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第36話
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「それ以上に彼も楽しんだだろう。佐伯くんがいてくれてよかったよ。そうでなかったら、いかつい護衛だけを引き連れて、出歩くことになっていたはずだから」
「……いい子でしたよ。千尋と年齢が近いし、環境も境遇も似たようなところがあるようですけど、やっぱり、タイプは全然違いますね」
「どちらも、可愛く見えても、あの父親たちの息子だからね。将来はどうなるやら」
『あの父親たち』をよく知っている御堂の発言に、少しだけ和彦の首筋が寒くなった。
「怖いこと言わないでください……」
「おや、千尋はともかく、玲くんにも何か片鱗は感じた?」
「基本的に物静かで素直な子ですが、迫力がありますよ。……少し押しが強いというか」
「本能的に嗅ぎ取るのかな。自分のわがままを聞き入れてくれる相手かどうか。君は、優しいから」
裏の世界で生きている男から優しさを指摘されるのは、喜ばしいことではない。付け入る隙があると言われているようなものだ。和彦はさまざまな男たちと接してきて、それを学習した。
和彦が複雑な表情を浮かべていると、玲が戻ってくる。すると御堂が、イスの背もたれにかけていた上着を手に立ち上がった。
「さて、わたしはちょっと夕飯の買い出しに行ってくるから、二人で留守番を頼むよ」
「あっ、じゃあ、ぼくも荷物持ちに――」
「歩き回って疲れたんだろう? いいよ、清道会が車と人を出してくれるから、君らは休んでいて。あっ、もうすぐ、手伝いの組員たちが来るから、そのときは玄関を開けてやってくれないかな」
御堂が慌しく出かけていき、和彦は玄関で見送る。引き戸が閉まってから背後を振り返ると、玲が立っていた。和彦はあえて言葉はかけず、傍らを通り過ぎるときに、ぽんっと軽く肩を叩く。
洗面所で手を洗おうとしたが、何げなく正面の鏡を見て驚く。玲がついてきていた。本能的に、マズイと思った。
和彦は手も洗わないまま慌てて洗面所を出ようとしたが、玲が立ちはだかる。さらには肩を掴まれ、壁際に押しやられていた。
言葉もなかった。玲の顔が近づき、そっと唇が重ねられる。熱い吐息が肌に触れ、和彦の背筋にゾクリと甘美な震えが走った。
逃げ出すことは簡単で、鋭い声を発しただけで、玲はすぐに身を引くだろうと確信が持てた。しかし、できなかった。こんなに面倒で厄介な存在と深入りするべきではないと、頭では理解しているのに、本能が抗う。
自分が抱えた人恋しさはこんなにも深刻だったのかと、和彦は衝撃を受けた。それとも、初対面でありながら、どこかで会ったことがあると感じた瞬間に、とてつもない結びつきを玲と持ってしまったのかもしれない。
「……バカじゃないか、君は。一回り以上も年上の男と、こんなこと――」
「年齢は関係ないです。多分、佐伯さんが、俺の二回り年上だったとしても、したい、です」
ハッ、と荒い息を吐き出した玲が、今度は強く唇を押し当ててくる。和彦がされるがままになっていると、ぎこちなく唇を吸い始めた。ゆるゆると両腕が体に回され、次の瞬間には思い切ったように抱き締められる。このとき、玲の汗の匂いに包まれた。
上唇と下唇を交互に吸ってから、玲が囁くような声で言った。
「わからないんで、リードしてください」
尊大というべきか、悪びれていないというべきか、和彦がじっと見つめても、玲は怯むことなく見つめ返してくる。度胸があるなと思っていると、知らず知らずのうちに口元が緩んでしまい、すかさず玲が唇に吸い付いた。
情熱の伝え方もわかっていない初心な口づけに、和彦の心は急速に解れていく。気がつけば、玲の頬にてのひらを押し当て、唇を吸い返していた。
和彦は、濃厚で官能的な口づけを玲に与える。まだ誰の口づけの癖も知らない青年に、さまざまな男たちと口づけを交わしてきた自分が触れることに、神聖なものを穢すような罪悪感とともに、高ぶりも感じる。
一度だけだと自分に言い訳しながら、玲の口腔に舌を侵入させ、歯列をくすぐり、感じやすい粘膜を舐めていく。最初は戸惑っている様子の玲だったが、強張っていた舌がおずおずと動き、微笑ましく思いながら和彦は、舌先を触れ合わせる。
ちろりと玲の舌を舐めてやると、しなやかな体がビクリと震える。嫌悪からのものではく、快感によるものだとわかったのは、抱き締めてくる腕の力が強くなったからだ。
「もっと……、もっとしたい、です」
唇を触れ合わせながら玲が言い、ごく自然な流れで二人は舌先を擦りつけ合ってから、緩やかに絡めていく。唾液が交じり合い、吐息が重なる。玲は、和彦との口づけに抵抗がないようだった。そのことに危機感を覚えるべきなのだろうが、正直和彦は安堵していた。いや、嬉しかったのかもしれない。
