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第37話
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和彦の言葉に、一拍置いて破顔した千尋だが、すぐに挑発的な表情を浮かべる。甘えるように和彦を見つめてきながら、やはり甘い声でねだってきた。
「先生、オヤジにやっていたように、俺にもして。――ずっと、オヤジが羨ましかったんだ」
人懐こい犬っころを装いながら、千尋は忠実な番犬でいるつもりなど毛頭ないのだろう。獰猛で、目的のためなら手段を選ばない怖い獣を、望んで背負ったのだ。自分が和彦に向ける執着心や独占欲を表現するのに相応しいと考えたのかもしれない。
何度目かとなる長嶺の男の怖さを思い知り、和彦はゾクリと身を震わせる。しかし、頬をすり寄せてくる千尋を、愛しいとも思うのだ。
和彦は、わずかに上擦った声で答えた。
「――……ああ」
ベッドの上に座り込み、千尋の背にじっくりとてのひらを這わせる。針で丹念に肌を刺したあと、傷が塞がりはしたものの、これまでとは明らかに状態は違っている。滑らかだった肌はざらつき、少し硬くなっている。年月を重ねていくうちに落ち着いてくるだろうが、元の瑞々しく滑らかな肌を知っているだけに、どうしても和彦は痛々しさを感じるのだ。
しなやかで、まぶしいほどの若々しさを発していた後ろ姿を懐かしみ、惜しみながら、和彦は何度も千尋の背を撫でる。
刺青を入れたことも、千尋なりの成長なのだろう。そう自分に言い聞かせ、納得する。
「先生……」
切なげな声で千尋に呼ばれ、ちらりと笑みをこぼした和彦は背に唇を押し当てる。賢吾にしているように、背に――刺青に唇を這わせていく。
気性の荒い犬を手懐けているような不思議な気持ちとなるが、その犬に寄り添う男に触れるのは、正直気恥かしい。千尋の口から和彦自身だと言われてしまっては、まるで自分を愛撫するかのような倒錯した後ろめたさすら覚えるのだ。
これまで刺青に触れてきた男たちは、和彦と知り合う以前に極道となり、刺青を入れた。だが千尋は違う。極道としての道を歩み始めたときも、刺青を入れると決断したときも、少なからず和彦の存在が影響している。
「……ぼくは、お前の一途さを怖く感じるときがある」
背に唇を押し当てながら和彦が洩らすと、微かに千尋の体が震える。どうやら笑ったらしい。
「俺が先生一筋だって、伝わってるんだ」
「まあ……。本当に、どうしてぼくなんだと、呆れるときもあるが」
「一目惚れで好きになって、そこからますます好きになってる最中」
余計なことを言わなければよかったと、明け透けすぎる返事に顔を熱くしながら、和彦は刺青を舌先でなぞる。ピクリと千尋が背をしならせ、小さく声を洩らす。
「くすぐったい……」
「やめるか?」
「ううん。くすぐったいけど、気持ち、いい」
触れている千尋の体が、じわじわと熱を帯び始める。その反応に感化され、和彦も胸の奥で熱いものがゾロリと蠢くのを感じていた。
千尋の脇腹をそっと撫で上げると、いきなり手を掴まれる。導かれたのは、両足の間だった。下着の上から触れた千尋の欲望は、すでに熱くなりかけている。焦らすようにてのひらで撫でさすってやると、すぐに千尋が音を上げた。
「先生、意地悪しないでよっ……」
「してないだろ。お前に余裕がないだけだ」
そう応じながら和彦はそっと笑みを浮かべると、千尋の背骨のラインに沿って舌先で舐め上げる。千尋が上擦った声を上げ、もどかしげに体を揺する。素直な反応に、和彦も静かに興奮の高まりを覚えた。
千尋の背に体を寄せると、和彦は本格的な愛撫を加えることにする。下着の中で窮屈そうにしている欲望を外に引き出し、てのひらでしっかりと握り込んでやる。このとき、千尋がどんな顔をしたのか見ることはできないが、弾んだ息遣いを聞くことはできる。
「先生――……」
「お前の希望だろう。ぼくが、組長にしていたようにしてほしい、って」
「……いつもこんないやらしいこと、オヤジにしてやってるんだ。これは、想像以上――」
顔を上げた和彦は、千尋の首の付け根に軽く噛みついてやる。不自然に言葉を切った千尋が身震いしたかと思うと、次の瞬間には振り返り、しがみついてくる。二人仲良く、ベッドの上でひっくり返っていた。
「千尋っ、暴れるなっ」
「興奮したんだから、仕方ないよっ。なんか今なら、上半身裸でマンションの周りをマラソンできそう」
通報されるぞと、半ば本気で和彦が忠告すると、体の上に乗り上がってきた千尋が顔を覗き込んでくる。いつも以上に切れ上がった両目は強い光を宿し、荒い息遣いを繰り返している。
