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第36話
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しおりを挟む御堂の実家に幽霊など出ないとはっきりしたことは、ささやかながら和彦を安堵させた。心の底から存在を信じているわけではないが、得体の知れない人物が夜、建物の中をうろついていたというのは、気持ちがいいものではないのだ。
「――……つまり、昨夜、ぼくを助けてくれたのは、やっぱり君だったのか」
和彦の言葉に、伊勢崎玲は微妙な表情となる。
「助けた、というのは大げさです。ただ部屋に連れて行って、水を飲ませただけですから」
「でも、君が見つけてくれなかったら、ぼくは廊下で朝まで寝ていたことになる」
ここで短く笑い声を洩らしたのは、玲の父親である伊勢崎龍造だ。さきほど名刺をもらったが、そこには、北辰連合会顧問という肩書きとともに、伊勢崎組組長とも記してあった。
これまでさまざまな組織の名を目にしてきた和彦だが、北辰連合会と伊勢崎組という組織に関する知識は、まったくなかった。おそらく総和会と直接関わりがある組織ではない。
「秋慈には心底迷惑そうな顔をされたが、お前をあの家に泊まらせておいてよかったな。立派な人助けができたじゃねーか、玲」
「……父さんが偉そうに言うなよ。御堂さんに迷惑かけたことは事実なんだから」
目の前の伊勢崎父子のやり取りを、微笑ましさと困惑が入り混じった気持ちで眺める。
とりあえず座って話そうということで、わざわざ少人数用の客室を用意してもらい、庭から場所を移動したのだが、なぜか和彦も同席している。遠慮しようとしたのだが、龍造の押しの強さに逆らえなかった。
「夜遅くになって御堂さんの家に押しかけて、連休の間、俺だけ泊まらせるよう無理を言ったあと、自分はさっさと飲みに行って。俺は申し訳なくて、朝早くに家を出たんだぞ」
「あー、だから今朝はいなかったのか……」
今の玲の話からすると、もしかすると御堂は、和彦と玲が顔を合わせたことを知らなかったのかもしれない。だとしたら、夜更けの訪問客について、あえて和彦に説明しなかったのも理解できる。
和彦が安定剤で眠り込んでいる間に、あの家ではちょっとした騒動が起こっていたのだなと思うと、少々申し訳ない気持ちになる。
「父と御堂さんは昔馴染みなのかもしれないけど、俺は昨夜が初対面だったんで。さすがに、朝メシまで食わせてもらうのは図々しいと思ったんです」
「そんなこと気にするような奴じゃねーよ、秋慈は。昔から、嫌というほど俺の無茶を呑み込んできたんだ――」
そう言ったときの龍造の顔に、一瞬鋭い覇気が走る。息子を隣に座らせて話していると、いかにも父親らしい穏やかな雰囲気が漂うのだが、何かの拍子に極道としての地金が覗き見えて、そのたびに和彦はヒヤリとするような感覚を味わう。賢吾と知り合ったばかりの頃を思い出し、奇妙な懐かしさすら覚える。
あの頃は、賢吾という男――というより極道という生き物がまったくわからなくて、会話を交わすことすら、地雷原を歩くような心境だったのだ。
変なことを言って龍造の神経を逆撫でしたくないと、和彦は自分に言い聞かせる。何かあったとき、個人の問題ではなく、組織を巻き込んでしまう恐れがある。
「――……ぼくは、御堂さんと知り合ったのは最近で、こうして祝いの席に出席させていただいたのも、長嶺組の組長の名代としてなんです。勉強不足でお恥ずかしいですが、伊勢崎さんは、御堂さんとのご関係は長いのですか? それに、清道会さんとも」
「ご関係、なんて言われると、くすぐったい。まず説明するとしたら、俺と清道会の関係だな。俺が昔いた組の組長が、清道会会長と兄弟盃を交わしていて、その縁で、俺もずいぶん可愛がってもらっていたんだ。玲が生まれる数年前、地元でやんちゃが過ぎて居場所がなかった俺を、客分として預かってくれた恩人でもある。……いろいろと不義理をしちまって、今まで顔を出せなかったが、今日みたいな祝いの席に呼んでくれた。優しい方だというのもあるが、先を見据えて、俺に話したいことがあるのかもしれないな」
龍造の説明を聞きながら、和彦はあることに気づいた。似たような話を、誰かから聞いた覚えがあるのだ。
「会長の家にもよく呼んでもらっていたが、そのとき、高校生だった秋慈と出会った」
こう言ったとき、龍造は昔を懐かしむような目をして、口元に笑みを浮かべた。優しくはない。人を食らう笑みだ。こういう笑みを浮かべる男は、総じて危険な気質を持っている。
寒気を感じた和彦は、反射的に背筋を伸ばす。動揺を押し隠しつつ、和彦は視線をテーブルへと伏せる。
今やっと気づいた。龍造は、御堂を〈オンナ〉にしていた二人目の男だ。
和彦の反応から察したらしく、龍造がいくぶん声を抑えてこう言った。
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