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第36話
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「……俺の父さんもなかなかのもんだと思っていたけど、佐伯さんのところも、けっこう……」
「君のお父さんは、進学については、なんて?」
「大学のランクについては、興味ないんですよ。あるのは、俺が大学生という身分を手に入れて、春にこっちに来ることだけ」
何かありそうだなと思ったが、ハンドルを握る綾瀬の部下にすべて聞かれているため、迂闊に探りを入れられない。
ただ、会話を交わしながら、新鮮な感覚を味わっていた。和彦の周囲には、千尋を含めて若者がいることはいるのだが、組と関わりを持つ堅気とは言いがたい若者が大半だ。しかし玲は、父親がヤクザではあるものの、本人は荒んだ様子もなく、ごく普通の高校生だ。こうして進学について話せるだけでも、和彦にとってはある意味、非日常の体験だった。
「だったらもう、来るのは確定みたいなものだ」
「それでも、多少はハッタリのきくようなところには行きたいですよ。将来、あの父親を、俺が食わせなきゃいけなくなるかもしれませんから」
「あー、じゃあ、一人っ子?」
「認知されたのは俺だけのようだから、多分、そうです」
和彦が複雑な表情をすると、横目にちらりと見た玲が口元を緩める。
「こういう話、多いでしょう。この世界。男の甲斐性とか言って」
「――……そうなんですか?」
返事に困った和彦が、ハンドルを握る綾瀬の部下に尋ねると、なぜか玲が噴き出した。
「おもしろいですね、佐伯さん」
そうかな、と小声で応じる。
他愛ない会話を交わしているうちに、いくらか車中の空気が和んだ頃に、目的地の近くまでくる。
大学の周囲を歩いてみるかと言ってみたが、それは合格してからの楽しみにしておきますと答えられた。その代わり、次の目的地をリクエストされる。
「ちょっと、服を見たいです。なんだったら、俺だけ適当な場所で降ろしてもらえたら、一人で店を回るんで」
「いいよ。一緒に行こう。実は買い物好きなんだ」
和彦の言葉に、玲は大まじめな顔で忠告してきた。
「値段が高いところはダメっすよ。俺は、けっこう年相応な小遣いしかもらってないんで」
「……ああ、お小遣いもらってるんだ。あの、伊勢崎さんから。なんか、普通の父子な感じが意外というか……」
「佐伯さんがどんな想像していたのか知らないですけど、俺、高校生ですよ」
高校生か、と心の中で繰り返して、和彦は半ば無意識に手を伸ばし、玲の頭を撫でていた。千尋とはまったく違う髪の感触だと実感した次の瞬間に我に返る。撫でられた玲のほうも、大きく目を見開いている。
和彦は慌てて手を引っ込めると、言い訳にもならないことを口走った。
「ごめんっ。君とそう歳が変わらない人間の頭を、よく撫でているから、癖みたいになっていて」
「弟?」
「そうじゃないけど……、犬っころみたいな奴だよ。――……普段、高校生なんて知り合う機会がないから、つい物珍しさで……」
納得したのか、どうでもいいと思ったのか、へえ、と声を洩らした玲が、自分の頭に触れる。
「俺、頭撫でられたのなんて、何年ぶりだろ」
「本当にごめん。高校生にもなって、頭を撫でられるなんて嫌だったよね」
玲がぼそぼそと何か言ったが、和彦には聞き取れなかった。首を傾げると、困ったように玲は笑った。
玲と出歩くのは、思いがけず楽しかった。
一応、護衛名目で、綾瀬の部下が同行してはいたが、会話が聞こえない程度に距離を空けて、店に入るときも外で待ってくれていた。これはどちらかというと、普段は護衛などついていないという玲に対する気遣いなのかもしれない。
服を買ったあと、すぐに車に戻るのも惜しくて、目的もなくあちこちの店を覗き、疲れるとコーヒーショップに入って少し休んだ。
半月以上前、やはり和彦はこんなふうに街中を歩いていたが、あのときは鷹津と一緒だった。いつ、総和会や長嶺組からの追手が現れるかと、気が気でなかったのだ。
そんな自分が今は高校生と一緒にいて、リラックスしているというのも、不思議な感覚だった。
ストローを口にしたままぼんやりしていた和彦だが、ふと視線に気づいた正面に向き直る。頬杖をついた玲が、じっとこちらを見ていた。黒々とした瞳の威力に、一回り以上年齢が離れている相手だということも関係なく、気圧されてしまう。
「……どうかした?」
「いえ、今俺が、同じことを聞こうとしてました。――どうかしましたか? なんだかちょっと、つらそうな顔しているように見えたから。もしかして、歩き疲れたとか……」