「……いい子でしたよ。千尋と年齢が近いし、環境も境遇も似たようなところがあるようですけど、やっぱり、タイプは全然違いますね」
「どちらも、可愛く見えても、あの父親たちの息子だからね。将来はどうなるやら」
『あの父親たち』をよく知っている御堂の発言に、少しだけ和彦の首筋が寒くなった。
「怖いこと言わないでください……」
「おや、千尋はともかく、玲くんにも何か片鱗は感じた?」
「基本的に物静かで素直な子ですが、迫力がありますよ。……少し押しが強いというか」
「本能的に嗅ぎ取るのかな。自分のわがままを聞き入れてくれる相手かどうか。君は、優しいから」
裏の世界で生きている男から優しさを指摘されるのは、喜ばしいことではない。付け入る隙があると言われているようなものだ。和彦はさまざまな男たちと接してきて、それを学習した。
和彦が複雑な表情を浮かべていると、玲が戻ってくる。すると御堂が、イスの背もたれにかけていた上着を手に立ち上がった。
「さて、わたしはちょっと夕飯の買い出しに行ってくるから、二人で留守番を頼むよ」
「あっ、じゃあ、ぼくも荷物持ちに――」
「歩き回って疲れたんだろう? いいよ、清道会が車と人を出してくれるから、君らは休んでいて。あっ、もうすぐ、手伝いの組員たちが来るから、そのときは玄関を開けてやってくれないかな」
御堂が慌しく出かけていき、和彦は玄関で見送る。引き戸が閉まってから背後を振り返ると、玲が立っていた。和彦はあえて言葉はかけず、傍らを通り過ぎるときに、ぽんっと軽く肩を叩く。
洗面所で手を洗おうとしたが、何げなく正面の鏡を見て驚く。玲がついてきていた。本能的に、マズイと思った。
和彦は手も洗わないまま慌てて洗面所を出ようとしたが、玲が立ちはだかる。さらには肩を掴まれ、壁際に押しやられていた。
言葉もなかった。玲の顔が近づき、そっと唇が重ねられる。熱い吐息が肌に触れ、和彦の背筋にゾクリと甘美な震えが走った。
逃げ出すことは簡単で、鋭い声を発しただけで、玲はすぐに身を引くだろうと確信が持てた。しかし、できなかった。こんなに面倒で厄介な存在と深入りするべきではないと、頭では理解しているのに、本能が抗う。
自分が抱えた人恋しさはこんなにも深刻だったのかと、和彦は衝撃を受けた。それとも、初対面でありながら、どこかで会ったことがあると感じた瞬間に、とてつもない結びつきを玲と持ってしまったのかもしれない。
「……バカじゃないか、君は。一回り以上も年上の男と、こんなこと――」
「年齢は関係ないです。多分、佐伯さんが、俺の二回り年上だったとしても、したい、です」
ハッ、と荒い息を吐き出した玲が、今度は強く唇を押し当ててくる。和彦がされるがままになっていると、ぎこちなく唇を吸い始めた。ゆるゆると両腕が体に回され、次の瞬間には思い切ったように抱き締められる。このとき、玲の汗の匂いに包まれた。
上唇と下唇を交互に吸ってから、玲が囁くような声で言った。
「わからないんで、リードしてください」
尊大というべきか、悪びれていないというべきか、和彦がじっと見つめても、玲は怯むことなく見つめ返してくる。度胸があるなと思っていると、知らず知らずのうちに口元が緩んでしまい、すかさず玲が唇に吸い付いた。
情熱の伝え方もわかっていない初心な口づけに、和彦の心は急速に解れていく。気がつけば、玲の頬にてのひらを押し当て、唇を吸い返していた。
和彦は、濃厚で官能的な口づけを玲に与える。まだ誰の口づけの癖も知らない青年に、さまざまな男たちと口づけを交わしてきた自分が触れることに、神聖なものを穢すような罪悪感とともに、高ぶりも感じる。
一度だけだと自分に言い訳しながら、玲の口腔に舌を侵入させ、歯列をくすぐり、感じやすい粘膜を舐めていく。最初は戸惑っている様子の玲だったが、強張っていた舌がおずおずと動き、微笑ましく思いながら和彦は、舌先を触れ合わせる。
ちろりと玲の舌を舐めてやると、しなやかな体がビクリと震える。嫌悪からのものではく、快感によるものだとわかったのは、抱き締めてくる腕の力が強くなったからだ。
「もっと……、もっとしたい、です」
唇を触れ合わせながら玲が言い、ごく自然な流れで二人は舌先を擦りつけ合ってから、緩やかに絡めていく。唾液が交じり合い、吐息が重なる。玲は、和彦との口づけに抵抗がないようだった。そのことに危機感を覚えるべきなのだろうが、正直和彦は安堵していた。いや、嬉しかったのかもしれない。
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