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第35話
(7)
しおりを挟む総和会は、自分の要望をある程度受け入れてくれると確信が持てた和彦は、クリニックと本部を往復するのみという規則正しい生活を変えた。毎日ではないが、仕事を終えたあとに、外で食事や買い物をするようになったのだ。
護衛の男たちは、最初は露骨に渋い顔を見せた。当然だろう。なんといっても和彦は、襲撃されたばかりなのだ。和彦自身、御堂の話を聞く前であれば、こんな自分の行動など考えもしなかったはずだ。
御堂の話はあくまで憶測でしかなく、また狙われる可能性は十分にある。しかし和彦の中では、再度襲撃される恐怖よりも、守光に対する警戒心と、奇妙な表現だが、信頼感のほうが勝っていた。
守光が、抵抗勢力に対して権力を振るうために大義名分が必要だったというなら、和彦への襲撃は一度だけでいいだろう。暴力や痛みに極端に弱い和彦を、守光が追い詰めてくるとは思えなかった。
そもそも、本気で和彦への襲撃を恐れるなら、外を出歩くことを認めるはずがないのだ。
「――気晴らしにお誘いしたのに、今日はずっと怖い顔をしていますね」
柔らかな声で話しかけられ、ソファに腰掛けて考え事をしていた和彦はハッとする。床に置いた段ボール箱の前に屈み込んだ秦が、こちらを見上げていた。
なんと言って誤魔化そうと思ったが、秦にはすべて見通されそうで、無駄なことはやめておく。
「最近、いろいろと大変なんだ」
「先生はいつでも大変でしょう。――今は総和会のほうに滞在しているらしいですね。それで、ですか?」
秦はどこまで把握しているのだろうかと、秀麗な顔に浮かぶにこやかな表情から推し量ろうとしたが、こちらも無駄だったようだ。感じのよい表情は、それ以上でも以下でもない。
自分の周りには食えない男ばかりだと思いながら、和彦はとりあえず頷いておく。
「それもある。……長嶺組や中嶋くんから、何か聞いているのか?」
「先生が、総和会の事業に加わるということは。皆一様に、複雑な表情でおっしゃっていたのが、印象的でしたが」
「……中嶋くんも?」
「あれは、先生のことが好きですからね。なのに素直に喜んでいないとなると、まあ、わたしも察するものがあります」
話しながら秦は、段ボールから小さな箱をいくつも取り出しては、開けて中身を確認している。何が入っているのだろうと気になった和彦が身を乗り出す動作をすると、秦が箱の一つを差し出してきた。中には、いくつかのアクセサリーがセットになって納まっていた。
「きちんと輸入雑貨屋をやっているんだな」
感心半分、呆れ半分といった口調で和彦が洩らすと、立ち上がった秦が軽く店内を見回す。前回、和彦が訪れたときよりもさらに品数は増え、どの棚にもぎっしりと商品が並んでいる。街中などで見かける雑貨屋そのもので、この店の背後に物騒な組織がいるとは、まさか誰も考えもつかないだろう。
土曜日の午後といえば客も多いのではないかと思うが、今日に限っては臨時休業ということで、外に張り紙を貼っており、店内には和彦と秦の姿しかない。まさか、自分を招くために店を閉めたのだろうかと思ったが、秦は首を横に振り、商品の入れ替えのためだと教えてくれた。
「このあとまだ、商品が届くことになっているんです。夕方ぐらいから、スタッフが来てくれるんですが、それまでは、ゆっくりとしてください」
秦の言葉のすべてに裏がありそうで、あれこれと深読みしたくなる衝動に駆られるが、必死に堪える。今は、自分のことだけで手一杯だ。
「中嶋くんからたまに話を聞くけど、出張続きで忙しいようだな。部屋……君が生活しているあの部屋にも、商品のサンプルを運び込んでいるようだし。すっかり雑貨屋のほうが本業のようだ」
その秦の部屋で汚してしまったラグについては、中嶋が新たに購入したものの半額を出させてもらった。
中嶋から何か聞かされているのか、秦の笑みが深くなったように見えたが、和彦の穿ちすぎかもしれない。
「カムフラージュだからこそ、雑貨屋の経営のほうで、あまり赤字を出して長嶺組に迷惑をかけたくありませんからね。それに、何も海外に行って、雑貨ばかり買い漁っているわけじゃありません。いろいろ、ですよ」
「いろいろ……。あれこれ探るつもりはないが、そう出張続きだと、なかなか中嶋くんと時間が合わないんじゃないか?」
和彦の問いかけに対して、秦は微苦笑を浮かべた。
「あいつはあいつで忙しそうで、まあ、そうですね。……互いの忙しさを理由にして、そのうち浮気されるかもしれませんね」
「……心当たりがあるのか? 仮にあったとしても、ぼくは何もアドバイスできないぞ」
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