血と束縛と

北川とも

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第35話

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 まだ呼び慣れない名を何度も口にしていると、下肢から送り込まれる快感も重なり、恍惚としてくる。和彦は片手で鷹津の濡れた後ろ髪を掻き乱し、自ら浅ましく腰を動かしていた。鷹津が耳元で熱い吐息をこぼし、忌々しげに呟いた。
「尻が締まりっぱなしだ。そんなに、俺のは美味いか?」
 ピシャリと鋭く尻を叩かれて、和彦は上擦った声を上げる。同時に、食い千切らんばかりに鷹津の欲望を締め付けていた。呻き声を洩らした鷹津の全身の筋肉がぐっと引き締まる。
 数秒の間を置いて、内奥深くで鷹津の欲望が歓喜に震え、爆ぜた。
「ひっ、あっ……」
 注ぎ込まれる精の生々しい感触に、鷹津の腕の中で和彦は身悶える。精を噴き上げないまま、軽い絶頂に達していた。
 繋がりを解かないまま、二人は呼吸が落ち着くのを待つ。合間に唇を触れ合わせ、淫らな言葉を囁き合い、体内で吹き荒れる情欲が少しでも冷めないよう努める。もっとも、無駄な努力なのかもしれない。汗に濡れた体を擦りつけ合っているだけで信じられないほど気持ちがいいし、淫らで感じやすい部分が物欲しげにひくついている。
 鷹津の欲望が、瞬く間に内奥で逞しさを取り戻していく感触に、和彦は吐息をこぼす。誘われたように鷹津が唇を重ねてきた。熱い舌に口腔を隈なく舐め回され、心地よさに体が震える。
「――……ようやく、お前は俺のオンナになったんだと実感できた」
 絡めていた舌を解いたところで鷹津が呟き、欲情でギラギラとした目で和彦を見つめてくる。
「欲しいときにお前を抱いて、思う存分鳴かせて、イかせて……。俺の、可愛くていやらしいオンナだ」
「……バカだ、あんた。そんなことのために、どれだけ危険なことをしたのか……」
「お前には言われたくねーな。危険だとわかっていて、引き返すチャンスもあったのに、結局、とんでもない状況に自分から陥った。……俺が最初に、お前を助けてやると言ったとき、素直に頷いてりゃよかったんだ」
 鷹津と知り合ったばかりの頃のやり取りを思い返し、つい和彦の口元に笑みが浮かぶ。
「あんた、ヤクザより胡散臭かっただろ。下品だし、無礼だし、本当に嫌な男だった。今も、だけど」
「でも、お前と体の相性は抜群にいい。本当はわかってるだろ。気も合っていると。お前には、俺みたいな男がぴったりなんだ」
 いつになく情熱的な言葉を鷹津から囁かれ、忍び寄ってくる不安や恐怖の足音も一緒に聞いてしまいそうだ。和彦は思わず顔を背けていたが、露わになった首筋をベロリと舐められてから、軽く歯が立てられた。感じたのは痛みではなく、狂おしい疼きだ。
 鷹津にしっかりと腰を抱き寄せられ、緩やかに揺さぶられる。和彦も自ら腰を揺らし、熱くなっている欲望を鷹津の下腹部にすり寄せた。すると鷹津が低く笑い声を洩らし、和彦の欲望の根元に指先を這わせてきた。
「これ、くすぐったいな」
 なんのことを言っているのか、快感で鈍くなった頭で理解したとき、和彦は激しくうろたえる。鷹津の指は優しく、和彦の下腹部のわずかな陰りを梳いている。
「あっ、嫌、だ……。そこ、触るな……」
「お前でも恥ずかしいか?」
 肯定の返事のつもりで、鷹津の背を殴りつける。和彦の反応に鷹津はますます気をよくしたのか、耳元で熱っぽい口調で続けた。
「お前が俺のものだという証として、〈これ〉をきれいに剃ってやろうか。ガキのように剥き出しの無防備な姿にして、じっくりと眺めて、舐め回して、突っ込みながら、射精させて――。全部、見てやる」
 次の瞬間、和彦は精を放っていた。内奥からの刺激だけではなく、鷹津の言葉に異常なほど反応していた。それでいて、尚、鷹津の欲望を求めてしまう。激しく内奥を収縮させ、男の欲情を煽る。
「秀っ……」
「ああ、また中に、たっぷり出してやる」
 小さく歓喜の声を洩らすと、腰を抱え上げるようにして、下から強く突かれた。
「あうっ、うっ、うぅっ」
 これ以上ないほど鷹津に強くしがみつくと、それ以上の力で抱き締められ、骨が軋む。だが、感じる苦しさすら、快感を増す媚薬となっていた。そんな和彦の状態を把握したうえでのことか、ふいに鷹津に問われた。
「――和彦、俺と一緒に逃げるか?」
 頭で考えるより先に、和彦はこう答えていた。
「無理だ……。逃げるなんて」
「本当に、無理だと思うか?」
 小刻みに内奥を突き上げられ、和彦は喉を震わせる。体の奥から尽きることなく官能の泉が湧き出し、全身を満たしていく。鷹津は、さらに和彦を唆す。
「難しく考えるな。俺とこうするのは嫌じゃないだろ?」
 間断なく内奥を突き上げられながら、上唇と下唇を交互に吸われ、舌先を触れ合わせる。もう一度同じことを聞かれたとき、思考力のほとんどを失いかけた和彦は、素直に頷いていた。
「なら、俺と逃げるか?」
 それは違うと頭の片隅ではわかっていたが、鷹津の攻めによって、爛れた本能だけの獣に成り果てた和彦は、再び頷いていた。

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