888 / 1,268
第36話
(37)
しおりを挟む
「ぼくも、大事にはされています。でも、いつかはそんなときも終わりが来ると――、来てほしいと思うときもあって。でも、現実にそうなったとき、ほっとするよりも、自分が傷つくのが目に見えるんです……」
「いつか、を恐れ続けるぐらいなら、自分で早々に終わらせてしまおう。そう考えることは? 前に君、自分が飽きられるときが来ることを、覚悟しているような話しぶりだったよね」
御堂の指摘にドキリとした。咄嗟に和彦の脳裏に浮かんだのは、父親である俊哉の顔だ。俊哉であれば、今のような生活を終わらせる手段を、きっと講じることができる。
和彦はわずかに間を置いてから、首を横に振った。
「自分で終わらせるというのは、考えるのも怖いです。……ぼくも、情はあるんです。自分から切り捨てられない程度には」
「君は優しいね。順風満帆だった人生を奪われたというのに」
「優しくないですよ。ただ、ずるいだけです」
「それならわたしは、君よりもっとずるいよ。いや、狡猾というべきかな」
どういう意味かと、和彦は首を傾げる。御堂は鋭い笑みを浮かべると、内緒話をするように声を潜めた。
「わたしは、君と玲くんがこの家にいる間に見聞きしたこと、感じたことは、誰にも報告しない。ただ、楽しそうに過ごしていたと報告するだけだ。どうするかは、賢吾への対応は君次第だ。何を報告して、何を報告しないか、自分で決めるといい」
「どうして……」
「賢吾は友人だが、あの長嶺守光の息子でもある。狡猾と言ったのは、そんな賢吾を利用してやろうという気持ちが、わたしの中にはあるからだ。もちろん、賢吾のオンナである君も。もっとも賢吾は、それを承知のうえで、君を送り出した。君が襲撃を受けた件で、少しばかり清道会に向けられる目が厳しくなっていたんだが、当人が祝いの席に出てくれたというのは、君自身が思っているより、感謝している人間は多い。わたしも、ね」
男たちに大事に守られているだけの和彦とは違い、総和会の中で隊を動かす立場にある御堂は、さまざまなものを背負っている。守るべきものがあり、果たすべき義理があり、貫きたい意地があり――。
そんな御堂に対して、やはり和彦は嫉妬めいた感情を抱くのだ。自分にはない強さを持つ男として。〈オンナ〉として男に抱かれていながら、この違いはなんなのだろうかと考えて、それ自体が恐れ多いなと、密かに自嘲の笑みを洩らす。
「――君は、自分という人間を過小評価している」
ふいに御堂に言われ、無意識に伏せていた視線を上げる。ひどく優しい表情を向けられ、和彦はドキリとした。
「あの……?」
「わたしが見ている限り、佐伯和彦という人間は、驚くほどタフでしたたかだ。何より、愛情深い。誰に対しても。わたしが君ぐらいの歳に欲しかったものばかりを、君は持っている」
自虐的な気持ちになった自分を、御堂は慰めてくれているのだろうかと、まっさきに和彦はそう思った。戸惑っていると、御堂は軽く肩を竦めて立ち上がった。
「……と、こんなことを言って、わたしは君を丸め込もうとしているかもしれない。わたしも、食えない極道の一人だからね」
「ぼくを丸め込むのは、簡単ですよ。すでにもう、御堂さんのことを信用していますから。それで、ぼくが手酷い目に遭わされるというなら、多分諦めがつくと思います」
苦笑を洩らした和彦をまじまじと見つめてから、御堂は側へとやってくる。何事かと思って見上げると、ふいに頬にてのひらが押し当てられた。
「御堂さん?」
「君の周囲にいる男たちが、君を放っておけない本当の理由がわかった気がする。タフでしたたかだが、君は危うい。自暴自棄というんじゃなく、なんというか……、自分に執着していない。そんな君に、男たちは執着する」
不思議だねと、御堂は言葉を続けた。そのたった一言が、驚くほどすんなりと胸の奥に入り込み、ほのかな熱を持つ。
