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第36話
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微かに濡れた音を立てながら、玲の舌を優しく吸い、自分の口腔に誘い込む。和彦のマネをするように玲の舌が蠢き始めた。されるに任せながら、初めて見たときから惹かれていた玲の背にてのひらを這わせる。
まっすぐ伸びたきれいな背筋を何度も撫で、清廉さがそのまま現れているようなうなじを指先でくすぐる。同時に、玲の舌を甘噛みする。玲の反応は素直で、再び体を震わせた。
際限なく口づけを続けてしまいそうで、和彦はなんとか頭を引く。追いすがってきた玲の口元をてのひらで覆った。
「ここまでだ」
「……嫌です。まだ、続けたいです」
「思い出にはなっただろ。ほら、清道会の人が来るから、君は部屋に入っていろ。その顔じゃ――」
二人揃って唇を赤く腫らして、人前に出るわけにはいかない。和彦が言おうとしていることを理解したらしく、玲はあからさまに残念そうな顔で一旦体を離したが、次の瞬間、思い直したようにまた和彦を抱き締めてくる。
体を締め付ける腕の感触に、心臓の鼓動が大きく跳ねる。ズルリと音を立てて、自分の中にある感情の塊が玲に引き寄せられたのを、このとき確かに和彦は感じていた。
枕元のライトの明かりが、ぼんやりと天井を照らす。布団に横たわった和彦は、きれいな木目をじっと見上げていたが、両足の熱が気になって、結局起き上がる。
今日は歩き過ぎたせいで、足の裏が熱をもっている。ふくらはぎは少し痛かった。和彦はパジャマのパンツの上から足を丁寧に揉みながら、鷹津と街をさまよった日のことを思い出す。ずいぶん遠い日の出来事のように思えるが、まだ一か月も経っていないのだ。
その間、自分は――。
夕方、玲と交わした口づけが蘇り、布団に突っ伏したくなる。羞恥からではなく、どうしようもない罪悪感からだ。
夕食は、和彦たち三人以外に、準備を手伝ってくれた清道会の組員たちも加わって、ずいぶんにぎやかなものとなったのだが、和彦は、なんでも見通してしまいそうな御堂の色素の薄い瞳が、非難の色を浮かべるのではないかと気が気でなかった。その点玲は、何事もなかったように堂々としていた。
あの一度の口づけで気が済んだというなら、素直に安堵しておくべきなのだろうが、一回り以上年下の青年に翻弄されたようで、いい歳をした大人としては落ち込みたくなる。
明日には、自分が生活している場所へと帰ってしまうが、連休中にずいぶん思い出を作ったといえる。口づけもまた、思い出の一つだ。それ以上でも以下でもなく、誰も知ることのない秘密となる。抱えた罪悪感すらも。
再び布団に仰向けで横たわると、片足ずつ持ち上げて動かしてみる。このときになって、今夜は賢吾に連絡をしなかったことを思い出した。こんなことで怒る男ではないが、嫌になるほどの勘のよさを発揮して、和彦に何かあったのだろうと予想はしているだろう。
どうせ明日戻るのだから、問題はないはずだと自分に言い聞かせているうちに、和彦は体に布団もかけないまま、ウトウトし始めていた。
今日は当然、安定剤は飲んでいない。そんなものが必要ないほど、体は疲れ切っていて、疲労感は穏やかな睡魔を引き寄せる。
違和感は、さりげなくやってきた。風が吹くはずもないのに、髪が揺れた気がした。それに、頬を柔らかく撫でる感触もあった。和彦が深くゆっくりと息を吐き出すと、唇を何かに軽くくすぐられる。
この状況には覚えがあった。横になる和彦に〈誰か〉が忍び寄り、顔には薄布が掛けられるか、目隠しをされるのだ。そして、いいように体を貪られる。
いままで痛めつけられるような手酷い目に遭ったことはないため、恐怖感は薄いが、本能的な怯えからは逃れられない。
なぜ御堂の家で、と自問しているうちに、パジャマの上着のボタンを外されていく。胸元が露わになり、ひんやりとした空気に触れた。
閉じた瞼を通して、見下ろされているのがわかった。そして、和彦が目を開けるのを待っていることも。
眠ったふりを続けるという選択肢は、不思議なほど和彦の中にはなかった。胸の内に芽生えた確信に、突き動かされていた。
目を開けると、思いがけず近い距離に玲の顔があった。枕元のライトの明かりに照らされて、黒々とした瞳は濡れたような艶を帯びており、向けられる眼差しは熱っぽい。
あのときは、こんなふうに自分を見つめてはいなかった――。
ふとそんなことを思ったあと、和彦はようやく声を発した。