和彦は慌てて首を横に振る。
「違うんだ。ただちょっと、思い出したことがあって」
「つらいこと、ですか?」
「君のお父さんは、進学については、なんて?」
「大学のランクについては、興味ないんですよ。あるのは、俺が大学生という身分を手に入れて、春にこっちに来ることだけ」
何かありそうだなと思ったが、ハンドルを握る綾瀬の部下にすべて聞かれているため、迂闊に探りを入れられない。
ただ、会話を交わしながら、新鮮な感覚を味わっていた。和彦の周囲には、千尋を含めて若者がいることはいるのだが、組と関わりを持つ堅気とは言いがたい若者が大半だ。しかし玲は、父親がヤクザではあるものの、本人は荒んだ様子もなく、ごく普通の高校生だ。こうして進学について話せるだけでも、和彦にとってはある意味、非日常の体験だった。
「だったらもう、来るのは確定みたいなものだ」
「それでも、多少はハッタリのきくようなところには行きたいですよ。将来、あの父親を、俺が食わせなきゃいけなくなるかもしれませんから」
「あー、じゃあ、一人っ子?」
「認知されたのは俺だけのようだから、多分、そうです」
和彦が複雑な表情をすると、横目にちらりと見た玲が口元を緩める。
「こういう話、多いでしょう。この世界。男の甲斐性とか言って」
「――……そうなんですか?」
返事に困った和彦が、ハンドルを握る綾瀬の部下に尋ねると、なぜか玲が噴き出した。
「おもしろいですね、佐伯さん」
そうかな、と小声で応じる。
他愛ない会話を交わしているうちに、いくらか車中の空気が和んだ頃に、目的地の近くまでくる。
大学の周囲を歩いてみるかと言ってみたが、それは合格してからの楽しみにしておきますと答えられた。その代わり、次の目的地をリクエストされる。
「ちょっと、服を見たいです。なんだったら、俺だけ適当な場所で降ろしてもらえたら、一人で店を回るんで」
「いいよ。一緒に行こう。実は買い物好きなんだ」
和彦の言葉に、玲は大まじめな顔で忠告してきた。
「値段が高いところはダメっすよ。俺は、けっこう年相応な小遣いしかもらってないんで」
「……ああ、お小遣いもらってるんだ。あの、伊勢崎さんから。なんか、普通の父子な感じが意外というか……」
「佐伯さんがどんな想像していたのか知らないですけど、俺、高校生ですよ」
高校生か、と心の中で繰り返して、和彦は半ば無意識に手を伸ばし、玲の頭を撫でていた。千尋とはまったく違う髪の感触だと実感した次の瞬間に我に返る。撫でられた玲のほうも、大きく目を見開いている。
和彦は慌てて手を引っ込めると、言い訳にもならないことを口走った。
「ごめんっ。君とそう歳が変わらない人間の頭を、よく撫でているから、癖みたいになっていて」
「弟?」
「そうじゃないけど……、犬っころみたいな奴だよ。――……普段、高校生なんて知り合う機会がないから、つい物珍しさで……」
納得したのか、どうでもいいと思ったのか、へえ、と声を洩らした玲が、自分の頭に触れる。
「俺、頭撫でられたのなんて、何年ぶりだろ」
「本当にごめん。高校生にもなって、頭を撫でられるなんて嫌だったよね」
玲がぼそぼそと何か言ったが、和彦には聞き取れなかった。首を傾げると、困ったように玲は笑った。
玲と出歩くのは、思いがけず楽しかった。
一応、護衛名目で、綾瀬の部下が同行してはいたが、会話が聞こえない程度に距離を空けて、店に入るときも外で待ってくれていた。これはどちらかというと、普段は護衛などついていないという玲に対する気遣いなのかもしれない。
服を買ったあと、すぐに車に戻るのも惜しくて、目的もなくあちこちの店を覗き、疲れるとコーヒーショップに入って少し休んだ。
半月以上前、やはり和彦はこんなふうに街中を歩いていたが、あのときは鷹津と一緒だった。いつ、総和会や長嶺組からの追手が現れるかと、気が気でなかったのだ。
そんな自分が今は高校生と一緒にいて、リラックスしているというのも、不思議な感覚だった。
ストローを口にしたままぼんやりしていた和彦だが、ふと視線に気づいた正面に向き直る。頬杖をついた玲が、じっとこちらを見ていた。黒々とした瞳の威力に、一回り以上年齢が離れている相手だということも関係なく、気圧されてしまう。
「……どうかした?」
「いえ、今俺が、同じことを聞こうとしてました。――どうかしましたか? なんだかちょっと、つらそうな顔しているように見えたから。もしかして、歩き疲れたとか……」
和彦は慌てて首を横に振る。
「違うんだ。ただちょっと、思い出したことがあって」
「つらいこと、ですか?」
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