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第36話
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しおりを挟むひどい脱力感に苛まれながら和彦は、なんとか体の向きを変えると、隣に横たわっている玲を見る。
しなやかな手足を投げ出してはいるものの、和彦のようにぐったりしているというより、充足感に満ち満ちているという様子で、これが一回り以上の年齢差というものなのだろうなと、妙に納得させられる。
息も絶え絶えという状態からようやくわずかに回復し、和彦は口を開く。
「夜が明けたら、夢は終わりだ。朝、ダイニングで顔を合わせても、何もなかったふりをするんだ」
「――……佐伯さん、冷静ですね」
そう言って玲もごろりと寝返りを打ち、体の正面をこちらに向ける。胸元に散る愛撫の痕跡を目の当たりにして、まだ上気している頬がさらに熱くなる。自分がやったこととはいえ、大胆なことをしたものだと自省する。一方の玲は、和彦の体に残るものを見て、表情を和らげた。
体温が感じられるほど身を寄せ、和彦の肌に指先を這わせてくる。
まだ、夜が明けるには早い――。和彦は自分に言い聞かせながら、そっと玲の頭を引き寄せる。玲は素直に胸元に顔を埋めてきた。
「君が着ていた浴衣、いつの間にか体の下に敷き込んでいて、汚してしまったんだ。朝のうちに洗濯するから、すまないが今夜は、Tシャツでも着て休んでくれ。……ああ、シーツも洗わないと」
「体も拭かないと。とりあえず後で、俺が濡らしたタオルを持ってきます。俺より、佐伯さんのほうが大変だと思うし……」
玲の手が腰から背へと回され、さらに下へと移動する。好奇心の強い指が、熱を持って疼いている部分をまさぐってきた。簡単な後始末はしたものの、触れられると、玲が残した精が奥から滴り出てくる。
情欲の嵐が去り、和彦の気持ちは落ち着きを取り戻しているが、玲は違うようだ。何かの拍子にまた猛々しさを取り戻しそうな激しさを、肌に触れる息遣いや指先から感じる。
「玲くん」
声をかけると、玲が顔を上げる。和彦は後ろ髪を撫でながら、優しく唇を重ねる。すぐに玲が口づけに応え、唇を吸い返してきた。激しく求めてこようとする玲を、和彦はなだめる。丹念に上唇と下唇を交互に吸い上げ、舌先で歯列をくすぐり、おとなしくなってきたところで、褒美のように上あごの裏を舐めてやる。
「……ずるいな、こんなキスされたら、佐伯さんに強引なことをできなくなる」
ようやく唇を離すと、ため息交じりに玲がぼやく。それがひどく子供っぽくて、和彦は声を洩らして笑った。
「それは勘弁してほしいな。ぼくは腕力はないし、荒っぽいことはさっぱりだから。絶対、君のほうが強い」
「わかってます。だから、この部屋に忍び込んで佐伯さんに覆い被さったとき、抵抗されたら、強引にでも事に及ぼうと考えていました」
「怖いな……」
「でも、しなくてよかったです。あなたに嫌われたくありませんから。ああ、でも、夜這いするような奴は、やっぱり嫌われるかな」
間近から強い眼差しを向けられ、和彦は静かに息を呑む。無自覚なのか、眼差しだけで人を従わせようとする、物騒な男特有の傲慢さがあった。ただそれは、和彦の生活にはあまりに馴染んだもので、好ましいとすら感じる。
「嫌ったりしない。君は、手荒なことなんてしなかったんだし」
「じゃあ、これを言ったら、俺を嫌うかもしれませんね……」
似合わない暗い表情を浮かべた玲が再び和彦の胸元に顔を埋めると、くぐもった声で続けた。
「こっちに来る前、父さんに言われたんです。いい〈オンナ〉がいたら、可愛がってもらえと。……佐伯さんの正体がわかってから、俺はずっと下心がありました。下衆な意味で、佐伯さんに気に入られようとしていました」
「可愛がってもらうために?」
玲が額を強く胸に押し当ててくる。和彦は頭を撫でながら、龍造の顔を思い描く。やはり、食えない男なのだなと実感していた。
自分と玲を近づけることに深い意味はあるのだろうかと考えるが、そもそも和彦は、龍造という男をよく知らないし、伊勢崎組や北辰連合会という組織についても同様だ。情報がない限り、推測は無意味だ。
もしかすると組織云々は関係なく、玲のオンナに対する執着を知ったうえで、龍造がただ煽ったという可能性もある。なんといっても息子の前で、平気で御堂を抱いていたような男だ。賢吾のように独自の常識を持っていると考えていい。
黙り込んだ和彦が怒ったとでも思ったのか、もぞりと身じろいだ玲が上目遣いに見上げてくる。笑いかけた和彦は、玲の背を抱き寄せた。
「嫌われるというなら、こちらかもしれない。……昨日も話したけど、御堂さんが誘ってくれたのは、ぼくが塞ぎ込んでいたからなんだ。ぼくにとって特別な人間が、側からいなくなって、連絡も取れない。自分でも意外なぐらい、そのことがショックで……」
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