血と束縛と

北川とも

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第36話

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「――長嶺組の艶聞は、小耳に挟んでいる。いや、総和会の艶聞と言うべきか」
 和彦が咄嗟に気にしたのは、まだ高校生の玲の反応だった。父親の長い話は聞き飽きたという様子で、不機嫌そうに唇をへの字に曲げており、今の龍造の言葉に興味をそそられた様子もない。
 こんな場に顔を出しておいて、自分の立場を隠し立てするつもりはないが、だからといって積極的に知らせるようなものではない。特に相手が、高校生の場合。
 どういうつもりかと、和彦が険しい眼差しを向けると、龍造が何か言いかける。そこに、トレーを持った綾瀬がやってきた。
「コーヒーを持ってきました」
 和彦は慌てて立ち上がる。
「すみませんっ。綾瀬さんに、そんなことをっ……」
「気にしないでくれ」
 部屋の微妙な空気を感じ取ったのか、綾瀬がわずかに頬の辺りを強張らせる。和彦は、各人の前にコーヒーカップを置きながら、さりげなく綾瀬と龍造に視線を向ける。
 この二人に遺恨はないのだろうかと、漠然と思った。賢吾から端的な説明を受けただけだが、簡単に割り切って御堂を共有していたとは考えにくいのだ。何かしらの執着があるからこそ、〈オンナ〉にしたはずだ。そこまでしなければ手元に置けない存在があると、和彦自身が証明している。
 綾瀬は表情らしい表情を見せないが、一方の龍造は、意味ありげに綾瀬を見ていた。息苦しくなりそうな沈黙が訪れたが、それは長くは続かなかった。
 清道会の組員らしい男が恭しい態度で部屋に入ってきて、龍造に声をかけた。会長が呼んでいるということで、龍造はコーヒーを一口だけ飲んで立ち上がった。
「玲、お前も来い。せっかくだから、紹介しておきたい。お前もこっちに来たら、何かのときに世話になるかもしれないからな」
「……俺、礼儀とかわかんないけど……」
「ガキのお前に、誰も立派な挨拶なんて期待してねーよ」
 龍造は軽く手を上げ、玲を伴って部屋を出て行く。それを綾瀬は、軽く一礼して見送った。和彦は、そんな男たちの姿を、少し離れた位置から眺める。
 部屋に二人きりとなると、綾瀬に手で示されたので、イスに座り直す。綾瀬も空いたイスに腰掛けた。
「伊勢崎さんと、いろいろ話せたか?」
 気をつかってくれたらしく、綾瀬から話題を振ってくれる。和彦は微苦笑を浮かべた。
「気さくに話しかけてくださる方だったので、助かりました」
「昔から、そうだ。偉ぶったところがなく、誰とも気さくに話して、取り込む。いわゆる、人タラシってやつだ。どこか子供っぽいところがあって、それがまた、人に好かれる。……合わない人間には、とことん合わない気質でもあるが」
 誰のことを指して言っているのか、あえて確認する必要もない。和彦は、ジャケットの胸ポケットに収めていた名刺を取り出した。さきほど伊勢崎からもらった名刺だ。
「伊勢崎さんがいる北辰連合会というのは、北の方にある組織なのですか?」
「もとは北陸を拠点にしていたんだが、東北にも手を伸ばして、今ではあの一帯では最大勢力だ。いくつかの組の寄せ集めで、それがくっついたり、離れたり、新しい組を取り込んで、潰し合って、そういうことを繰り返して、でかくなってきた。伊勢崎さんが元いた組――うちの会長と兄弟盃を交わした組長が率いていたところだが、連合会に参加する前に解散したんだ。だが伊勢崎さんが、残った組員たちを引き受けて、伊勢崎組を設立してから、連合会に参加した。今じゃ、トップである総裁に次ぐ地位にいる」
「顧問、ですか?」
「参加したそれぞれの組の組長格のうち、三人しか顧問には就けない。そのうちの一人が、あの人だ。顧問の地位の下に、役職付きが確か、三十人はいるはずだ。総和会の中にいるから漠然と想像はつくかもしれないが、北辰連合会も、なかなかでかい組織だ」
 玲の分の、口をつけていないコーヒーカップを手元に引き寄せ、綾瀬がぐびりと飲む。単にコーヒーが苦かったのか、何か思い当たったのか、顔をしかめた。
「そんな組織の幹部が、うちの会長のために、息子を連れて祝いの席に来てくれた。……ありがたい話だが、俺個人としては、あの人と顔を合わせるのは、正直複雑な心境だ」
 その理由について綾瀬は口にしなかったが、和彦なら想像がつくと考えたのだろう。ちらりと和彦の顔を見遣って、綾瀬が表情を和らげた。
「つまらないことを言って、君まで複雑な顔にさせてしまったな」
 和彦は小さく首を横に振った。

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