和彦は顔を綻ばせながら、そうですねと応じた。
「いつか、を恐れ続けるぐらいなら、自分で早々に終わらせてしまおう。そう考えることは? 前に君、自分が飽きられるときが来ることを、覚悟しているような話しぶりだったよね」
御堂の指摘にドキリとした。咄嗟に和彦の脳裏に浮かんだのは、父親である俊哉の顔だ。俊哉であれば、今のような生活を終わらせる手段を、きっと講じることができる。
和彦はわずかに間を置いてから、首を横に振った。
「自分で終わらせるというのは、考えるのも怖いです。……ぼくも、情はあるんです。自分から切り捨てられない程度には」
「君は優しいね。順風満帆だった人生を奪われたというのに」
「優しくないですよ。ただ、ずるいだけです」
「それならわたしは、君よりもっとずるいよ。いや、狡猾というべきかな」
どういう意味かと、和彦は首を傾げる。御堂は鋭い笑みを浮かべると、内緒話をするように声を潜めた。
「わたしは、君と玲くんがこの家にいる間に見聞きしたこと、感じたことは、誰にも報告しない。ただ、楽しそうに過ごしていたと報告するだけだ。どうするかは、賢吾への対応は君次第だ。何を報告して、何を報告しないか、自分で決めるといい」
「どうして……」
「賢吾は友人だが、あの長嶺守光の息子でもある。狡猾と言ったのは、そんな賢吾を利用してやろうという気持ちが、わたしの中にはあるからだ。もちろん、賢吾のオンナである君も。もっとも賢吾は、それを承知のうえで、君を送り出した。君が襲撃を受けた件で、少しばかり清道会に向けられる目が厳しくなっていたんだが、当人が祝いの席に出てくれたというのは、君自身が思っているより、感謝している人間は多い。わたしも、ね」
男たちに大事に守られているだけの和彦とは違い、総和会の中で隊を動かす立場にある御堂は、さまざまなものを背負っている。守るべきものがあり、果たすべき義理があり、貫きたい意地があり――。
そんな御堂に対して、やはり和彦は嫉妬めいた感情を抱くのだ。自分にはない強さを持つ男として。〈オンナ〉として男に抱かれていながら、この違いはなんなのだろうかと考えて、それ自体が恐れ多いなと、密かに自嘲の笑みを洩らす。
「――君は、自分という人間を過小評価している」
ふいに御堂に言われ、無意識に伏せていた視線を上げる。ひどく優しい表情を向けられ、和彦はドキリとした。
「あの……?」
「わたしが見ている限り、佐伯和彦という人間は、驚くほどタフでしたたかだ。何より、愛情深い。誰に対しても。わたしが君ぐらいの歳に欲しかったものばかりを、君は持っている」
自虐的な気持ちになった自分を、御堂は慰めてくれているのだろうかと、まっさきに和彦はそう思った。戸惑っていると、御堂は軽く肩を竦めて立ち上がった。
「……と、こんなことを言って、わたしは君を丸め込もうとしているかもしれない。わたしも、食えない極道の一人だからね」
「ぼくを丸め込むのは、簡単ですよ。すでにもう、御堂さんのことを信用していますから。それで、ぼくが手酷い目に遭わされるというなら、多分諦めがつくと思います」
苦笑を洩らした和彦をまじまじと見つめてから、御堂は側へとやってくる。何事かと思って見上げると、ふいに頬にてのひらが押し当てられた。
「御堂さん?」
「君の周囲にいる男たちが、君を放っておけない本当の理由がわかった気がする。タフでしたたかだが、君は危うい。自暴自棄というんじゃなく、なんというか……、自分に執着していない。そんな君に、男たちは執着する」
不思議だねと、御堂は言葉を続けた。そのたった一言が、驚くほどすんなりと胸の奥に入り込み、ほのかな熱を持つ。
和彦は顔を綻ばせながら、そうですねと応じた。
41
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる