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第36話
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「まあ、いろいろだよ。しばらく塞ぎ込んで、やっと落ち着いたところに、御堂さんに誘われたんだ。あの人に話を聞いてもらおうかと思って」
適当に誤魔化すこともできたが、向けられる真剣な眼差しに応えなくてはいけない気持ちになり、つい話してしまう。
「じゃあ、予定外に登場した俺は、邪魔でしょう」
「その口ぶりだと、君を連れて行くと伊勢崎さんが決めたのは、本当に急だったんだな」
「どうでしょう。父さんの中ではとっくに決定事項で、ただ、他の人間に伝えたのが急だったのかも。……勢いと衝動で生き抜いているような人だから」
呆れたような口調ではあるが、父親を疎んじている素振りは一切感じられない。きっといい父子関係を築いているのだろうなと、和彦は思った。だからこそ、自分と俊哉の関係について思いを巡らせずにはいられない。
危うくため息をつきそうになったが、玲の視線を意識して、なんとか堪える。声をかけて店を出ると、和彦から促すまでもなく、玲が次の行き先を口にした。
「ゲーセンに寄っていいですか?」
「……意外だ。そういうところに行くんだ」
「たまに、気分転換に。高校生も、ストレス溜まることがあるんですよ」
妙に老成したような物言いに、和彦は声を洩らして笑いながら、玲の腕に手をかけて歩き出す。
「近くにある?」
「ばっちり、チェック済みです」
玲の案内で、さっそくゲームセンターに向かう。和彦自身は一人でまず立ち寄ることがない施設だが、千尋に何回か連れて行かれたことはあった。
さすがに玲は慣れた様子でまっさきに紙幣を両替し、和彦も倣う。けたたましい音楽が鳴り響く中、きょろきょろと辺りを見回す。当たり前だが、若い客が多いのだが、和彦とそう年齢が変わらない、スーツ姿の男が熱心にクレーンゲームをしていたり、老夫婦がメダルゲームに興じていたりと、案外客層の幅は広い。
玲に誘われていくつかのゲームをやったが、自分のあまりの下手さに笑ってしまう。それでも、カーレースゲームでは、柄にもなく声を上げて興奮したのだ。我に返って冷静さを取り繕ったが、隣で玲が肩を震わせて笑っていた。
気が向いたという感じで、玲がふらりとクレーンゲームの一つに近づき、小銭を何枚か入れる。挑戦するのは、大きな箱に入ったお菓子だった。
「――俺と佐伯さん、他の人からは、どんなふうに見えているでしょうね」
動くクレームを興味深く眺めていると、ふいに玲が問いかけてくる。和彦は笑いながら答えた。
「兄弟……は、ちょっと歳が離れすぎてるかな。友達同士も無理あるかも」
「そう言われると、謎の組み合わせですね、俺たち」
「実際、変な組み合わせだよ。知り合ったばかりだし、知り合ったきっかけも、変わってるし」
「……夜中、家の中で迷子になってた佐伯さんを――」
「そっちじゃなくて」
和彦が見ている前で、お菓子の箱がゆらりと揺れて、取り出し口へと落ちていく。取った本人である玲よりも、和彦のほうが歓声を上げてしまう。
「上手いな」
「現役高校生の実力を舐めないでください」
澄ました顔で言う玲がおもしろくて、和彦はくっくと声を洩らして笑っていた。
ゲームセンターには一時間も滞在していなかったのだが、大きな袋にぎっしりと成果を詰め込み、帰路へとつく。
「戻ったら、半分こにしましょうね」
車中で玲が言った言葉に、声に出しては言えないが、可愛いなと思ってしまう。犬っころのように甘えてくる千尋とは、また違った可愛さだ。
〈高校生〉という肩書きは、一種の魔法のようなものかもしれないと、和彦はさりげなく玲をうかがう。可愛いというより、やはり凛々しいという印象を受けるきれいな横顔は、千尋とほんの三歳ほどしか違わないはずなのに、冒しがたい子供らしさを漂わせ、だからといって幼いわけではない。
不思議な存在感は、〈高校生〉という世界に在る者特有なのだろう。そのせいで、和彦は妙にそわそわして落ち着かない。
自分のような存在が側にいて、穢してしまうのではないかと危惧して――。
玲がこちらを見たので、慌てて話題を振る。
「明日は何か予定はある?」
「父さんからは何も言われてないので、ないはずです。俺個人も、大学の見学はしたから、あとは特に考えてないし」
ここで玲がわずかに首を傾け、和彦に問いかけてきた。
「明日は、どうします?」
明日の予定の同行者として、含めてくれているらしい。それが自分でも意外なほど嬉しくて、和彦は笑みをこぼす。
