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第36話
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「ここは、わたしの実家なんだ」
よく磨かれた廊下を歩きながら、御堂が切り出す。やはり足音を立てずに歩くのだなと、変なところに感心していた和彦は、数瞬の間を置いて目を丸くする。
御堂の寛いだ服装や、自分たち以外に人の気配が感じられないことから、何かある家だとは思っていたが、御堂の実家だというのは予想外だった。
「ご覧のとおり、広さだけが取り得の古い家なんだが、家族はいないから、遠慮はいらない。ホテルか旅館を取ろうかとも思ったんだが、清道会に予約を任せると、同じ建物内に、招待されたあちこちの組の関係者がうろつく事態になりかねない。わたしとしても、人目を気にせず、君とゆっくり話したかったんだ」
「お気遣いはありがたいですけど、本当に、いいんですか? 長年つき合いがあるとか、親しい友人というならともかく、ぼくは御堂さんと知り合ったばかりなのに、連休の間、滞在させてもらうなんて……」
「賢吾の大事な人というだけで、十分信頼に値する。それに、わたしとしては、君ともう友人のつもりだったんだが」
肩越しに振り返った御堂から悪戯っぽく笑いかけられる。それで和彦は、いくぶん肩から力を抜くことができた。
案内されたのは、広々としたきれいな和室だった。
「この部屋を使ってくれ。もし使い勝手が悪いようなら、他にいくらでも部屋はあるから、遠慮なく移ってくれていいから」
「いえ、そんな……」
もごもごと口ごもった和彦だが、一旦部屋に荷物を置き、案内を続ける御堂について歩きながら、思いきって尋ねてみた。
「御堂さんは、ここで一人で生活されているんですか? ホテルを転々としているとおっしゃっていたような……」
「いや、今は別に部屋を借りて、そこで寝起きしている。ここは、総和会総本部にしても本部にしても、通うには遠い。清道会の事務所の一つが近くにあって、万が一にも何かあったときは駆けつけてくれるから、君を泊める間は、その点ではありがたいんだが……、まあ、はっきり言って、持て余している家だよ。実家ではあるけど、親もいないし、継いでくれる身内もいないし」
普段の管理は清道会に頼んでおり、御堂自身はごくたまに覗きにくるだけなのだと聞いて、和彦は嫌でも、自分の実家へと思いを巡らせる。実家はきっと英俊が継ぐことになり、和彦が気にかける必要はないだろう。それどころか英俊は、和彦を実家から遠ざけたがるかもしれない。
年齢差や、家族との関係の違いもあり、御堂とは実家に対する想いはきっと比較はできないだろうなと、自虐的に和彦は考えていた。
「仕事に復帰したことだし、いい機会だから、ここは処分しようかと思っている。君を泊めるのは、処分前のささやかな思い出作りのようなものだよ。一人で泊まるには、ここはあまりに広すぎる」
御堂の言葉にハッとする。
「処分、ですか?」
「清道会の組長が買い取ると言ってくれてね。会長から何か言ってくれたんだろう。わたしも、隊を立て直すのにいろいろと入り用だから、ありがたい話だよ」
「……隊を持つって、大変なんですね」
口にして、なんとも凡庸な感想だなと反省した和彦に、御堂は笑いながら頷いた。
「そう、大変なんだ。自分でもどうして足を洗わなかったのか、不思議だ。だけど、いざ復帰してみると、ここにしか自分の居場所はないと思える。因果なものだよ、極道って生き物は」
和彦は、横目でちらりと御堂をうかがう。この人は、賢吾たちと同じ極道であるが、同時に、オンナという生き物でもあるのだと、唐突に思い出していた。かつて見た御堂の艶かしい姿が脳裏に蘇りそうになり、慌てて頭から追い払う。
御堂に広い家の主な部屋をだいたい案内してもらってから、最初に通された部屋へと戻る。置かれた座布団に腰を下ろすと、明日の予定について打ち合わせを行う。
御堂の説明では、清道会会長の傘寿を祝うために、身内だけではなく、昵懇にしている組織などからも人が集まるのだという。
賢吾の名代として送り出されたわりに、詳細をまったくといっていいほど教えられていない和彦は、顔を強張らせながら、心の中では賢吾を責めてもいた。話を聞く限り、やはりどうしても思い出すのは、かつて出席した、総和会の花見会の席でのことだ。あのとき味わった緊張感は、思い出すだけで胃が絞めつけられる。
めでたい席だからこそ、やはり自分などが顔を出していいのだろうかと戸惑う和彦に、御堂は何度も、気楽な集まりだからと繰り返した。実際、御堂たちにとってはそうなのかもしれないが――。
