858 / 1,268
第36話
(7)
しおりを挟む
綾瀬が『伊勢崎』と呼んだ男は、朗らかな様子で話す。ただし、両目に宿る鋭さと力強さは異様で、体内に満ちた力が迸り出ているようだ。綾瀬に比べて体格は標準的ではあるが、放つ気迫は互角――というより、男が上回っているかもしれない。
綾瀬と肩を並べて立っていた和彦は、意識しないまま半歩後ずさる。立ち入ってはいけない空気を二人から感じたせいだが、目敏く気づいた男――伊勢崎がこちらを見て、とんでもないことを言った。
「――ずいぶん毛色の変わった別嬪を連れてるが、綾瀬、お前の〈オンナ〉か?」
「滅相もない。ただ、大事な客人です。清道会にとっても、俺にとっても、……秋慈にとっても」
じっと見つめてくる伊勢崎の眼差しは、明らかに和彦を値踏みしていた。自分のすべてを見透かされてしまいそうな危惧を抱き、和彦は早口に名乗ったあと、こう告げた。
「お二人で話したいこともあるでしょうから、ぼくは庭のほうを見てきます」
頭を下げ、逃げるようにしてその場を離れる。単なる方便だったのだが、二人がまだ自分を見ていると知り、やむなく庭へと出る。
建物同様、見事な日本庭園だった。植えられた木々の枝はよく手入れされており、鮮やかな緑の葉をつけている。紅葉の時季にはまだ早いようだ。
水音が耳に届き、池があるのだと知った和彦は誘われるように歩き出す。庭に出ている客は自分ぐらいかと思ったが、小さな池のほとりに立つ人の姿があった。
所在なく立っている様子に、建物の中は居心地が悪かったのかなと想像してしまう。それは和彦も同じで、こんなところで仲間を見つけたと、唇を緩めたとき、こちらの気配に気づいたようにその人物が振り返った。
「えっ」
和彦は声を洩らす。御堂の家で、夜中、自分に水を飲ませてくれた青年だった。今は、いかにも着慣れていないスーツ姿ではあるが、スッと伸びた背筋からうなじのラインにも、記憶を刺激される。間違いなかった。
「どうして、君がここに――」
青年の側まで歩み寄り、声をかける。間近で見て改めて、やはり若いなと思う。そして、前にもどこかで会ったことがあるとも。
青年が口を開きかけたとき、突然、声が上がった。
「おい、玲、こっちに来い」
その声に反応して、青年が面倒臭そうに唇をへの字に曲げる。
「……でかい声出すなよ、恥ずかしいな」
ぼそりと小声で応じて青年が歩き出したので、なんとなく和彦もついて行く。向かった先に待っていたのは、綾瀬と伊勢崎だった。
伊勢崎は、乱暴に青年の肩を抱き寄せると、綾瀬と和彦に向けてこう言った。
「俺の息子の、玲だ」
和彦以上に驚いた表情を見せて、綾瀬が呟く。
「もう、こんなに大きくなったんですか……」
「今、高校三年だ。誰に似たんだか、愛想がなくて生意気でな。だが、俺と違って頭がいい。こいつの母親がいい大学を出ていたから、そっちの血だろう」
和彦はただ混乱していた。御堂の家で会った青年とここでまた会ったこともだが、そもそも肝心なことがわからない。
綾瀬が敬語で話しかけ、〈オンナ〉のことを気安く口にする伊勢崎という男は、一体何者なのかということだ。
綾瀬と肩を並べて立っていた和彦は、意識しないまま半歩後ずさる。立ち入ってはいけない空気を二人から感じたせいだが、目敏く気づいた男――伊勢崎がこちらを見て、とんでもないことを言った。
「――ずいぶん毛色の変わった別嬪を連れてるが、綾瀬、お前の〈オンナ〉か?」
「滅相もない。ただ、大事な客人です。清道会にとっても、俺にとっても、……秋慈にとっても」
じっと見つめてくる伊勢崎の眼差しは、明らかに和彦を値踏みしていた。自分のすべてを見透かされてしまいそうな危惧を抱き、和彦は早口に名乗ったあと、こう告げた。
「お二人で話したいこともあるでしょうから、ぼくは庭のほうを見てきます」
頭を下げ、逃げるようにしてその場を離れる。単なる方便だったのだが、二人がまだ自分を見ていると知り、やむなく庭へと出る。
建物同様、見事な日本庭園だった。植えられた木々の枝はよく手入れされており、鮮やかな緑の葉をつけている。紅葉の時季にはまだ早いようだ。
水音が耳に届き、池があるのだと知った和彦は誘われるように歩き出す。庭に出ている客は自分ぐらいかと思ったが、小さな池のほとりに立つ人の姿があった。
所在なく立っている様子に、建物の中は居心地が悪かったのかなと想像してしまう。それは和彦も同じで、こんなところで仲間を見つけたと、唇を緩めたとき、こちらの気配に気づいたようにその人物が振り返った。
「えっ」
和彦は声を洩らす。御堂の家で、夜中、自分に水を飲ませてくれた青年だった。今は、いかにも着慣れていないスーツ姿ではあるが、スッと伸びた背筋からうなじのラインにも、記憶を刺激される。間違いなかった。
「どうして、君がここに――」
青年の側まで歩み寄り、声をかける。間近で見て改めて、やはり若いなと思う。そして、前にもどこかで会ったことがあるとも。
青年が口を開きかけたとき、突然、声が上がった。
「おい、玲、こっちに来い」
その声に反応して、青年が面倒臭そうに唇をへの字に曲げる。
「……でかい声出すなよ、恥ずかしいな」
ぼそりと小声で応じて青年が歩き出したので、なんとなく和彦もついて行く。向かった先に待っていたのは、綾瀬と伊勢崎だった。
伊勢崎は、乱暴に青年の肩を抱き寄せると、綾瀬と和彦に向けてこう言った。
「俺の息子の、玲だ」
和彦以上に驚いた表情を見せて、綾瀬が呟く。
「もう、こんなに大きくなったんですか……」
「今、高校三年だ。誰に似たんだか、愛想がなくて生意気でな。だが、俺と違って頭がいい。こいつの母親がいい大学を出ていたから、そっちの血だろう」
和彦はただ混乱していた。御堂の家で会った青年とここでまた会ったこともだが、そもそも肝心なことがわからない。
綾瀬が敬語で話しかけ、〈オンナ〉のことを気安く口にする伊勢崎という男は、一体何者なのかということだ。
24
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる