彦が言わんとしていることを察したらしく、ちらりと複雑な表情を見せて千尋が頷く。
「先生を抱くとき?」
「だから感じるんだ。会長にとって刺青を見せるということは、特別な行為なんだと」
「つまり先生が、『特別な相手』ってことだろ」
 和彦はこのときには、一か月以上も自分の神経をチクチクと刺激し続けていたものの正体がわかっていた。
 睡眠薬で朦朧とした意識で、電話越しに俊哉のその言葉を聞いたとき、まっさきに感じたのは、なぜ知っているのか、という率直な疑問だった。それが強烈な眠気で押し流され、記憶は霞みがかったように曖昧になった。
 あのとき和彦が引っかかったのは、俊哉が放った『化け狐』という言葉だったのだ。
 守光の背に棲む、九本の尾を持つ毒々しい黄金色の狐の姿は、和彦の目にしっかりと焼き付いている。あれを見て、ただの狐と表現する人間はいない。直接目にした者こそが、言える言葉だ。
 俊哉はいつ、守光の背にあるものを見たのか――。
 和彦は恐ろしい可能性に気づき、口元を手で覆っていた。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

処理中です...