血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
893 / 1,268
第37話

(5)

しおりを挟む
 南郷が、御堂の過去を露骨に口にするのは、そうすることで辱めているつもりなのだろうか。ふと、そんなことを考えたあと、嫌な男だと、和彦は心の中で呟いておく。
「――……伊勢崎さんには、お会いしました」
「今は伊勢崎組を率いているんだったな。俺自身は、本人と顔を合わせたことはないんだが。なかなかのやり手だそうだ。組自体はそう大きくはないが、何しろシンパが多いらしい。今じゃ、北辰連合会では欠かせない男だとまで言われている」
「詳しいんですね」
 和彦の言葉に、南郷が派手な笑い声を上げる。
「総和会で隊を任されている身だからな。情報収集も仕事の一つだ」
「だったら、全国の組の情報をすべて把握しているんですか?」
「いや、そこまでは。気になるところだけ、だな」
 和彦は昨日知ったばかりの、伊勢崎組――というより龍造の動向が頭に浮かんだが、南郷に報告するつもりは一切なかった。情報収集が仕事だというのなら、いずれ南郷の耳に入るだろうし、もしかするとすでに把握しているのかもしれない。
 心情としては、御堂の立場が悪くなるようなことはしたくなかったのだ。
 余計なことは言うまいと心に誓った次の瞬間、南郷に問われた。
「先生の、伊勢崎龍造の印象を聞いてみたいな」
「印象ですか……。気さくな方でした」
「他には?」
「……いい父親という感じでした。息子さんをずいぶん可愛がっている様子で」
 どういう意味か、南郷は軽く鼻を鳴らした。
「南郷さん?」
「極道も人の子。やっぱり血の繋がった我が子は、何より可愛くてたまらないんだろうな。……今のところ、これはあんたの子だと訴えてくる女もいない、独り者の俺には到底わからない感覚だ」
 南郷の脳裏に浮かんでいるのは、伊勢崎父子のことだけではないだろう。
 踏み込んではいけない南郷の闇に触れてしまったような気がして、和彦はブルッと身を震わせた。




 湯から上がり、浴衣に袖を通した和彦は鏡の前に立つ。後ろめたさと羞恥を噛み締めながら、鏡に映る自分の体を凝視する。
 約一週間前、玲によってつけられた無数の愛撫の跡は、目に見える範囲ではすでに消えている。和彦は胸元に軽く指先を這わせてから、浴衣の前を合わせた。
 帯を締め、濡れた髪を掻き上げてから、もう一度だけ鏡の中の自分を一瞥して、脱衣所をあとにする。向かうのは、賢吾の部屋だ。
 障子を開けると、いつもなら座卓で悠然と待ち構えているはずの男の姿はなく、一瞬困惑した和彦だが、すぐに隣の寝室に電気がついていることに気づく。おそるおそる歩み寄ると、思った通り、賢吾はいた。
 すでに床が延べられており、その傍らに胡坐をかいて座っている姿を見て、和彦の心臓の鼓動は大きく跳ねる。
 今晩は、なんのために本宅に呼ばれたのか、十分に理解している。久しぶりに〈オンナ〉としての務めを果たすためだ。
 賢吾としては、これ以上ない寛容さと忍耐力を持って、和彦の精神が安定するのを待っていたのだろう。それとも、〈あの男〉の面影が和彦の中から薄れるのを待っていたのか――。
 湯上がりのせいばかりではなく、ますます熱くなっていく頬の熱を意識したくなくて、取り留めなくあれこれと考え、立ち尽くす。そんな和彦に、賢吾は薄い笑みを向けてくる。この瞬間、意識のすべてが、目の前の男に奪われる。
 手招きされ、側に歩み寄る。促されるまま傍らに腰を下ろすと、すかさず肩を抱かれた。間近からじっと見つめられて、最初は落ち着きなく視線をさまよわせていた和彦だが、眼差しの威力には逆らえない。おずおずと見つめ返した。
 心の奥底まで浚ってくるような賢吾の目に、ちらちらと大蛇の影が見える。ずいぶん久しぶりに、この目を直視した気がした。
 執着心と独占欲の塊のような男に、どれだけの我慢を強いたのだろうかと想像した次の瞬間、己の自惚れぶりに和彦はひどくうろたえる。
 ここで賢吾が、ふっと表情を和らげた。
「お前は意外に、表情がころころと変わる」
 いきなり『お前』と呼ばれて、それだけで胸の奥がジンと疼いた。
「ほら、また変わった。……艶っぽい、いやらしい顔になった」
 囁きながら賢吾の唇がそっと重なり、和彦は細い声を洩らす。もっと触れてほしい、と率直に感じた。
 濡れた後ろ髪を手荒くまさぐられながら、二度、三度と賢吾と唇を啄み合う。穏やかな口づけの合間に賢吾に問われた。
「――浮気しただろう、和彦」
 ピクリと体を震わせた和彦は、咄嗟に怯えの表情を浮かべる。正直すぎる和彦の反応に、賢吾は苦笑した。
「秋慈か?」
「違うっ」
 和彦はムキになって断言したあと、ぼそぼそと付け加えた。
「それは……、御堂さんに失礼だ」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...