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第37話
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「先生が鷹津に連れ去られたと聞いたとき、俺は、もう二度と先生に会えないんじゃないかと絶望しかけていた。鷹津は事前に準備をしていた。つまり、覚悟を決めていたということだ。だが、あいつは先生を解放した。……意味がわからない。いや、何か意味があるからこその行動だろう」
「それは――、組長たちにも何度も言ったが、鷹津が何を思ってあんなことをしたのか、ぼくにはわからない。ただ連れ回されて、ホテルに一泊しただけだ」
「一緒に逃げようと言われなかったか?」
三田村に対して、いくつもの隠し事はできなかった。
「言われた」
和彦は、快感に酔わされていたとはいえ、鷹津のその誘いに頷いた。いまさらながら罪悪感に気持ちが揺れかけたが、三田村の唇が耳元に這わされ、その感触に気を取られる。
「――でも、先生はこうして、俺の側にいてくれている。先生とあいつとの間にどんなやり取りがあったのか、根掘り葉掘り聞くつもりはない。俺には、今こうしている瞬間が、何より大事だ。先生を抱いているのは鷹津じゃなく、俺だということが」
誠実で優しい男が示す独占欲は、控えめではあるが、静かな情熱を確かに感じさせる。今はこの男だけを見つめて感じていたいと、強く和彦は願う。すると三田村が、不安そうに顔を覗き込んできた。
「先生、気を悪くしていないか?」
「まさか。……でも、あんたのせいで、自分がますます傲慢な人間になっていくのが怖い。たくさんの男と関係を持っているのに、それでもあんたが想ってくれて。いつか、呆れられて、大事なオトコもなくしてしまうかもしれない」
「なんの心配もいらない。俺は、先生から要らないと言われても、離れるつもりはない。それこそ執念深すぎて、先生のほうが、呆れるかもしれないな」
三田村の言葉に心底ほっとする。長嶺の男たちのことを言えない。和彦は、欲しい返事を三田村からもぎ取ったのだ。
「……三田村、背中、撫でたい」
甘えるように訴えると、握り合っていた手を離して三田村が上体を起こす。勢いよくTシャツを脱ぎ捨ててから、和彦のシャツも脱がせてくれた。
重なってきた熱い体にしがみつき、思う存分、三田村の背に両手を這わせる。猛々しい虎を宥めるためではなく、駆り立てるために。
最初は和彦の好きなようにさせてくれた三田村だが、ふいに顔を近づけてくる。反射的に和彦が目を閉じると、こめかみに唇が押し当てられた。閉じた瞼の上にも吐息が触れ、ゾクリと体の奥が疼く。内奥に呑み込んだままの欲望を締め付けると、三田村が軽く腰を揺すった。
「あっ、あっ……」
情欲の火がじわじわと再燃し、内奥が再び蠕動を始める。それを待っていたように、三田村がゆっくりと律動を刻み始める。
「いっ……、い。気持ち、いい――」
「ああ、俺も……」
激しさよりも、こうして繋がっている時間が少しでも長く続くようにと、三田村の動きは慎重だった。反対に和彦のほうが箍が外れてしまい、容赦なく三田村の背に爪を立て、自ら腰を揺すり、快感を貪ろうとする。
三田村が欲しいという衝動もあるが、もう一つ、無視できないものが自分の胸に巣食っていることを、不承不承ながら和彦は認めていた。
脳裏に、守光や南郷の顔がちらつく。そのたびに、不穏という言葉をどうしても連想してしまう。
自分のせいで、三田村に今以上に迷惑がかかったら――。
和彦がパッと目を開けると、見下ろしてくる三田村の視線とぶつかった。
「――つらいか、先生?」
「いや……、どうしてだ」
「今にも泣き出しそうな顔をしているから」
三田村の唇が目元に押し当てられ、和彦は小さく喘ぐ。
「……できることなら、もう二度と、先生が泣く姿は見たくない。子供が泣いているようで、痛々しかった」
うん、と頷いた和彦は、三田村の肩にそっと歯を立てる。それが急激な欲情の高まりを生んだのか、大きく身震いをした三田村が、乱暴に腰を突き上げてくる。和彦は鼻にかかった呻き声を洩らすと、もう一度、今度は強く三田村の肩に噛み付いた。
三田村の情愛に満たされた充足感と気だるさに、和彦は深く息を吐き出す。横向きにした体を背後から抱き締めてくれる三田村の腕の感触と体温が心地よかった。
「……先生、腹は空かないか?」
耳元に唇を寄せ、ハスキーな声が囁いてくる。くすぐったくて笑い声を洩らした和彦は、半分寝ぼけた状態で答えた。
