血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
900 / 1,268
第37話

(12)

しおりを挟む
 自分は被害者どころか、鷹津の共犯者だ。
 苦々しさを噛み締めながら和彦は、自身に言い聞かせる。物騒な男たちに守られる日常生活を取り戻しながらも、まるで棘が刺さっているかのようにときおり痛みを発するのは、俊哉の存在だ。
 接触したことを口外しないのは誰のためなのか、すでにもう和彦にもわからなくなっていた。今の生活を失いたくないと思う一方で、沈黙を続けることは、長嶺の男たちを危険に晒す。だが話してしまえば、鷹津に対する追跡は厳しさを増すかもしれない。
 思索の迷路に入り込みそうになったところで、中嶋が立ち上がった気配にハッとする。
「ツマミがなくなってきたんで、持ってきますね」
 空いた皿を手に中嶋の姿がキッチンに消えると、一度はグラスに視線を落とした和彦だが、すぐにうかがうように秦を見る。物言いたげな和彦の様子にとっくに気づいていたらしく、首を傾げて笑いかけられた。
「中嶋がいると聞きにくいことがあるんでしょう、先生」
「……察しがいいな」
「あいつはあいつで、聞いた以上、総和会に報告せざるをえなくなりますから、わざと席を外したんだと思いますよ」
 そういうことかと、ちらりとキッチンのほうを見遣る。
 ためらったのはわずかな間で、和彦は声を抑えて秦に尋ねた。
「――鷹津から、何か聞いてないのか?」
「何か、とは……」
「なんでも。どうして、あんな行動を取ったのか。警察を辞めてどうするのか。……どこに行くのか」
 秦は小さく首を横に振る。
「皆さんから聞かれましたが、わたしは何も。そもそも、大事なことを打ち明けてもらえるほど、わたしは鷹津さんに信用されてはいませんでしたから」
「でも、仲はよさそうに見えた……」
 和彦の率直な感想に、秦はなんとも複雑そうな笑みを見せた。
「鷹津さんには、よくタダ酒を集られました。いつも不機嫌で、他人を一切信用してなくて、そのくせ、他人を利用する気満々で。世間一般では、〈嫌な人間〉と呼ばれるでしょうね。だけどわたしは、そういう鷹津さんをけっこう気に入ってましたよ」
「……故人を偲んでいるような言い方だな」
 冗談を言ったつもりはないのだが、秦は声を上げて笑う。
「鷹津さんは大丈夫ですよ。あの人は、殺しても死なない。――何を使ってでも、自分の身を守る。そして、目的を果たす」
 目的、と和彦は声に出さずに呟く。秦がじっと自分を見つめていることに気づき、ドキリとした。
「やっぱり……、何か知っているんじゃないか?」
「何も。それに、もし仮にわたしが何か知っていたとしても、先生は聞かないほうがいいでしょう。優しい先生は、隠し事が下手だ」
 すでに隠し事をしているとは、口が裂けても言えない。ここで中嶋が、ハムとチーズを皿にのせて戻ってくる。
「二人でどんな話をしていたんですか? ずいぶん楽しそうでしたけど」
 中嶋の言葉に、思わず和彦は秦と顔を見合わせる。
「……鷹津の思い出話を……」
「クセの強い人でしたね。俺はあまり、直接話す機会はありませんでしたが。でも、秦さんとはよく飲んでいたみたいですよ。たまに鷹津さんに頼み事もしていたみたいですし」
「飲み代として、ちょっとした仕事を頼んでいたんです」
「なんだ。タダ酒の代金はしっかり受け取っていたんじゃないか」
 そんな会話を交わしていると、中嶋の携帯電話が鳴る。座ったばかりだというのに中嶋は、携帯電話の表示を確認してすぐにまた立ち上がる。仕事の電話だと言って一旦部屋を出て行ったが、三十秒もしないうちに戻ってきた。
「すみません、うちの若い奴が近くまで来ているみたいなんで、少し出てきます。すぐに戻りますから、食器とか、そのままにしておいてください」
 片手を上げて応じたのは秦だった。玄関のドアが閉まる音がして、和彦はため息交じりにこぼす。
「忙しいみたいだ。……無理させたのかもな。ぼくの夜遊びのためにつき合わせたのだとしたら」
「――喜んでますよ。わたしも、中嶋も。塞ぎ込んでいた先生が、やっと立ち直ってくれたんですから。そして、夜遊びを始めた先生の様子に、総和会や長嶺組の皆さんも安心する。いいことづくめですよ」
 とんでもない詭弁だなと苦笑を洩らした和彦だが、秦のほうはまじめな表情を崩さない。それがなんだかおかしくて、とうとう声を上げて笑っていた。自覚もないまま酔ってしまったのかもしれない。
 顔が熱くなってきて、おしぼりを頬に当てていると、秦が立ち上がり、窓を開けた。入り込んでくる風は、涼しいというより冷たいほどだが、それが心地いい。
「先生」
 ふいに秦に呼ばれる。視線を向けた先で秦は、窓の外を見ていた。手招きされ、何事かと思いながら和彦も窓に近づく。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...