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第37話
(16)
しおりを挟む三田村と並んで映画を観ながら、実は和彦は内容をまったく追えていなかった。身近に三田村を感じながら考えることは、優しい〈オトコ〉に対しても、ずいぶん隠し事をしてしまったということだけだ。
映画館を出たあとの予定は特に決めていなかったため、駐車場に向かいながら三田村が物言いたげな視線を投げかけてくる。仕方なく和彦から水を向けた。
「三田村は、どこか寄りたいところはないのか? 普段は仕事が忙しいから、自分のためにゆっくり買い物する時間もないだろ。今日は、どこだってつき合う」
「俺は別に……。先生の行きたいところを言ってくれればいい」
どんな答えが返ってくるか予想はついていた。あまりしつこく聞いても三田村を困らせるだけだと思い、和彦は頭を巡らせる。
切羽詰まった状況だったとはいえ、鷹津と二人きりで街中を移動したときのことが脳裏を過らないといえば、ウソになる。こうして三田村と出かけて、思い出の上書きをしたいわけではない。ただ、バランスは取っておきたいという想いはあった。
「それじゃ――」
和彦はちらりと、三田村が着ているワイシャツとネクタイに目をやる。三田村のものだけを選ぶと言っても遠慮するのは見えているので、自分のものも一緒に買いたいと切り出そうとしたとき、今度は、電源を入れたばかりの三田村の携帯電話が鳴り始めた。
互いに顔を見合わせて、淡い苦笑を交わし合う。
「ぼくとあんたは、人気者だな……」
自嘲と冗談交じりの和彦の呟きに、三田村は何か言いたそうな顔をする。
「ほら、大事な電話じゃないのか」
「あっ、ああ」
電話に出た三田村は、すでに引き締まった表情をしていた。目上の者からの電話だと察した和彦は、咄嗟に賢吾からかと思ったが、すぐに違うとわかる。三田村がこう言葉を発したからだ。
「それは、早いうちに手を打ったほうがいいな……」
電話の内容を耳に入れないよう意識を逸らすため、辺りに目を向けていた。
通りを行き交う人たちの格好は、すっかり秋の訪れを感じさせるものとなっていた。確かにまだ、汗ばむほど気温が高い日もあるが、それでも空は高くなり、吹く風はひんやりとしている。このぐらいの時期が一番過ごしやすくて、気の向くままに出かけるのには最適だ。
かつては、一人でふらりとドライブに出かけていたものだが――。
少しだけ懐かしい気分に浸っていると、軽く肩を叩かれて振り返る。三田村が、困ったような顔で立っていた。瞬時に状況を察した和彦は、笑みを浮かべて問いかける。
「もしかして、仕事が入ったのか?」
「いや、仕事は仕事なんだが……」
和彦は、この瞬間に襲われた感情が表情に出ないよう努めながら、軽い口調で応じる。
「気にせず行ってくれ。いつもは、ぼくが仕事で呼び出されているんだから、たまにはこんなこともあるだろう。あっ、ここで別れるにしても、組の人間に迎えに来てもらわないといけないのか。ぼくは別に、一人でタクシーに乗ってもいいけど――」
「先生、そう先走らないでくれ。仕事といっても、城東会の事務所に顔を出して、若頭と少し相談事をするだけなんだ。すぐに済む」
三田村の説明を受け、和彦は頭の中で簡単な組織図を描く。長嶺組に数人いる若頭は、それぞれが組を持っている。その組においての肩書きは、組長となる。長嶺組から名を与えられ、縄張りを任され、各々の裁量によって利益を得て、その中から、長嶺組に上納金を納めているのだ。
長嶺組の傘下組織はいくつもあるが、若頭たちが仕切る組は特別だ。直轄ということで、何においても優遇され、長嶺組内の執行部の一員として名を連ねている。
和彦が知る限り、長嶺組以外の組では、若頭は一人しか置いていない。それが普通の形なのだと、賢吾は教えてくれた。あえて普通ではない形を取っているのは、長嶺組が血統主義を貫いている結果なのだという。長嶺組を背負えるのは、長嶺の姓を持ち、血を受け継いでいる男だけだ。
そんな組に忠義を尽くす組員たちに報いるために、複数の若頭を置き、組を持たせ、長嶺組の庇護下において大事にする。自分たちが長嶺組を盛り立てているという意識を組員に持たせ、組同士の結びつきをより強固にするためにも、必要な存在なのだ。
三田村は、そんな特別な組を任されている若頭の補佐を務めている。いくら、賢吾の側近としての役割も負っているとはいえ、本来であれば、和彦の都合で振り回していい男ではない。
優しく誠実な男の本来の姿を、唐突に思い知らされる。決して忘れているわけではないのだが、こうして二人で会っているときは、目の前に三田村がいること以外、和彦にとってはさほど重要ではなくなる。
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