血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
828 / 1,268
第35話

(5)

しおりを挟む
 曖昧な返事をした和彦は、純粋な疑問から、御堂にこう尋ねていた。
「どうして今日、ぼくを誘ってくださったのですか? 長嶺会長や南郷さんにもっと目をつけられることになるのに……」
「牽制の意味もあったけど、君は放っておけない。わたしの長年の友人の大事な人だし、何より、昔のわたしの姿と重なる。そんなわたしの目に、君が頑丈な檻の中で窒息しかかっているように見えたんだ。みんな、君が大事すぎて、逃げ出さないよう、ただただ檻だけを立派にしていく。閉じ込められる君のことはお構いなしだ」
「わかる、ものなんですね……」
「わたしも一時、文字通り、檻に閉じ込められていたことがあるから」
 とんでもないことをさらりと言われ、数秒の間を置いて和彦は目を見開く。御堂は淡く苦笑した。
「オンナに執着するヤクザは、行動が似るんだろうか」
「……ぼくは、さすがに本物の檻に入れられたことはありません」
「まだね」
 不吉な一言を呟いたあと、御堂は料理を口に運ぶ。和彦が一人で動揺していると、たっぷりの間を置いてから、御堂はようやく欲しい言葉を言ってくれた。
「冗談だよ」
 とりあえずその言葉に安堵して、和彦はようやく、食事を再開することができた。


 自宅マンションに着いた和彦は、部屋に入って完全に一人になったところで、大きく息を吐き出す。久しぶりに味わう解放感に、ここがやはり自分の家なのだと強く実感していた。
 御堂と別れたあと、聞かされた話の内容から思うところがあった和彦は、どうしても総和会本部に戻る気にはなれず、護衛の男たちにこう主張していた。
 このまま自宅マンションに向かい、一泊して過ごすと。
 今日はすでに、御堂と食事をすることで、自分の主張を押し通した。いつもであれば、これ以上はわがままは言えないと、周囲の勧めに従うところだ。しかし和彦は引かなかった。結局、男たちはどこかに連絡を取ったあと、やむなくといった様子で承諾した。
 靴を脱ごうとした和彦は、ふと気になってドアレンズを覗く。ここまで送り届けてくれた護衛の男たちの姿は、すでにドアの前にはなかった。
 ふらふらと部屋に入ると、まず何をしようかと考えてから、とりあえず風呂に入ることにした。
 湯を溜めている間に着替えを用意して、気に入っている入浴剤をバスタブに放り込む。
 さっそく湯に浸かった和彦は、バスタブの縁に頭を預けて目を閉じた。
 まだ昼間といえる時間帯なのだが、今日は大変だったと思い返す。総本部で何枚もの書類にサインをして、総和会との繋がりがまた深く、強くなったことを噛み締めたあと、御堂たち第一遊撃隊と出くわした。
 御堂と二人きりで食事をして、〈毒〉を注ぎ込まれた和彦の心は、波立っている。
「檻……か」
 和彦はぽつりと呟くと、湯に深く身を沈める。今の和彦をがんじがらめにするのは、目に見える檻ではなく、男たちの情であり、思惑だ。それですら、十分に行動を制限され、息苦しさを覚えるというのに、本物の檻などに入れられたとしたら、自分はどうなるか。
 湯に浸かっているというのに、和彦の肌がザッと粟立つ。オンナに対する独占欲や執着心はそこまで行き着くものなのかと、空恐ろしさを覚える。その一方で、胸の奥で官能のうねりが生じていた。
 檻に閉じ込められた御堂の姿を想像して、それがいつしか、自分の姿へと入れ替わる。檻の外にいる男は――。
 ハッと我に返った和彦は、妄想を振り払うように水音を立てる。
 体を洗ってバスルームから出ると、もうすでに何もする気力が残っておらず、服を着込んでから寝室へと向かう。どうせ明日まで誰にも会わないのだからと、濡れた髪のままベッドに転がった。
「疲れた……」
 しみじみと洩らしてから手足を伸ばす。眠るつもりはなかったのだが、気が緩んだ途端、ヒタヒタと眠気がやってくる。
 一人の空間で、何をするのも自由だと思うと、もう瞼を開けていられない。少しだけだからと自分に言い聞かせながら、和彦は意識を手放した。


 髪を撫でる優しい感触に、つい口元が緩む。昼寝からの目覚め方としては理想的だと思ったが、意識がはっきりしてくるに従って、そんな場合ではないことに気づく。
 部屋に一人でいたはずなのに、誰かがいるのだ。もっとも、その〈誰か〉はごく限られているが。
 ゆっくりと目を開けると、枕元に賢吾が腰掛けていた。
「どうして……」
 和彦が発した声は、寝起きのせいで掠れていた。軽く咳き込むと、賢吾が大仰に眉をひそめる。
「風邪か、先生?」
「……違う。――ぼくがここにいると、総和会から連絡があったのか?」
「あそこの連中は、先生の行動を逐次教えてくれるほど、親切じゃねーよ」
「だったら……、あっ」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...