「ああ……、やっぱりそうだ。君は、似ているんだ。だからぼくは、前に君に会ったことがあるような気がしたんだ」
「俺は、誰に似ているんですか?」
一瞬のためらいがないわけではなかったが、まだ夢の中にいるような心地よさが、和彦の心の枷を軽くする。
まっすぐ伸びたきれいな背筋を何度も撫で、清廉さがそのまま現れているようなうなじを指先でくすぐる。同時に、玲の舌を甘噛みする。玲の反応は素直で、再び体を震わせた。
際限なく口づけを続けてしまいそうで、和彦はなんとか頭を引く。追いすがってきた玲の口元をてのひらで覆った。
「ここまでだ」
「……嫌です。まだ、続けたいです」
「思い出にはなっただろ。ほら、清道会の人が来るから、君は部屋に入っていろ。その顔じゃ――」
二人揃って唇を赤く腫らして、人前に出るわけにはいかない。和彦が言おうとしていることを理解したらしく、玲はあからさまに残念そうな顔で一旦体を離したが、次の瞬間、思い直したようにまた和彦を抱き締めてくる。
体を締め付ける腕の感触に、心臓の鼓動が大きく跳ねる。ズルリと音を立てて、自分の中にある感情の塊が玲に引き寄せられたのを、このとき確かに和彦は感じていた。
枕元のライトの明かりが、ぼんやりと天井を照らす。布団に横たわった和彦は、きれいな木目をじっと見上げていたが、両足の熱が気になって、結局起き上がる。
今日は歩き過ぎたせいで、足の裏が熱をもっている。ふくらはぎは少し痛かった。和彦はパジャマのパンツの上から足を丁寧に揉みながら、鷹津と街をさまよった日のことを思い出す。ずいぶん遠い日の出来事のように思えるが、まだ一か月も経っていないのだ。
その間、自分は――。
夕方、玲と交わした口づけが蘇り、布団に突っ伏したくなる。羞恥からではなく、どうしようもない罪悪感からだ。
夕食は、和彦たち三人以外に、準備を手伝ってくれた清道会の組員たちも加わって、ずいぶんにぎやかなものとなったのだが、和彦は、なんでも見通してしまいそうな御堂の色素の薄い瞳が、非難の色を浮かべるのではないかと気が気でなかった。その点玲は、何事もなかったように堂々としていた。
あの一度の口づけで気が済んだというなら、素直に安堵しておくべきなのだろうが、一回り以上年下の青年に翻弄されたようで、いい歳をした大人としては落ち込みたくなる。
明日には、自分が生活している場所へと帰ってしまうが、連休中にずいぶん思い出を作ったといえる。口づけもまた、思い出の一つだ。それ以上でも以下でもなく、誰も知ることのない秘密となる。抱えた罪悪感すらも。
再び布団に仰向けで横たわると、片足ずつ持ち上げて動かしてみる。このときになって、今夜は賢吾に連絡をしなかったことを思い出した。こんなことで怒る男ではないが、嫌になるほどの勘のよさを発揮して、和彦に何かあったのだろうと予想はしているだろう。
どうせ明日戻るのだから、問題はないはずだと自分に言い聞かせているうちに、和彦は体に布団もかけないまま、ウトウトし始めていた。
今日は当然、安定剤は飲んでいない。そんなものが必要ないほど、体は疲れ切っていて、疲労感は穏やかな睡魔を引き寄せる。
違和感は、さりげなくやってきた。風が吹くはずもないのに、髪が揺れた気がした。それに、頬を柔らかく撫でる感触もあった。和彦が深くゆっくりと息を吐き出すと、唇を何かに軽くくすぐられる。
この状況には覚えがあった。横になる和彦に〈誰か〉が忍び寄り、顔には薄布が掛けられるか、目隠しをされるのだ。そして、いいように体を貪られる。
いままで痛めつけられるような手酷い目に遭ったことはないため、恐怖感は薄いが、本能的な怯えからは逃れられない。
なぜ御堂の家で、と自問しているうちに、パジャマの上着のボタンを外されていく。胸元が露わになり、ひんやりとした空気に触れた。
閉じた瞼を通して、見下ろされているのがわかった。そして、和彦が目を開けるのを待っていることも。
眠ったふりを続けるという選択肢は、不思議なほど和彦の中にはなかった。胸の内に芽生えた確信に、突き動かされていた。
目を開けると、思いがけず近い距離に玲の顔があった。枕元のライトの明かりに照らされて、黒々とした瞳は濡れたような艶を帯びており、向けられる眼差しは熱っぽい。
あのときは、こんなふうに自分を見つめてはいなかった――。
ふとそんなことを思ったあと、和彦はようやく声を発した。
「ああ……、やっぱりそうだ。君は、似ているんだ。だからぼくは、前に君に会ったことがあるような気がしたんだ」
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