血と束縛と

北川とも

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第36話

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 綾瀬が『伊勢崎』と呼んだ男は、朗らかな様子で話す。ただし、両目に宿る鋭さと力強さは異様で、体内に満ちた力が迸り出ているようだ。綾瀬に比べて体格は標準的ではあるが、放つ気迫は互角――というより、男が上回っているかもしれない。
 綾瀬と肩を並べて立っていた和彦は、意識しないまま半歩後ずさる。立ち入ってはいけない空気を二人から感じたせいだが、目敏く気づいた男――伊勢崎がこちらを見て、とんでもないことを言った。
「――ずいぶん毛色の変わった別嬪を連れてるが、綾瀬、お前の〈オンナ〉か?」
「滅相もない。ただ、大事な客人です。清道会にとっても、俺にとっても、……秋慈にとっても」
 じっと見つめてくる伊勢崎の眼差しは、明らかに和彦を値踏みしていた。自分のすべてを見透かされてしまいそうな危惧を抱き、和彦は早口に名乗ったあと、こう告げた。
「お二人で話したいこともあるでしょうから、ぼくは庭のほうを見てきます」
 頭を下げ、逃げるようにしてその場を離れる。単なる方便だったのだが、二人がまだ自分を見ていると知り、やむなく庭へと出る。
 建物同様、見事な日本庭園だった。植えられた木々の枝はよく手入れされており、鮮やかな緑の葉をつけている。紅葉の時季にはまだ早いようだ。
 水音が耳に届き、池があるのだと知った和彦は誘われるように歩き出す。庭に出ている客は自分ぐらいかと思ったが、小さな池のほとりに立つ人の姿があった。
 所在なく立っている様子に、建物の中は居心地が悪かったのかなと想像してしまう。それは和彦も同じで、こんなところで仲間を見つけたと、唇を緩めたとき、こちらの気配に気づいたようにその人物が振り返った。
「えっ」
 和彦は声を洩らす。御堂の家で、夜中、自分に水を飲ませてくれた青年だった。今は、いかにも着慣れていないスーツ姿ではあるが、スッと伸びた背筋からうなじのラインにも、記憶を刺激される。間違いなかった。
「どうして、君がここに――」
 青年の側まで歩み寄り、声をかける。間近で見て改めて、やはり若いなと思う。そして、前にもどこかで会ったことがあるとも。
 青年が口を開きかけたとき、突然、声が上がった。
「おい、れい、こっちに来い」
 その声に反応して、青年が面倒臭そうに唇をへの字に曲げる。
「……でかい声出すなよ、恥ずかしいな」
 ぼそりと小声で応じて青年が歩き出したので、なんとなく和彦もついて行く。向かった先に待っていたのは、綾瀬と伊勢崎だった。
 伊勢崎は、乱暴に青年の肩を抱き寄せると、綾瀬と和彦に向けてこう言った。
「俺の息子の、玲だ」
 和彦以上に驚いた表情を見せて、綾瀬が呟く。
「もう、こんなに大きくなったんですか……」
「今、高校三年だ。誰に似たんだか、愛想がなくて生意気でな。だが、俺と違って頭がいい。こいつの母親がいい大学を出ていたから、そっちの血だろう」
 和彦はただ混乱していた。御堂の家で会った青年とここでまた会ったこともだが、そもそも肝心なことがわからない。
 綾瀬が敬語で話しかけ、〈オンナ〉のことを気安く口にする伊勢崎という男は、一体何者なのかということだ。

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