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第37話
(13)
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何も言わず秦が指をさしたほうを見ると、車道を挟んだ向かいのビルの前に、男が二人立っていた。一人は中嶋だ。もう一人は――。
「前に、会ったことがある。確か、中嶋くんが面倒を見ている子だろ?」
第二遊撃隊は隊員以外に、隊員たちが手足として使う若者たちを囲っている。中嶋は、若者の何人かを面倒を見ており、彼はそのうちの一人だ。
夜ということで、顔の造作まではっきりとは見えないが、立ち姿や髪型から判別はできる。若いながらもおそろしく鋭い空気を持っていたことが印象的で、なんとなくだが顔も記憶に残っていた。
中嶋と青年は向き合って何か話している。すらりとした中嶋よりさらに上背があり、精悍そうな体つきをした青年だが、ときおり慎重に周囲を見回す姿は、神経質なものを感じさせる。
有能で、飼い主に対して忠実な犬だなと、ふと和彦は思った。まるで中嶋を、危険から守ろうとしているかのようだ。
「――中嶋は、彼と寝ているそうです」
和彦の隣に立った秦が、淡々とした口調で言う。最初は、何を言われたのか理解できなかった和彦だが、数回、頭の中で反芻してから、驚きで目を見開く。
「はあっ?」
和彦の反応に、秦は口元をわずかに緩める。
「いい反応ですね、先生」
「びっくりしたんだ。……今言ったこと、冗談、なのか?」
「本当ですよ。中嶋が教えてくれたんです。腹に据えかねる出来事があって、そのとき側にいたのが、彼だったと」
「……言葉は悪いが、憂さ晴らしで寝たというのか」
「そう単純でもないでしょう。あいつは、自分が男であることと、男と寝ていることに、自分の中で折り合いをつけて、バランスを取りたがる。その結果が、先生とのセックスです。そんなあいつが、わたしや先生以外の男とセックスしているということは、理由があるんですよ」
秦は不思議な男だと、今になって思い知らされる。中嶋と青年を見つめる眼差しが、とても優しいのだ。不気味なほどに。和彦は、頭に浮かんだ疑問を率直にぶつけた。
「君は……、嫉妬したりしないのか?」
「しないどころか、嫉妬深いですよ、わたしは」
「そんなふうには見えない」
心外だと言わんばかりに秦は肩を竦める。感嘆するほどの美貌と、艶やかな雰囲気を持つ男の芝居がかった仕草に、和彦は苛立たしさを覚える。あまりに余裕に満ちた態度に、秦の中で中嶋の存在は軽いものなのではないかと疑ったためだが、その認識はすぐに改めることになる。
秦は口元に笑みを湛えたまま、じっと二人を見つめて――いや、観察していた。
「おれが中嶋の恋人だという自負と自信がなければ、そうですね……、あの彼が見ている前で、中嶋を犯してしまうぐらいには、嫉妬で狂ってしまえる自信がありますよ。でかい組織の中で虚勢を張ってがんばっているあいつを、あの忠犬のような彼の前で、女扱い――いや、雌扱いしてやるんです」
普段と変わらない口調で紡がれた言葉は、あまりに破廉恥で刺激的だ。和彦が何も言えないでいると、秦は色気を含んだ流し目を寄越してきた。
「引かないでください、先生。冗談ですよ」
「……少しだけ、地が出ていたな。『おれ』って……。秦静馬は、実は怖い男なんだな」
「内緒ですよ」
唇の前に人さし指を立てた秦を、いくぶん呆れて見遣りながら、和彦は頷く。
「人の恋路に巻き込まれるほど迷惑で厄介なことはないと、前に君らから教わった」
二人が見ていると気づいた様子もなく、中嶋と青年が別れる。ここで和彦は秦に腕を引かれ、顔を引っ込める。すぐに窓が閉められた。
とんでもないことを知らされたおかげで、正直、中嶋の顔をまともに見られる自信がなかった。きっと挙動不審になるだろうなと思っていると、秦がソファの上に置いた紙袋を和彦に差し出してきた。
「先生に会ったら、これをお渡ししようと思っていたんです」
「なんだ?」
「出してみてください」
ラグの上に座り込んだ和彦は、紙袋に入っているサイズの違う二つの箱を取り出す。まず一つの箱を開けると、大きめのマグカップが収まっていた。和彦は顔を上げると、さきほど怖い発言をしていた男は、優しく笑いかけてくる。
「先生の好みに合うかどうかはわかりませんが、受け取ってください」
「そういえば、買い物の途中で連れ出されたんだったな……」
鷹津が突然、雑貨屋に現れたときのことを思い出し、和彦はほろ苦い感情を味わう。
感傷を抑えつけるように、マグカップを箱に仕舞う。
「ありがとう。ちょうど、これぐらい大きめのものが欲しかったんだ。あっ、だったら、こっちの箱は――」
もう一つの箱も開けている最中に、中嶋が部屋に戻ってくる。和彦が手にした箱を見て、興味をそそられたように側にやってくる。
「前に、会ったことがある。確か、中嶋くんが面倒を見ている子だろ?」
第二遊撃隊は隊員以外に、隊員たちが手足として使う若者たちを囲っている。中嶋は、若者の何人かを面倒を見ており、彼はそのうちの一人だ。
夜ということで、顔の造作まではっきりとは見えないが、立ち姿や髪型から判別はできる。若いながらもおそろしく鋭い空気を持っていたことが印象的で、なんとなくだが顔も記憶に残っていた。
中嶋と青年は向き合って何か話している。すらりとした中嶋よりさらに上背があり、精悍そうな体つきをした青年だが、ときおり慎重に周囲を見回す姿は、神経質なものを感じさせる。
有能で、飼い主に対して忠実な犬だなと、ふと和彦は思った。まるで中嶋を、危険から守ろうとしているかのようだ。
「――中嶋は、彼と寝ているそうです」
和彦の隣に立った秦が、淡々とした口調で言う。最初は、何を言われたのか理解できなかった和彦だが、数回、頭の中で反芻してから、驚きで目を見開く。
「はあっ?」
和彦の反応に、秦は口元をわずかに緩める。
「いい反応ですね、先生」
「びっくりしたんだ。……今言ったこと、冗談、なのか?」
「本当ですよ。中嶋が教えてくれたんです。腹に据えかねる出来事があって、そのとき側にいたのが、彼だったと」
「……言葉は悪いが、憂さ晴らしで寝たというのか」
「そう単純でもないでしょう。あいつは、自分が男であることと、男と寝ていることに、自分の中で折り合いをつけて、バランスを取りたがる。その結果が、先生とのセックスです。そんなあいつが、わたしや先生以外の男とセックスしているということは、理由があるんですよ」
秦は不思議な男だと、今になって思い知らされる。中嶋と青年を見つめる眼差しが、とても優しいのだ。不気味なほどに。和彦は、頭に浮かんだ疑問を率直にぶつけた。
「君は……、嫉妬したりしないのか?」
「しないどころか、嫉妬深いですよ、わたしは」
「そんなふうには見えない」
心外だと言わんばかりに秦は肩を竦める。感嘆するほどの美貌と、艶やかな雰囲気を持つ男の芝居がかった仕草に、和彦は苛立たしさを覚える。あまりに余裕に満ちた態度に、秦の中で中嶋の存在は軽いものなのではないかと疑ったためだが、その認識はすぐに改めることになる。
秦は口元に笑みを湛えたまま、じっと二人を見つめて――いや、観察していた。
「おれが中嶋の恋人だという自負と自信がなければ、そうですね……、あの彼が見ている前で、中嶋を犯してしまうぐらいには、嫉妬で狂ってしまえる自信がありますよ。でかい組織の中で虚勢を張ってがんばっているあいつを、あの忠犬のような彼の前で、女扱い――いや、雌扱いしてやるんです」
普段と変わらない口調で紡がれた言葉は、あまりに破廉恥で刺激的だ。和彦が何も言えないでいると、秦は色気を含んだ流し目を寄越してきた。
「引かないでください、先生。冗談ですよ」
「……少しだけ、地が出ていたな。『おれ』って……。秦静馬は、実は怖い男なんだな」
「内緒ですよ」
唇の前に人さし指を立てた秦を、いくぶん呆れて見遣りながら、和彦は頷く。
「人の恋路に巻き込まれるほど迷惑で厄介なことはないと、前に君らから教わった」
二人が見ていると気づいた様子もなく、中嶋と青年が別れる。ここで和彦は秦に腕を引かれ、顔を引っ込める。すぐに窓が閉められた。
とんでもないことを知らされたおかげで、正直、中嶋の顔をまともに見られる自信がなかった。きっと挙動不審になるだろうなと思っていると、秦がソファの上に置いた紙袋を和彦に差し出してきた。
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「なんだ?」
「出してみてください」
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