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第36話
(37)
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「ぼくも、大事にはされています。でも、いつかはそんなときも終わりが来ると――、来てほしいと思うときもあって。でも、現実にそうなったとき、ほっとするよりも、自分が傷つくのが目に見えるんです……」
「いつか、を恐れ続けるぐらいなら、自分で早々に終わらせてしまおう。そう考えることは? 前に君、自分が飽きられるときが来ることを、覚悟しているような話しぶりだったよね」
御堂の指摘にドキリとした。咄嗟に和彦の脳裏に浮かんだのは、父親である俊哉の顔だ。俊哉であれば、今のような生活を終わらせる手段を、きっと講じることができる。
和彦はわずかに間を置いてから、首を横に振った。
「自分で終わらせるというのは、考えるのも怖いです。……ぼくも、情はあるんです。自分から切り捨てられない程度には」
「君は優しいね。順風満帆だった人生を奪われたというのに」
「優しくないですよ。ただ、ずるいだけです」
「それならわたしは、君よりもっとずるいよ。いや、狡猾というべきかな」
どういう意味かと、和彦は首を傾げる。御堂は鋭い笑みを浮かべると、内緒話をするように声を潜めた。
「わたしは、君と玲くんがこの家にいる間に見聞きしたこと、感じたことは、誰にも報告しない。ただ、楽しそうに過ごしていたと報告するだけだ。どうするかは、賢吾への対応は君次第だ。何を報告して、何を報告しないか、自分で決めるといい」
「どうして……」
「賢吾は友人だが、あの長嶺守光の息子でもある。狡猾と言ったのは、そんな賢吾を利用してやろうという気持ちが、わたしの中にはあるからだ。もちろん、賢吾のオンナである君も。もっとも賢吾は、それを承知のうえで、君を送り出した。君が襲撃を受けた件で、少しばかり清道会に向けられる目が厳しくなっていたんだが、当人が祝いの席に出てくれたというのは、君自身が思っているより、感謝している人間は多い。わたしも、ね」
男たちに大事に守られているだけの和彦とは違い、総和会の中で隊を動かす立場にある御堂は、さまざまなものを背負っている。守るべきものがあり、果たすべき義理があり、貫きたい意地があり――。
そんな御堂に対して、やはり和彦は嫉妬めいた感情を抱くのだ。自分にはない強さを持つ男として。〈オンナ〉として男に抱かれていながら、この違いはなんなのだろうかと考えて、それ自体が恐れ多いなと、密かに自嘲の笑みを洩らす。
「――君は、自分という人間を過小評価している」
ふいに御堂に言われ、無意識に伏せていた視線を上げる。ひどく優しい表情を向けられ、和彦はドキリとした。
「あの……?」
「わたしが見ている限り、佐伯和彦という人間は、驚くほどタフでしたたかだ。何より、愛情深い。誰に対しても。わたしが君ぐらいの歳に欲しかったものばかりを、君は持っている」
自虐的な気持ちになった自分を、御堂は慰めてくれているのだろうかと、まっさきに和彦はそう思った。戸惑っていると、御堂は軽く肩を竦めて立ち上がった。
「……と、こんなことを言って、わたしは君を丸め込もうとしているかもしれない。わたしも、食えない極道の一人だからね」
「ぼくを丸め込むのは、簡単ですよ。すでにもう、御堂さんのことを信用していますから。それで、ぼくが手酷い目に遭わされるというなら、多分諦めがつくと思います」
苦笑を洩らした和彦をまじまじと見つめてから、御堂は側へとやってくる。何事かと思って見上げると、ふいに頬にてのひらが押し当てられた。
「御堂さん?」
「君の周囲にいる男たちが、君を放っておけない本当の理由がわかった気がする。タフでしたたかだが、君は危うい。自暴自棄というんじゃなく、なんというか……、自分に執着していない。そんな君に、男たちは執着する」
