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第37話
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前回、秦と会っていた最中に、和彦は鷹津に連れ去られた。その後、秦は秦で、総和会や長嶺組から追及されて大変だっただろうと容易に想像がつくが、当人と電話で話した限りでは、相変わらずのように思えた。慎重に言葉を選びながら、和彦は秦から情報を得ようとしたのだが、こちらの思惑などあっさり見破られ、一緒に飲まないかと誘われた。そして現状に至るというわけだ。
「……総和会から、秦の扱いについて、チクチク言われたらしい」
「誰が、誰に?」
和彦が小首を傾げると、千尋はやや呆れた表情を見せた。
「オヤジが、じいちゃんに。先生を危険な目に遭わせたとか、素性の知れない奴を先生に近づけるなとか。いろいろ。だけどオヤジが、それはこちらの事情だから心配無用、って突っぱねた。俺も正直、じいちゃんの意見に賛成だけど。オヤジなりに何か企んでいるんだろうなー」
物言いたげな眼差しを千尋から向けられ、和彦は慌てて念を押しておく。
「ぼくは、何も知らない。組の仕事に関しては、お前のほうが詳しいんじゃないのか」
「まだまだだよ。オヤジは今は、とにかく俺の顔を組の外に向けて売るのが先だって。組のことは、幹部たちが仕切っているしさ。歴史だけはある組だから、跡目育成のシステムはきっちり出来上がってるんだよ」
「そのおかげかな。最近、お前がしっかりしてきたように見える。……やっぱり、血と環境は大事だな」
千尋の髪をそっと指先で梳いてから、車を車道脇に停めてもらって降りる。千尋は、背後からついてきていた別の車に乗り換えて、和彦に向かって軽く手を振ってきた。
秦の部屋を訪ねると、まっさきに顔を出したのは中嶋だった。和彦の顔を見るなり、安堵したように笑顔を見せる。
「よかった。いつも通りの先生ですね」
「……心配をかけてすまなかった。一応、元気は元気だったんだ」
促されて部屋に上がると、相変わらず艶やかな存在感を放つ秦がグラスの準備をしていた。和彦と目が合うなり、柔らかな声で言われた。
「――いらっしゃい、先生」
秦と中嶋が気をつかっているのは、肌で感じていた。普段から、長嶺の男たちのオンナである和彦に対して、扱いは丁寧ではあるのだが、今夜はその姿勢がさらに顕著だ。
賢吾あたりから、何か注文をつけられたのだろうか。
グラスに残っているワインを飲み干した和彦は、大蛇の化身のような男の顔をちらりと思い出す。次に頭に浮かんだのは、数日前の、甘い――甘ったるい賢吾との行為だった。
微笑を浮かべた秦がこちらを見ていることに気づき、慌てて淫靡な記憶を頭から追い払う。
「……なんだ?」
誤魔化すように和彦が問いかけると、秦はワイン瓶を取り上げる。今夜は少し飲みすぎかなと思いつつも、グラスを差し出さずにはいられない。
「誘いに乗っていただけて、嬉しいと思って。何か言われませんでしたか? わたしと会うことに対して」
「まあ……、長嶺組はともかく、総和会のほうは少しピリピリしているようだ」
答えながら和彦は、水割りを作っている中嶋に目を向ける。さきほどから、和彦や秦の世話ばかりしており、本人はまったく飲んでいない。水割りも、秦のためだ。
「そうでしょうね。あの組織からしたら、わたしは得体の知れない存在だ。できることなら、さっさと先生の側から排除してしまいたいでしょう」
「そうはいっても、君はぼくの、数少ない友人だ。下手なことをして、ぼくがヘソを曲げたら厄介だと思っている……かもしれない」
「中嶋のところの隊長さんあたりは、苦々しい顔をしているかもしれませんね」
南郷の存在を仄めかされ、和彦は首を傾げる。南郷と秦との結び付きがピンとこなかったのだが、困惑していると、苦笑交じりで中嶋が教えてくれた。
「南郷さんが、秦さんの事情聴取をしたんですよ。鷹津さんとグルになって、先生を拉致させたんじゃないかと疑っていたらしくて」
和彦はゆっくりと目を見開く。
「南郷さん自ら?」
「みたいですよ。俺もあとで聞かされて、驚きました。もっとも、当然かもしれませんね。俺は、秦さんの関係者ですから。つまり、鷹津さんとも通じていると疑われても、不思議じゃありません」
「……ぼくの知らないところで、迷惑をかけっぱなしだったみたいだ」
「おや、迷惑なんて。被害者は先生でしょう」
冗談めかしてはいるが中嶋の鋭い指摘に、和彦は顔を強張らせる。自分の、鷹津に対する気持ちを見透かされたようだった。
