血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
883 / 1,268
第36話

(32)

しおりを挟む



 ホテルでの朝食から戻ってきた和彦は、自分が使っている部屋を簡単に片づけると、やることがなくなってしまう。
 今日、自宅マンションに戻るのだが、総和会からの呼び出しをうまく避けられるよう、連休を目一杯使ってこいと賢吾に言われているため、夕方近くまで御堂の実家に滞在させてもらうことになっている。つまり、それまで暇なのだ。
 散歩にでも出かけたいところだが、そうなると、近くにあるという清道会の事務所から、わざわざ護衛のための組員を呼ぶことになる。その手間を思うと、考えるだけで億劫だ。
 同じ屋根の下にいる御堂は誰かと電話で話し込んでおり、見るからに忙しそうな様子に、とても話し相手になってほしいとは言えない。
 朝食後に聞かされた、伊勢崎父子の動向について気になっているのだが――。
 Tシャツに着替えると、体に残る疲労感に耐えかねて、畳の上をごろりごろりと寝転がっていた和彦だが、覚悟を決めて起き上がる。
 ここに戻ってくる車中では、なんとなく玲と会話が交わせなかった。何事もなかったように、このまま別れてしまうのが無難なのだろうが、それを許せない自分がいる。どうせ、さまざまな感情に責め苛まれるなら、抱えた疑問を少しでも解消しておきたかった。
 和彦自身のためというのもあるが、結果として、長嶺組の――長嶺の血を持つ男たちのためになるのかもしれない。
 和彦は、静かな廊下を通って玲が使っている部屋へと出向く。玲は、帰り仕度をほぼ終えていた。バッグだけではなく、土産物などが詰まった紙袋が四つ並んでいる光景に、思わず笑ってしまう。
「すごい量だな。帰りは飛行機なんだろ」
「御堂さんが、ここから宅配で送ると言ってくれたんで、甘えることにします」
「それがいいよ」
 ここで会話が途切れる。和彦が立ち尽くしたまま次の言葉を迷っていると、畳の上に胡坐をかいて座り込んだ玲が、自分の傍らを手で示した。和彦は引き戸を閉めると、玲の側に座る。
「――もうすぐ君の迎えが来るようだから、最後にきちんと挨拶をしておこうと思ったんだ。ホテルでは、大人げない態度を取ってしまったし」
 ようやく和彦が切り出すと、玲はほっとしたように顔を綻ばせた。
「変だと言われるかもしれませんけど、嬉しかったです。佐伯さんが、俺のことでムキになってくれて」
「それは……、変だ」
 玲は短く声を上げて笑う。子供扱いしていたわけではないが、玲が怒るか、拗ねているのではないかと覚悟していただけに、笑顔を見せられるのは予想外過ぎた。
「連休中、君と一緒で楽しかった。本当に、いい息抜きができた。ありがと――」
 前触れもなく、玲が畳に片手を突いたかと思うと、いきなりこちらに向かって身を乗り出してくる。和彦は驚きのあまり、まったく動けなかった。玲が、息もかかる距離まで顔を寄せ、今度は寂しげな表情となる。
「……本当に、何もなかったように振る舞うんですね。やっぱりこういうところで、経験の差が出るのかな。佐伯さんは平気そうな顔をしてるけど、俺は……つらくて堪らない、です」
 ハッと我に返った和彦は立ち上がろうとしたが、その前に玲にしがみつかれて、二人一緒に畳の上に倒れ込む。わけがわからないまま身を捩ろうとしたが、のしかかってきたしなやかな体は意外な強靭さと強引さを見せ、和彦は押さえつけられていた。
「玲くんっ……」
「本当に、俺のほうが強いみたいですね」
 気負った様子もなく玲がこんなことを言い、和彦はムキになって反論する。
「君に怪我をさせられないから、手加減しているんだからな。だいたい、ふざけているにしても、やりすぎだ」
「ふざけてないです。あなたに触れたいんです。もっと」
 玲にきつく抱き締められて、一瞬息が詰まる。上目遣いに見つめてくる玲の眼差しは熱っぽく、切迫感に満ちていた。
「……夜が明けたら、夢は終わりだ。何度も言わせないでくれ。……本当に、君には申し訳ないことをした。子供に、自分勝手な理屈を押し付けた。ぼくはどうかしていた」
「そんな言い方しないでください。まるで、悪いことをしたみたいに」
「悪いことだよ。悪い大人たちが君に吹き込んだことは全部、忘れるんだ。君は受験勉強をして、大学に合格して、普通の大学生に――」
 ふっと言葉を切った和彦は、玲の目を覗き込む。
「君は、組の仕事に関わるのか? ヤクザになるのか?」
 玲が怖いほど真剣な顔となり、上体を起こす。ただし、腰の上にしっかりと乗られたため、抜け出すことはできない。
「本当のことを話さなかったら、佐伯さん、春まで俺のことを、少しは気にかけていてくれますよね」
「……いや。この家で別れたら、思い出さない。きっともう、ぼくと君が会うこともないだろうし」
「佐伯さんはともかく、俺はどこにでも行けますし、誰とでも会えます。なんといっても、普通の大学生になる予定ですから」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...