「――刺青入れたからって、急に大人の男になるわけじゃないけどさ。でも、変わっていく俺の側に、先生がいてくれた。これからも、いてくれるよね?」
「先生、オヤジにやっていたように、俺にもして。――ずっと、オヤジが羨ましかったんだ」
人懐こい犬っころを装いながら、千尋は忠実な番犬でいるつもりなど毛頭ないのだろう。獰猛で、目的のためなら手段を選ばない怖い獣を、望んで背負ったのだ。自分が和彦に向ける執着心や独占欲を表現するのに相応しいと考えたのかもしれない。
何度目かとなる長嶺の男の怖さを思い知り、和彦はゾクリと身を震わせる。しかし、頬をすり寄せてくる千尋を、愛しいとも思うのだ。
和彦は、わずかに上擦った声で答えた。
「――……ああ」
ベッドの上に座り込み、千尋の背にじっくりとてのひらを這わせる。針で丹念に肌を刺したあと、傷が塞がりはしたものの、これまでとは明らかに状態は違っている。滑らかだった肌はざらつき、少し硬くなっている。年月を重ねていくうちに落ち着いてくるだろうが、元の瑞々しく滑らかな肌を知っているだけに、どうしても和彦は痛々しさを感じるのだ。
しなやかで、まぶしいほどの若々しさを発していた後ろ姿を懐かしみ、惜しみながら、和彦は何度も千尋の背を撫でる。
刺青を入れたことも、千尋なりの成長なのだろう。そう自分に言い聞かせ、納得する。
「先生……」
切なげな声で千尋に呼ばれ、ちらりと笑みをこぼした和彦は背に唇を押し当てる。賢吾にしているように、背に――刺青に唇を這わせていく。
気性の荒い犬を手懐けているような不思議な気持ちとなるが、その犬に寄り添う男に触れるのは、正直気恥かしい。千尋の口から和彦自身だと言われてしまっては、まるで自分を愛撫するかのような倒錯した後ろめたさすら覚えるのだ。
これまで刺青に触れてきた男たちは、和彦と知り合う以前に極道となり、刺青を入れた。だが千尋は違う。極道としての道を歩み始めたときも、刺青を入れると決断したときも、少なからず和彦の存在が影響している。
「……ぼくは、お前の一途さを怖く感じるときがある」
背に唇を押し当てながら和彦が洩らすと、微かに千尋の体が震える。どうやら笑ったらしい。
「俺が先生一筋だって、伝わってるんだ」
「まあ……。本当に、どうしてぼくなんだと、呆れるときもあるが」
「一目惚れで好きになって、そこからますます好きになってる最中」
余計なことを言わなければよかったと、明け透けすぎる返事に顔を熱くしながら、和彦は刺青を舌先でなぞる。ピクリと千尋が背をしならせ、小さく声を洩らす。
「くすぐったい……」
「やめるか?」
「ううん。くすぐったいけど、気持ち、いい」
触れている千尋の体が、じわじわと熱を帯び始める。その反応に感化され、和彦も胸の奥で熱いものがゾロリと蠢くのを感じていた。
千尋の脇腹をそっと撫で上げると、いきなり手を掴まれる。導かれたのは、両足の間だった。下着の上から触れた千尋の欲望は、すでに熱くなりかけている。焦らすようにてのひらで撫でさすってやると、すぐに千尋が音を上げた。
「先生、意地悪しないでよっ……」
「してないだろ。お前に余裕がないだけだ」
そう応じながら和彦はそっと笑みを浮かべると、千尋の背骨のラインに沿って舌先で舐め上げる。千尋が上擦った声を上げ、もどかしげに体を揺する。素直な反応に、和彦も静かに興奮の高まりを覚えた。
千尋の背に体を寄せると、和彦は本格的な愛撫を加えることにする。下着の中で窮屈そうにしている欲望を外に引き出し、てのひらでしっかりと握り込んでやる。このとき、千尋がどんな顔をしたのか見ることはできないが、弾んだ息遣いを聞くことはできる。
「先生――……」
「お前の希望だろう。ぼくが、組長にしていたようにしてほしい、って」
「……いつもこんないやらしいこと、オヤジにしてやってるんだ。これは、想像以上――」
顔を上げた和彦は、千尋の首の付け根に軽く噛みついてやる。不自然に言葉を切った千尋が身震いしたかと思うと、次の瞬間には振り返り、しがみついてくる。二人仲良く、ベッドの上でひっくり返っていた。
「千尋っ、暴れるなっ」
「興奮したんだから、仕方ないよっ。なんか今なら、上半身裸でマンションの周りをマラソンできそう」
通報されるぞと、半ば本気で和彦が忠告すると、体の上に乗り上がってきた千尋が顔を覗き込んでくる。いつも以上に切れ上がった両目は強い光を宿し、荒い息遣いを繰り返している。
「――刺青入れたからって、急に大人の男になるわけじゃないけどさ。でも、変わっていく俺の側に、先生がいてくれた。これからも、いてくれるよね?」
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