いや、一部の人間は、和彦が強引に鷹津と行動を共にさせられたわけではないと、察しているのだ。しかし、長嶺の男たちにとって大事な〈オンナ〉が、丸一日、行方不明となった事実に変わりはない。その事実が何より重要なのだ。
「……総和会から、秦の扱いについて、チクチク言われたらしい」
「誰が、誰に?」
和彦が小首を傾げると、千尋はやや呆れた表情を見せた。
「オヤジが、じいちゃんに。先生を危険な目に遭わせたとか、素性の知れない奴を先生に近づけるなとか。いろいろ。だけどオヤジが、それはこちらの事情だから心配無用、って突っぱねた。俺も正直、じいちゃんの意見に賛成だけど。オヤジなりに何か企んでいるんだろうなー」
物言いたげな眼差しを千尋から向けられ、和彦は慌てて念を押しておく。
「ぼくは、何も知らない。組の仕事に関しては、お前のほうが詳しいんじゃないのか」
「まだまだだよ。オヤジは今は、とにかく俺の顔を組の外に向けて売るのが先だって。組のことは、幹部たちが仕切っているしさ。歴史だけはある組だから、跡目育成のシステムはきっちり出来上がってるんだよ」
「そのおかげかな。最近、お前がしっかりしてきたように見える。……やっぱり、血と環境は大事だな」
千尋の髪をそっと指先で梳いてから、車を車道脇に停めてもらって降りる。千尋は、背後からついてきていた別の車に乗り換えて、和彦に向かって軽く手を振ってきた。
秦の部屋を訪ねると、まっさきに顔を出したのは中嶋だった。和彦の顔を見るなり、安堵したように笑顔を見せる。
「よかった。いつも通りの先生ですね」
「……心配をかけてすまなかった。一応、元気は元気だったんだ」
促されて部屋に上がると、相変わらず艶やかな存在感を放つ秦がグラスの準備をしていた。和彦と目が合うなり、柔らかな声で言われた。
「――いらっしゃい、先生」
秦と中嶋が気をつかっているのは、肌で感じていた。普段から、長嶺の男たちのオンナである和彦に対して、扱いは丁寧ではあるのだが、今夜はその姿勢がさらに顕著だ。
賢吾あたりから、何か注文をつけられたのだろうか。
グラスに残っているワインを飲み干した和彦は、大蛇の化身のような男の顔をちらりと思い出す。次に頭に浮かんだのは、数日前の、甘い――甘ったるい賢吾との行為だった。
微笑を浮かべた秦がこちらを見ていることに気づき、慌てて淫靡な記憶を頭から追い払う。
「……なんだ?」
誤魔化すように和彦が問いかけると、秦はワイン瓶を取り上げる。今夜は少し飲みすぎかなと思いつつも、グラスを差し出さずにはいられない。
「誘いに乗っていただけて、嬉しいと思って。何か言われませんでしたか? わたしと会うことに対して」
「まあ……、長嶺組はともかく、総和会のほうは少しピリピリしているようだ」
答えながら和彦は、水割りを作っている中嶋に目を向ける。さきほどから、和彦や秦の世話ばかりしており、本人はまったく飲んでいない。水割りも、秦のためだ。
「そうでしょうね。あの組織からしたら、わたしは得体の知れない存在だ。できることなら、さっさと先生の側から排除してしまいたいでしょう」
「そうはいっても、君はぼくの、数少ない友人だ。下手なことをして、ぼくがヘソを曲げたら厄介だと思っている……かもしれない」
「中嶋のところの隊長さんあたりは、苦々しい顔をしているかもしれませんね」
南郷の存在を仄めかされ、和彦は首を傾げる。南郷と秦との結び付きがピンとこなかったのだが、困惑していると、苦笑交じりで中嶋が教えてくれた。
「南郷さんが、秦さんの事情聴取をしたんですよ。鷹津さんとグルになって、先生を拉致させたんじゃないかと疑っていたらしくて」
和彦はゆっくりと目を見開く。
「南郷さん自ら?」
「みたいですよ。俺もあとで聞かされて、驚きました。もっとも、当然かもしれませんね。俺は、秦さんの関係者ですから。つまり、鷹津さんとも通じていると疑われても、不思議じゃありません」
「……ぼくの知らないところで、迷惑をかけっぱなしだったみたいだ」
「おや、迷惑なんて。被害者は先生でしょう」
冗談めかしてはいるが中嶋の鋭い指摘に、和彦は顔を強張らせる。自分の、鷹津に対する気持ちを見透かされたようだった。
いや、一部の人間は、和彦が強引に鷹津と行動を共にさせられたわけではないと、察しているのだ。しかし、長嶺の男たちにとって大事な〈オンナ〉が、丸一日、行方不明となった事実に変わりはない。その事実が何より重要なのだ。
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