血と束縛と

北川とも

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第36話

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 玲がさっそくスマートフォンを取り出し、何かを調べ始める。その様子を眺めているうちに、御堂の実家近くまでやってくる。
 すでに御堂は戻っているのか、家の前に車が停まっていた。さらに、辺りを警戒するように立っている男たちの姿もある。
「あれ――……」
 声を洩らしたのは玲だった。和彦と同じ方向を見て、軽く眉をひそめている。
「どうかした?」
「あっ、いえ、あそこに立っているの、父さんの組の人間です。車も、そうだ……」
 つまり、龍造が訪れているということだ。当然、御堂も一緒だろう。
 和彦は、預かっていた合鍵をキーケースから取り出す。どうやら今日は使う機会はなかったようだ。
「何か聞いてた?」
「何も。思いつきで行動するのはいつものことなので、いまさら驚きませんけど。護衛につく組員たちが、いつもぼやいてます。行き先も言わないで、一人でどこかに行ってしまうって」
 玲自身も苦労していそうな口ぶりに、和彦は微笑ましさを覚える。
 家の前で車から降り立つと、さっそく玲が、龍造の護衛についているという組員たちと会話を交わす。和彦は会釈をしてから先に家に入ると、玄関には二組の革靴が並んでいた。
 まっさきにリビングを覗いてみたが御堂と龍造の姿はなく、次にダイニングへと向かう。こちらには、テーブルで茶を飲んだ形跡があった。
 御堂の部屋にいるのだろうかと思いながら、廊下に出た和彦は一旦立ち止まって考える。大事な話をしているのなら邪魔をしたくなかったが、戻ってきたことを報告しておきたい気もする。なんといっても和彦は、組長の子息を連れ回していたのだ。
 荷物を置きに、使わせてもらっている部屋に向かっていた和彦の視界に、廊下を曲がった玲の姿がちらりと入った。他人の家だからと物怖じする様子のない玲は、まるで我が家のように堂々と歩き回っているようで、その様子に知らず知らずのうちに表情は緩む。
 今日は一体どうなるかと身構えていたのだが、玲のおかげでずいぶん楽しめた。あの泰然自若ぶりは、慣れからくるものなのか、生来のものなのかはわからないが、救われたことに変わりはない。
 部屋に入った瞬間に、ふっと一息つきそうになり、寛ぐ前に龍造にも挨拶をしておかなければと思い直す。すぐにまた部屋を出る。
 予想に反して、御堂の部屋からは人の気配は感じられなかった。和彦は広い家の中を、遠慮しつつ探索することになる。
 この家で一人で過ごすには、寂寥感と無縁ではいられないかもしれない。手入れはされているが、すでにもう生活感というものが薄れており、どこか寒々とした空気が漂っている。かつて家族と生活していた思い出が染み込んでいるとしても、それが人恋しさを癒してくれるとは思えなかった。
 当事者ではないというのに、ひどく感傷的なことを考えた和彦の脳裏に、まるで針で一突きされたように蘇る記憶――というより、感覚があった。
 ハッとして足を止め、咄嗟に壁に手を突く。得体の知れないものに足首を掴まれたような不安感に襲われかけたが、ここで和彦は、廊下の先に立つ人影に気づく。玲だった。
 しかし、様子がおかしい。ある部屋の前で、呆然として立ち尽くしているように見えたのだ。
 何事かと、和彦は足音を抑えて歩み寄る。
「何して――」
 玲に話しかけようとして、ぬるい空気にふわりと頬を撫でられた。空気が流れてきたほうをパッと見る。
 障子が開いた部屋の中で、蠢き、絡み合う姿があった。
「うっ、ああっ」
 艶かしい掠れた声に鼓膜を撫でられ、鳥肌が立った。和彦は、この声を前に聞いたことがある。
 畳の上に押さえつけられた御堂が、両足を大きく左右に広げられている。その間に、スラックスの前を寛げただけの格好で腰を割り込ませているのは、龍造だった。
 強烈な既視感に襲われたが、その正体にすぐに思い当たった。まだ最近と呼んでいい頃、和彦は今と同じような光景を目にしていた。
 あのときも御堂はこんなふうに男に組み敷かれ、欲望を受け入れていた。ただし、相手は綾瀬だった。
「ひあっ、あっ、うぅっ……」
 龍造が大きく腰を突き動かした途端、御堂の甲高い声に重なるように、生々しい湿った音が響く。御堂が龍造の背に強くすがりつき、腰が動かされるたびに両手がさまよう。
「――綾瀬とはずっと、情を交わしてきたのか?」
 龍造の問いかけに対して、焦点が怪しかった御堂の目に理性の光が宿る。そして、視線を逸らした拍子に、和彦と目が合った。意図していなかった状況なのか、わずかに表情を強張らせた御堂だが、すぐに龍造へと視線を戻す。
 対照的に龍造は、とっくに二人に気づいていたらしく、しっかりと玲のほうを見てニヤリと笑いかけてきた。

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