「ぼくはまだ平気だ。気にせず、先に食べてくれ」
「いや、俺もあとでいい」
三田村のゆっくりとした息遣いを感じながら、ウトウトとまどろむ。現実と夢の境が曖昧になり、眠っていながら起きているような感覚に陥る。
「それは――、組長たちにも何度も言ったが、鷹津が何を思ってあんなことをしたのか、ぼくにはわからない。ただ連れ回されて、ホテルに一泊しただけだ」
「一緒に逃げようと言われなかったか?」
三田村に対して、いくつもの隠し事はできなかった。
「言われた」
和彦は、快感に酔わされていたとはいえ、鷹津のその誘いに頷いた。いまさらながら罪悪感に気持ちが揺れかけたが、三田村の唇が耳元に這わされ、その感触に気を取られる。
「――でも、先生はこうして、俺の側にいてくれている。先生とあいつとの間にどんなやり取りがあったのか、根掘り葉掘り聞くつもりはない。俺には、今こうしている瞬間が、何より大事だ。先生を抱いているのは鷹津じゃなく、俺だということが」
誠実で優しい男が示す独占欲は、控えめではあるが、静かな情熱を確かに感じさせる。今はこの男だけを見つめて感じていたいと、強く和彦は願う。すると三田村が、不安そうに顔を覗き込んできた。
「先生、気を悪くしていないか?」
「まさか。……でも、あんたのせいで、自分がますます傲慢な人間になっていくのが怖い。たくさんの男と関係を持っているのに、それでもあんたが想ってくれて。いつか、呆れられて、大事なオトコもなくしてしまうかもしれない」
「なんの心配もいらない。俺は、先生から要らないと言われても、離れるつもりはない。それこそ執念深すぎて、先生のほうが、呆れるかもしれないな」
三田村の言葉に心底ほっとする。長嶺の男たちのことを言えない。和彦は、欲しい返事を三田村からもぎ取ったのだ。
「……三田村、背中、撫でたい」
甘えるように訴えると、握り合っていた手を離して三田村が上体を起こす。勢いよくTシャツを脱ぎ捨ててから、和彦のシャツも脱がせてくれた。
重なってきた熱い体にしがみつき、思う存分、三田村の背に両手を這わせる。猛々しい虎を宥めるためではなく、駆り立てるために。
最初は和彦の好きなようにさせてくれた三田村だが、ふいに顔を近づけてくる。反射的に和彦が目を閉じると、こめかみに唇が押し当てられた。閉じた瞼の上にも吐息が触れ、ゾクリと体の奥が疼く。内奥に呑み込んだままの欲望を締め付けると、三田村が軽く腰を揺すった。
「あっ、あっ……」
情欲の火がじわじわと再燃し、内奥が再び蠕動を始める。それを待っていたように、三田村がゆっくりと律動を刻み始める。
「いっ……、い。気持ち、いい――」
「ああ、俺も……」
激しさよりも、こうして繋がっている時間が少しでも長く続くようにと、三田村の動きは慎重だった。反対に和彦のほうが箍が外れてしまい、容赦なく三田村の背に爪を立て、自ら腰を揺すり、快感を貪ろうとする。
三田村が欲しいという衝動もあるが、もう一つ、無視できないものが自分の胸に巣食っていることを、不承不承ながら和彦は認めていた。
脳裏に、守光や南郷の顔がちらつく。そのたびに、不穏という言葉をどうしても連想してしまう。
自分のせいで、三田村に今以上に迷惑がかかったら――。
和彦がパッと目を開けると、見下ろしてくる三田村の視線とぶつかった。
「――つらいか、先生?」
「いや……、どうしてだ」
「今にも泣き出しそうな顔をしているから」
三田村の唇が目元に押し当てられ、和彦は小さく喘ぐ。
「……できることなら、もう二度と、先生が泣く姿は見たくない。子供が泣いているようで、痛々しかった」
うん、と頷いた和彦は、三田村の肩にそっと歯を立てる。それが急激な欲情の高まりを生んだのか、大きく身震いをした三田村が、乱暴に腰を突き上げてくる。和彦は鼻にかかった呻き声を洩らすと、もう一度、今度は強く三田村の肩に噛み付いた。
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「……先生、腹は空かないか?」
耳元に唇を寄せ、ハスキーな声が囁いてくる。くすぐったくて笑い声を洩らした和彦は、半分寝ぼけた状態で答えた。
「ぼくはまだ平気だ。気にせず、先に食べてくれ」
「いや、俺もあとでいい」
三田村のゆっくりとした息遣いを感じながら、ウトウトとまどろむ。現実と夢の境が曖昧になり、眠っていながら起きているような感覚に陥る。
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