血と束縛と

北川とも

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第35話

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 和彦は答えず、千尋の髪を撫で続ける。千尋にしても追及してくるわけではなく、何事もなかったように和彦の胸元に甘えてくる。
 何度も唇を押し当て、舌を這わせたあと、肌を強く吸い上げた。千尋は、自分がつけた鬱血の跡を食い入るように見つめたあと、同じ行為を繰り返す。まるで、和彦が自分のものであると確認しているような行為だった。
 これが今の千尋にできる精一杯の所有欲の表し方なのだと思うと、ずっと強張っていた心を、羽毛のような柔らかな感触でくすぐられた気がした。
 自分は度し難いほど欲深い人間だと、和彦は強く実感する。男たちから求められることに対して、底なしに貪欲だ。
 一緒に逃げるかとまで言った鷹津が、警察を辞めたうえに消息不明となり、そこに俊哉の接触も重なって呆然とし、怯えてもいながら、千尋から求められることで、拠り所を得たような気持ちになるのだ。
 現金なものだと自嘲しながらも、心の中に閉じ込めていた情愛がトロリと溢れ出してくる。
 そんな自分を恥じた和彦は、千尋の肩を押し退けようとしたが、ムキになったように肌に吸い付かれる。
「千尋っ……」
「ダメだよ。先生は、俺のオンナなんだから、俺が求めるんなら、応えてくれないと。それに――」
 千尋の舌先が、尖りを見せ始めた胸の突起をチロチロとくすぐってくる。微かに生まれた疼きに、和彦は息を詰めた。
「先生も嫌がってない」
「……突き飛ばす元気がないんだ」
「いいよ、俺が元気にしてあげる」
 自惚れるなと、力ない声で呟いた和彦は、千尋を突き飛ばす代わりに、手荒に髪を掻き乱してやる。子供っぽい仕種で首を竦めた千尋が、次の瞬間には鋭い表情を浮かべ、上目遣いに和彦の反応をうかがいながら、再び胸の突起に吸い付いてきた。
「あっ……」
 凝った突起を執拗に舌先で弄ってから、そっと歯を立ててくる。もう片方の突起は指先で擦り、摘まみ、抓り上げてきた。かと思えば、幼子のように一心に吸い上げ、和彦は痛みに声を上げるが、それでも千尋は離れない。
 ビクビクと胸元を震わせ、押し退けようとして千尋の肩に手を置いたものの、必死になっている様子を間近で見て、強張った息を吐き出す。千尋の背を優しく撫でさすってやった。
「お前は、ぼくのツボを心得てるよ……」
 苦笑交じりに和彦が呟くと、千尋がやっと突起から唇を離す。
「それはまあ、先生とは通じ合ってるからね」
「そうなのか?」
 和彦の問いかけに、千尋は笑いもせず、両目に強い光を宿して上目遣いに見つめてくる。隠し事をしている後ろめたさのため、怯んだ和彦は顔を背けた。めげない千尋は胸と胸を合わせるようにして、ぴったりと身を寄せてくる。
 相手が小さな子供なら、よしよしと抱き締めてやるところだが、実際は、千尋は大きな体の青年で、和彦はクッションとしなやかな筋肉の壁に挟まれる形となる。顔をしかめつつ横目でうかがうと、すぐ側に千尋の顔がある。和彦が相手をしてくれるのを、ひたすら待っているのだ。
 他の男たちが、いわゆる大人の配慮で和彦を見守っている中、千尋だけは別だ。これが自分のやり方だといわんばかりに、和彦の視界に入り、懐に潜り込んでくる。
 さきほど自分が言った言葉ではないが、よく和彦のツボを心得ていた。
「――……お前に見つめられすぎて、穴が開きそうだ……」
 そう洩らした和彦は、正面から千尋を見つめ返す。千尋は、今度は額と額を合わせてきた。
「それができるなら、先生の心に穴を開けたい。中に、秘密が詰まってるんだろ。俺にも、オヤジにも言えない秘密が。それと、これまでいろんな男に抱いてきた、好きって気持ちとか」
「ああ、そんなもので、ぼくの中はいっぱいだ。……嫌いになるか? それとも、軽蔑する――」
「すげー、ゾクゾクする。いつかは、そんな先生の中を、俺のことだけでいっぱいにするんだと思ったらさ」
「……何げに自信家だよな、お前」
「長嶺の男だから」
 これは冗談として笑っていいのだろうかと逡巡しているうちに、千尋の息遣いが唇にかかる。我慢しきれなくなったのか、強引に唇を塞がれた。痛いほどきつく唇を吸われてから、口腔に舌が押し入ってくる。和彦は宥めるように優しく吸い上げ、舌先を擦りつけ合う。
 しかし、千尋は興奮を煽られたように、和彦の体を強くクッションに押し付け、のしかかってこようとしてくる。堪らず口づけの合間に訴えていた。
「がっつくなっ。ぼくは逃げないからっ」
「でも、誰かに連れ去られるかもしれないじゃん」
 咄嗟に返事ができなかったことで、完全に千尋に火がついた。和彦の足の上からやっと退いたかと思うと、次の瞬間にはその和彦の足を掴んで引っ張ったのだ。
「うわっ」

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