血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
882 / 1,268
第36話

(31)

しおりを挟む
 慌てて水をとめた和彦は、ハンカチを取り出しながら洗面台の前から退く。
「ぼくは先に出ているから――」
 玲の横を通り過ぎようとして、腕を掴まれた。ハッとして玲を見ると、ひどく苦しげな顔をしていた。さきほどまで、愛想よく大人たちの会話に加わっていた青年と同一人物とは思えない。
「玲くん……?」
「――……佐伯さんの態度が、気になったんです。車の中で、俺と御堂さんが話をしてから、なんとなく、佐伯さんがよそよそしくなったみたいで。それに食事をしている間は、得体が知れないものを見るみたいに、ときどき俺のことを見てました」
 聡い子だなと、内心で驚きながらも和彦は、感情が表に出ないよう努める。
「気のせいだよ。……ちょっと驚いただけだ」
「佐伯さん、ヤクザは嫌いですか?」
「そんなことは言ってないっ」
 思わず声を荒らげた和彦は、すぐに我に返って口元に手をやる。
「……嫌いなんて言う権利はない。ぼくは、そのヤクザの稼ぐ金で生活しているんだから」
「じゃあ、俺のことは嫌いですか?」
 玲に試されていると、一瞬にして悟った。キッと睨みつけ、腕を掴む玲の手を振り払う。
「言っただろう。夜が明けたら、夢は終わりだと。君はあくまで、連休の間、一緒に連れ立ってあちこち行っただけの仲だ。だから、互いの事情に首は突っ込まない。……そのほうが、いい別れ方ができる」
 そう言い置いて和彦は、足早にレストルームを出る。出入り口のすぐ側に護衛の男たちが立っていたため、不意をつかれて面食らい、視線を逸らした先に、御堂が立っていた。和彦は、ちらりと背後を振り返ってから、御堂の元へと行った。
「御堂さん、聞きたいことがあるんですが……」
 声を潜めて話しかけると、灰色の髪を掻き上げて御堂は薄い笑みを浮かべた。
「玲くんとの、車の中での会話のことかな」
「……普通の高校生だとばかり思っていたので、あの物言いが気になって」
 どうしようかと思案するように、御堂が小首を傾げる。
「伊勢崎組が絡む案件は、しばらくは清道会と、第一遊撃隊で独占しておきたかったんだけどね。君に教えるとなると、執念深くて勘がいい誰かも、首を突っ込みたがるだろうな」
「やっぱり玲くんは、組の仕事に関わるつもりなんですか?」
「それはなんとも言えない。あの子自身がどこまで関わる気があるのか、わかっているのは、本人だけだ。わたしも昨夜、気になる報告を受けたばかりなんだ。――おそらく伊勢崎組長は、こちらへの進出を踏まえた動きをしている、と」
「進出って……」
 色素の薄い瞳が、ゾクリとするほど冷徹な光を湛える。その目で一瞥された和彦は、そっと息を呑んだ。
「事業を始めたいということで、物件を探しているそうだ。どうやら動いているのは伊勢崎組の者だけのようで、北辰連合会がどこまで噛んでいるかまでは不明だが。総和会に名を連ねる組が治める縄張りに、得体の知れない外部の組が入り込んできたらどうなるか、なんとなく想像はつくだろう」
「……入り込まれた組は、おもしろくないですね」
「ああ。ただそうだとしても、いきなり手を出して、抗争沙汰にはしない。あくまで話し合いで、平和的に事を運ぶ。一応、そういうことになっている。それに、例えば地方から出てきたばかりの初々しい大学生が、表看板として動いているとなれば、なおさら迂闊なことはできない。組の人間が何より避けたいのは、一般人を巻き込む事態だ。その一般人の父親が、何者であろうとね」
 ここまで聞いて和彦は、あっ、と声を洩らす。玲との会話を思い出していた。
 龍造が息子の進学に関して求めているのは、大学のランクではなく、こちらで大学生という身分を手に入れることだと、玲自身が話していた。それを聞いたとき和彦は、何かありそうだと感じたのだ。
 車中で玲と交わした会話の大半は、他愛ない世間話だ。しかし、綾瀬がわざわざつけてくれた部下が、微笑ましい気持ちで聞き流してくれるとは思えない程度に、和彦は裏の世界に染まっている。綾瀬だけではなく、御堂の耳にも入っていると考えるべきだろう。
 和彦はすべてが腑に落ちたような、妙に清々しい気分で苦笑を洩らしていた。
「――……長嶺父子とのつき合いで、骨身に刻みつけられたと思っていたんですけどね」
「この親にしてこの子ありと?」
 和彦が応じようとしたとき、玲がレストルームから出てくる。軽く周囲を見回してから、まっすぐこちらを見たので、咄嗟に和彦は視線を逸らしていた。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...