血と束縛と

北川とも

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第35話

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「心配をかけて悪かった……」
「ああ、心配した。だからといって俺が構えば、先生は頑なになるだろうと思ってな。オヤジがしゃしゃり出てくると、なおさらだ。俺は自分のオヤジが、あんなに心配性だったとはいままで知らなかった」
 賢吾の口ぶりからして、守光とのやり取りで苦労していることがうかがえる。
 何を切り出されるのかと身構える和彦を、賢吾がじっと見つめてくる。和彦が半月以上かけて精神の安定を図っている間、大蛇の化身のような男も何か思うところがあったのか、佇まいは非常に静かだった。
「今日は、鷹津の件で先生を呼んだわけじゃない。あいつはいまだ、行方不明だ。完璧に、姿を隠した。第二遊撃隊が、地面に鼻先を擦りつける勢いで痕跡を追っているようだが、鷹津のほうが上手だろうな」
「……そうか」
 乾いた声で和彦は応じる。動揺を読み取られまいとしてのことだが、賢吾は唇の端にちらりと笑みらしきものを浮かべて、すぐに本題を切り出した。
「先生、明後日からの連休の予定はあるのか?」
 いきなり何を言い出すのかと、和彦は眉をひそめる。和彦の生活を管理しているのは、目の前の男なのだ。
「別に、何も……。部屋にこもって過ごすつもりだった」
「だろうな。そうだと思って、どこかに連れ出してやろうと考えていたんだが――」
「なんだ?」
「オヤジが、総和会の行事で先生を呼びたいと言っていた」
 和彦は顔を強張らせたまま、何も言えない。守光の目的が即座に理解できたからだ。当然、賢吾もわかっている。
「まあ、理由をつけて、先生を本部に呼び戻したいんだろう。鷹津に連れ去られた件では、先生に責はないとは言っても、総和会として聞きたいこともあるだろうしな。そういうわけで、先生に伺いを立ててくれと言われた」
 和彦としては、本部に顔を出せる心理状態ではなかった。一方で、このままではいけないこともわかっている。
 和彦が黙り込んでしまうと、笑いを含んだ声で賢吾が続けた。
「さて、俺のもとに実はもう一人、先生の連休中の予定を尋ねてきた人間がいる。ここのところ立て続けに起きた騒動で、先生が塞ぎ込んでいると知って、気分転換に誘いたいそうだ。泊まりで」
「一体誰が……」
「――秋慈だ」
 思いがけない名が出て、和彦は呆気に取られる。
「秋慈は秋慈で事情があってな。清道会絡みの、あくまで身内の集まりに呼ばれたから、第一遊撃隊の連中を引き連れていっては少々物騒だ。総和会会長の目もあるからな。どんな揚げ足を取られるかわかったもんじゃないと考えたんだろう。その点先生なら、権力の誇示にはならない。それどころか融和の象徴だ。関わるどの組織も人間も、皆が、傷一つつけまいと、先生を守る。それと、これはうちの組の事情だが、実は俺は、その清道会の集まりに招待を受けている。紹介したい人間がいるからと」
「だったら、あんたも一緒に?」
「いや、秋慈からの情報だが、その紹介したい人間というのが、厄介でな。だからといって、長いつき合いのある清道会の招待を無碍にもできない」
 だから――、と言葉を切り、賢吾が意味ありげに目を眇める。それで、言いたいことは理解した。和彦が出向くことで、賢吾は名代を立てたことにもなるのだ。しかもその和彦は長嶺組の組員ではないため、総和会の目を恐れることもない。理屈では。
「オヤジにも秋慈にも、返事は待ってもらっている。選択肢は、二つに一つだ。先生は、どうしたい?」
 部屋で一人で過ごすことは許さないと、言外に告げられたようなものだ。
「……行かないと、ダメなのか……」
「一人で感傷に浸る時間はたっぷりやったつもりだ。次は、話を聞いてもらったらどうだ。できれば、先生が抱え込んだものに共感してもらえるような奴に」
「それって――」
 和彦はまじまじと賢吾を見つめる。賢吾が誰を指しているのかは明らかだった。
 本宅を訪ねると、鷹津の件で責められるとばかり思っていたが、どうやら違ったようだ。少なくともまだ今は、和彦の気持ちを解きほぐすのが先だと考えているのだ。
 和彦が結論を口にすると、賢吾はすぐに携帯電話を取り出し、〈誰か〉に連絡を取り始めた。

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