血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
844 / 1,268
第35話

(21)

しおりを挟む



 三田村が電話を一本かけると、三十分もしないうちに長嶺組の組員たちが部屋にやってきた。
 総和会の人間が一人もいなかったことにわずかに疑問は感じたが、和彦はあれこれと質問できる気力もなく部屋を出て、外に待機していた車に乗り込んだ。
 その間、和彦は一切口を開かなかった。問いかけに対して、頭を微かに動かす程度だったが、よほど疲れきっているように見えたらしく、組員たちから向けられる眼差しは、ひどく痛ましげだった。
 和彦を見つけたことで役目は終わりということか、本宅に着いたとき、三田村の姿はなかった。そのことを寂しいと思う余裕は和彦にはなく、組員に促されるまま中に入る。
 賢吾はまだ戻ってきていないということで、まっすぐ客間へと案内された。甲斐甲斐しく、何かしてほしいことはないかと聞かれたが、和彦は首を横に振り、とにかく一人にしてもらう。
 人目がなくなって改めて、鷹津が警察を辞めていたという事実を噛み締めていた。
 和彦の中で鷹津という男を表す要素の中に、〈悪徳刑事〉というものがある。ヤクザすら脅して利益を享受していたようなどうしようもない男で、和彦も、下卑た物言いや下劣な人間性が嫌いで堪らなかった。それなのに気がつけば、番犬としての鷹津を受け入れ、挙げ句、オンナになるとまで口走っていた。
 流されたと言い訳をするつもりはない。情を交わし続けていくうちに、鷹津は和彦にとって、特別な男になっていたのだ。
 だから今、こうして打ちのめされている。鷹津の決断したことに。
 警察官という職を失った鷹津は、まるで引き換えのように俊哉と手を組み、武器を手に入れた。やろうと思えば、和彦と長嶺組――長嶺の男たちとの繋がりすらも断ち切ることができる、恐ろしい武器だ。
「本当に、バカだ……。選ぶものを、間違っている」
 小さく呟いた和彦は、ふと部屋の隅に視線をやる。着替えが入った紙袋を、組員はきちんと持ってきてくれたのだ。ここで自分の格好を眺める。長嶺の本宅にいて、鷹津が買ってくれた服のままなのは、ひどい背徳行為のように感じられた。
 着替えようと一度は立ち上がった和彦だが、脱力感がひどくて、派手な音を立てて畳の上に座り込む。すると、部屋の外に組員が待機していたらしく、すかさず声をかけられた。
「先生、大丈夫ですか?」
「……ああ。着替えようとして、つまずいただけだ」
 結局、再び客間に入ってきた組員に手伝ってもらい、楽な服に着替える。脱いだばかりの服と、紙袋に入った服は、クリーニングに出すということで抱えて持っていかれた。
 足音が遠ざかったのを確認してから、和彦は畳の上に仰向けで寝転がる。
 しばらくそうしていると、抑えた足音が部屋に近づいてくる。和彦の脳裏に浮かんだイメージは、静かに獲物に忍び寄る大蛇の姿だった。
「――そんなところに転がっていないで、休むなら布団を敷いてもらえ」
 和彦が見上げた先で、賢吾が無表情で立っていた。外から戻ってきたばかりらしく、スーツ姿だ。
 向けられる眼差しの冷ややかさに内心でゾッとしながら、和彦は起き上がろうとする。当然のように手を差し出されたが、気がつかないふりをした。
 賢吾は畳の上に胡坐をかくと、和彦を気遣う言葉をかけるでもなく、すぐに用件を切り出した。
「鷹津は何か言っていたか?」
「何か、って……」
「俺の大事で可愛いオンナをさらって、一日行方をくらました理由だ」
 和彦は力なく首を横に振る。
「様子はおかしいとは思ったが、何も……。警察を辞めたことも、部屋を引き払ったことも、そんなこと、一言も言ってなかった」
 ふいに、初めて聞いた鷹津の趣味の話を思い出す。一気に込み上げてくるものがあり、賢吾の前では感情を抑えるつもりだったというのに、視界が涙でぼやけた。慌てて手の甲で拭うと、眼差し同様、冷ややかな声で賢吾に言われる。
「俺の前で、他の男を想って泣くな」
「……そんなんじゃ、ない……」
 一時的な感情の高ぶりが落ち着くまで、和彦は深呼吸を繰り返し、何度も目を擦る。我ながら子供のようだと思っていると、突然手首を掴まれる。驚いた顔を上げると、賢吾が苦い表情をしていた。
「そんなに感情的なお前の姿は、初めて見たかもしれない。……脅すためにお前を拉致したときも、反対に、三田村のことで俺を脅してきたときも、お前は怖がってはいても、感情的ではなかった。ああ、総和会の加入書を書かせるときは、少し荒れていたな。だが、悲しんではなかった」
 賢吾の指先に涙を拭われ、その感触にまた込み上げてくるものがある。昨日からの出来事と、聞かされたばかりの事実に、感情の乱高下が激しくて、自分でも涙を止めようがないのだ。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

処理中です...