血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
859 / 1,267
第36話

(8)

しおりを挟む



 御堂の実家に幽霊など出ないとはっきりしたことは、ささやかながら和彦を安堵させた。心の底から存在を信じているわけではないが、得体の知れない人物が夜、建物の中をうろついていたというのは、気持ちがいいものではないのだ。
「――……つまり、昨夜、ぼくを助けてくれたのは、やっぱり君だったのか」
 和彦の言葉に、伊勢崎玲は微妙な表情となる。
「助けた、というのは大げさです。ただ部屋に連れて行って、水を飲ませただけですから」
「でも、君が見つけてくれなかったら、ぼくは廊下で朝まで寝ていたことになる」
 ここで短く笑い声を洩らしたのは、玲の父親である伊勢崎龍造りゅうぞうだ。さきほど名刺をもらったが、そこには、北辰ほくしん連合会顧問という肩書きとともに、伊勢崎組組長とも記してあった。
 これまでさまざまな組織の名を目にしてきた和彦だが、北辰連合会と伊勢崎組という組織に関する知識は、まったくなかった。おそらく総和会と直接関わりがある組織ではない。
「秋慈には心底迷惑そうな顔をされたが、お前をあの家に泊まらせておいてよかったな。立派な人助けができたじゃねーか、玲」
「……父さんが偉そうに言うなよ。御堂さんに迷惑かけたことは事実なんだから」
 目の前の伊勢崎父子のやり取りを、微笑ましさと困惑が入り混じった気持ちで眺める。
 とりあえず座って話そうということで、わざわざ少人数用の客室を用意してもらい、庭から場所を移動したのだが、なぜか和彦も同席している。遠慮しようとしたのだが、龍造の押しの強さに逆らえなかった。
「夜遅くになって御堂さんの家に押しかけて、連休の間、俺だけ泊まらせるよう無理を言ったあと、自分はさっさと飲みに行って。俺は申し訳なくて、朝早くに家を出たんだぞ」
「あー、だから今朝はいなかったのか……」
 今の玲の話からすると、もしかすると御堂は、和彦と玲が顔を合わせたことを知らなかったのかもしれない。だとしたら、夜更けの訪問客について、あえて和彦に説明しなかったのも理解できる。
 和彦が安定剤で眠り込んでいる間に、あの家ではちょっとした騒動が起こっていたのだなと思うと、少々申し訳ない気持ちになる。
「父と御堂さんは昔馴染みなのかもしれないけど、俺は昨夜が初対面だったんで。さすがに、朝メシまで食わせてもらうのは図々しいと思ったんです」
「そんなこと気にするような奴じゃねーよ、秋慈は。昔から、嫌というほど俺の無茶を呑み込んできたんだ――」
 そう言ったときの龍造の顔に、一瞬鋭い覇気が走る。息子を隣に座らせて話していると、いかにも父親らしい穏やかな雰囲気が漂うのだが、何かの拍子に極道としての地金が覗き見えて、そのたびに和彦はヒヤリとするような感覚を味わう。賢吾と知り合ったばかりの頃を思い出し、奇妙な懐かしさすら覚える。
 あの頃は、賢吾という男――というより極道という生き物がまったくわからなくて、会話を交わすことすら、地雷原を歩くような心境だったのだ。
 変なことを言って龍造の神経を逆撫でしたくないと、和彦は自分に言い聞かせる。何かあったとき、個人の問題ではなく、組織を巻き込んでしまう恐れがある。
「――……ぼくは、御堂さんと知り合ったのは最近で、こうして祝いの席に出席させていただいたのも、長嶺組の組長の名代としてなんです。勉強不足でお恥ずかしいですが、伊勢崎さんは、御堂さんとのご関係は長いのですか? それに、清道会さんとも」
「ご関係、なんて言われると、くすぐったい。まず説明するとしたら、俺と清道会の関係だな。俺が昔いた組の組長が、清道会会長と兄弟盃を交わしていて、その縁で、俺もずいぶん可愛がってもらっていたんだ。玲が生まれる数年前、地元でやんちゃが過ぎて居場所がなかった俺を、客分として預かってくれた恩人でもある。……いろいろと不義理をしちまって、今まで顔を出せなかったが、今日みたいな祝いの席に呼んでくれた。優しい方だというのもあるが、先を見据えて、俺に話したいことがあるのかもしれないな」
 龍造の説明を聞きながら、和彦はあることに気づいた。似たような話を、誰かから聞いた覚えがあるのだ。
「会長の家にもよく呼んでもらっていたが、そのとき、高校生だった秋慈と出会った」
 こう言ったとき、龍造は昔を懐かしむような目をして、口元に笑みを浮かべた。優しくはない。人を食らう笑みだ。こういう笑みを浮かべる男は、総じて危険な気質を持っている。
 寒気を感じた和彦は、反射的に背筋を伸ばす。動揺を押し隠しつつ、和彦は視線をテーブルへと伏せる。
 今やっと気づいた。龍造は、御堂を〈オンナ〉にしていた二人目の男だ。
 和彦の反応から察したらしく、龍造がいくぶん声を抑えてこう言った。

しおりを挟む
感想 79

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

処理中です...