不思議だねと、御堂は言葉を続けた。そのたった一言が、驚くほどすんなりと胸の奥に入り込み、ほのかな熱を持つ。
和彦は顔を綻ばせながら、そうですねと応じた。
「いつか、を恐れ続けるぐらいなら、自分で早々に終わらせてしまおう。そう考えることは? 前に君、自分が飽きられるときが来ることを、覚悟しているような話しぶりだったよね」
御堂の指摘にドキリとした。咄嗟に和彦の脳裏に浮かんだのは、父親である俊哉の顔だ。俊哉であれば、今のような生活を終わらせる手段を、きっと講じることができる。
和彦はわずかに間を置いてから、首を横に振った。
「自分で終わらせるというのは、考えるのも怖いです。……ぼくも、情はあるんです。自分から切り捨てられない程度には」
「君は優しいね。順風満帆だった人生を奪われたというのに」
「優しくないですよ。ただ、ずるいだけです」
「それならわたしは、君よりもっとずるいよ。いや、狡猾というべきかな」
どういう意味かと、和彦は首を傾げる。御堂は鋭い笑みを浮かべると、内緒話をするように声を潜めた。
「わたしは、君と玲くんがこの家にいる間に見聞きしたこと、感じたことは、誰にも報告しない。ただ、楽しそうに過ごしていたと報告するだけだ。どうするかは、賢吾への対応は君次第だ。何を報告して、何を報告しないか、自分で決めるといい」
「どうして……」
「賢吾は友人だが、あの長嶺守光の息子でもある。狡猾と言ったのは、そんな賢吾を利用してやろうという気持ちが、わたしの中にはあるからだ。もちろん、賢吾のオンナである君も。もっとも賢吾は、それを承知のうえで、君を送り出した。君が襲撃を受けた件で、少しばかり清道会に向けられる目が厳しくなっていたんだが、当人が祝いの席に出てくれたというのは、君自身が思っているより、感謝している人間は多い。わたしも、ね」
男たちに大事に守られているだけの和彦とは違い、総和会の中で隊を動かす立場にある御堂は、さまざまなものを背負っている。守るべきものがあり、果たすべき義理があり、貫きたい意地があり――。
そんな御堂に対して、やはり和彦は嫉妬めいた感情を抱くのだ。自分にはない強さを持つ男として。〈オンナ〉として男に抱かれていながら、この違いはなんなのだろうかと考えて、それ自体が恐れ多いなと、密かに自嘲の笑みを洩らす。
「――君は、自分という人間を過小評価している」
ふいに御堂に言われ、無意識に伏せていた視線を上げる。ひどく優しい表情を向けられ、和彦はドキリとした。
「あの……?」
「わたしが見ている限り、佐伯和彦という人間は、驚くほどタフでしたたかだ。何より、愛情深い。誰に対しても。わたしが君ぐらいの歳に欲しかったものばかりを、君は持っている」
自虐的な気持ちになった自分を、御堂は慰めてくれているのだろうかと、まっさきに和彦はそう思った。戸惑っていると、御堂は軽く肩を竦めて立ち上がった。
「……と、こんなことを言って、わたしは君を丸め込もうとしているかもしれない。わたしも、食えない極道の一人だからね」
「ぼくを丸め込むのは、簡単ですよ。すでにもう、御堂さんのことを信用していますから。それで、ぼくが手酷い目に遭わされるというなら、多分諦めがつくと思います」
苦笑を洩らした和彦をまじまじと見つめてから、御堂は側へとやってくる。何事かと思って見上げると、ふいに頬にてのひらが押し当てられた。
「御堂さん?」
「君の周囲にいる男たちが、君を放っておけない本当の理由がわかった気がする。タフでしたたかだが、君は危うい。自暴自棄というんじゃなく、なんというか……、自分に執着していない。そんな君に、男たちは執着する」
不思議だねと、御堂は言葉を続けた。そのたった一言が、驚くほどすんなりと胸の奥に入り込み、ほのかな熱を持つ。
和彦は顔を綻ばせながら、そうですねと応じた。
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