和彦は困惑の表情を浮かべ続けていたが、御堂には別のものに見えたらしく、今夜はもう難しい話はやめておこうと言ってから、風呂を勧めてくれた。
よく磨かれた廊下を歩きながら、御堂が切り出す。やはり足音を立てずに歩くのだなと、変なところに感心していた和彦は、数瞬の間を置いて目を丸くする。
御堂の寛いだ服装や、自分たち以外に人の気配が感じられないことから、何かある家だとは思っていたが、御堂の実家だというのは予想外だった。
「ご覧のとおり、広さだけが取り得の古い家なんだが、家族はいないから、遠慮はいらない。ホテルか旅館を取ろうかとも思ったんだが、清道会に予約を任せると、同じ建物内に、招待されたあちこちの組の関係者がうろつく事態になりかねない。わたしとしても、人目を気にせず、君とゆっくり話したかったんだ」
「お気遣いはありがたいですけど、本当に、いいんですか? 長年つき合いがあるとか、親しい友人というならともかく、ぼくは御堂さんと知り合ったばかりなのに、連休の間、滞在させてもらうなんて……」
「賢吾の大事な人というだけで、十分信頼に値する。それに、わたしとしては、君ともう友人のつもりだったんだが」
肩越しに振り返った御堂から悪戯っぽく笑いかけられる。それで和彦は、いくぶん肩から力を抜くことができた。
案内されたのは、広々としたきれいな和室だった。
「この部屋を使ってくれ。もし使い勝手が悪いようなら、他にいくらでも部屋はあるから、遠慮なく移ってくれていいから」
「いえ、そんな……」
もごもごと口ごもった和彦だが、一旦部屋に荷物を置き、案内を続ける御堂について歩きながら、思いきって尋ねてみた。
「御堂さんは、ここで一人で生活されているんですか? ホテルを転々としているとおっしゃっていたような……」
「いや、今は別に部屋を借りて、そこで寝起きしている。ここは、総和会総本部にしても本部にしても、通うには遠い。清道会の事務所の一つが近くにあって、万が一にも何かあったときは駆けつけてくれるから、君を泊める間は、その点ではありがたいんだが……、まあ、はっきり言って、持て余している家だよ。実家ではあるけど、親もいないし、継いでくれる身内もいないし」
普段の管理は清道会に頼んでおり、御堂自身はごくたまに覗きにくるだけなのだと聞いて、和彦は嫌でも、自分の実家へと思いを巡らせる。実家はきっと英俊が継ぐことになり、和彦が気にかける必要はないだろう。それどころか英俊は、和彦を実家から遠ざけたがるかもしれない。
年齢差や、家族との関係の違いもあり、御堂とは実家に対する想いはきっと比較はできないだろうなと、自虐的に和彦は考えていた。
「仕事に復帰したことだし、いい機会だから、ここは処分しようかと思っている。君を泊めるのは、処分前のささやかな思い出作りのようなものだよ。一人で泊まるには、ここはあまりに広すぎる」
御堂の言葉にハッとする。
「処分、ですか?」
「清道会の組長が買い取ると言ってくれてね。会長から何か言ってくれたんだろう。わたしも、隊を立て直すのにいろいろと入り用だから、ありがたい話だよ」
「……隊を持つって、大変なんですね」
口にして、なんとも凡庸な感想だなと反省した和彦に、御堂は笑いながら頷いた。
「そう、大変なんだ。自分でもどうして足を洗わなかったのか、不思議だ。だけど、いざ復帰してみると、ここにしか自分の居場所はないと思える。因果なものだよ、極道って生き物は」
和彦は、横目でちらりと御堂をうかがう。この人は、賢吾たちと同じ極道であるが、同時に、オンナという生き物でもあるのだと、唐突に思い出していた。かつて見た御堂の艶かしい姿が脳裏に蘇りそうになり、慌てて頭から追い払う。
御堂に広い家の主な部屋をだいたい案内してもらってから、最初に通された部屋へと戻る。置かれた座布団に腰を下ろすと、明日の予定について打ち合わせを行う。
御堂の説明では、清道会会長の傘寿を祝うために、身内だけではなく、昵懇にしている組織などからも人が集まるのだという。
賢吾の名代として送り出されたわりに、詳細をまったくといっていいほど教えられていない和彦は、顔を強張らせながら、心の中では賢吾を責めてもいた。話を聞く限り、やはりどうしても思い出すのは、かつて出席した、総和会の花見会の席でのことだ。あのとき味わった緊張感は、思い出すだけで胃が絞めつけられる。
めでたい席だからこそ、やはり自分などが顔を出していいのだろうかと戸惑う和彦に、御堂は何度も、気楽な集まりだからと繰り返した。実際、御堂たちにとってはそうなのかもしれないが――。
和彦は困惑の表情を浮かべ続けていたが、御堂には別のものに見えたらしく、今夜はもう難しい話はやめておこうと言ってから、風呂を勧めてくれた。
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