「今夜、ゆっくり考えたらいいよ。ぼくはいい気晴らしになるから、外に出るなら、どこでもついて行くつもりだし」
「……そう言われると、悩みますね」
適当に誤魔化すこともできたが、向けられる真剣な眼差しに応えなくてはいけない気持ちになり、つい話してしまう。
「じゃあ、予定外に登場した俺は、邪魔でしょう」
「その口ぶりだと、君を連れて行くと伊勢崎さんが決めたのは、本当に急だったんだな」
「どうでしょう。父さんの中ではとっくに決定事項で、ただ、他の人間に伝えたのが急だったのかも。……勢いと衝動で生き抜いているような人だから」
呆れたような口調ではあるが、父親を疎んじている素振りは一切感じられない。きっといい父子関係を築いているのだろうなと、和彦は思った。だからこそ、自分と俊哉の関係について思いを巡らせずにはいられない。
危うくため息をつきそうになったが、玲の視線を意識して、なんとか堪える。声をかけて店を出ると、和彦から促すまでもなく、玲が次の行き先を口にした。
「ゲーセンに寄っていいですか?」
「……意外だ。そういうところに行くんだ」
「たまに、気分転換に。高校生も、ストレス溜まることがあるんですよ」
妙に老成したような物言いに、和彦は声を洩らして笑いながら、玲の腕に手をかけて歩き出す。
「近くにある?」
「ばっちり、チェック済みです」
玲の案内で、さっそくゲームセンターに向かう。和彦自身は一人でまず立ち寄ることがない施設だが、千尋に何回か連れて行かれたことはあった。
さすがに玲は慣れた様子でまっさきに紙幣を両替し、和彦も倣う。けたたましい音楽が鳴り響く中、きょろきょろと辺りを見回す。当たり前だが、若い客が多いのだが、和彦とそう年齢が変わらない、スーツ姿の男が熱心にクレーンゲームをしていたり、老夫婦がメダルゲームに興じていたりと、案外客層の幅は広い。
玲に誘われていくつかのゲームをやったが、自分のあまりの下手さに笑ってしまう。それでも、カーレースゲームでは、柄にもなく声を上げて興奮したのだ。我に返って冷静さを取り繕ったが、隣で玲が肩を震わせて笑っていた。
気が向いたという感じで、玲がふらりとクレーンゲームの一つに近づき、小銭を何枚か入れる。挑戦するのは、大きな箱に入ったお菓子だった。
「――俺と佐伯さん、他の人からは、どんなふうに見えているでしょうね」
動くクレームを興味深く眺めていると、ふいに玲が問いかけてくる。和彦は笑いながら答えた。
「兄弟……は、ちょっと歳が離れすぎてるかな。友達同士も無理あるかも」
「そう言われると、謎の組み合わせですね、俺たち」
「実際、変な組み合わせだよ。知り合ったばかりだし、知り合ったきっかけも、変わってるし」
「……夜中、家の中で迷子になってた佐伯さんを――」
「そっちじゃなくて」
和彦が見ている前で、お菓子の箱がゆらりと揺れて、取り出し口へと落ちていく。取った本人である玲よりも、和彦のほうが歓声を上げてしまう。
「上手いな」
「現役高校生の実力を舐めないでください」
澄ました顔で言う玲がおもしろくて、和彦はくっくと声を洩らして笑っていた。
ゲームセンターには一時間も滞在していなかったのだが、大きな袋にぎっしりと成果を詰め込み、帰路へとつく。
「戻ったら、半分こにしましょうね」
車中で玲が言った言葉に、声に出しては言えないが、可愛いなと思ってしまう。犬っころのように甘えてくる千尋とは、また違った可愛さだ。
〈高校生〉という肩書きは、一種の魔法のようなものかもしれないと、和彦はさりげなく玲をうかがう。可愛いというより、やはり凛々しいという印象を受けるきれいな横顔は、千尋とほんの三歳ほどしか違わないはずなのに、冒しがたい子供らしさを漂わせ、だからといって幼いわけではない。
不思議な存在感は、〈高校生〉という世界に在る者特有なのだろう。そのせいで、和彦は妙にそわそわして落ち着かない。
自分のような存在が側にいて、穢してしまうのではないかと危惧して――。
玲がこちらを見たので、慌てて話題を振る。
「明日は何か予定はある?」
「父さんからは何も言われてないので、ないはずです。俺個人も、大学の見学はしたから、あとは特に考えてないし」
ここで玲がわずかに首を傾け、和彦に問いかけてきた。
「明日は、どうします?」
明日の予定の同行者として、含めてくれているらしい。それが自分でも意外なほど嬉しくて、和彦は笑みをこぼす。
「今夜、ゆっくり考えたらいいよ。ぼくはいい気晴らしになるから、外に出るなら、どこでもついて行くつもりだし」
「……そう言われると、悩みますね」
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