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第35話
(3)
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前回、御堂と会ったのは、思いがけない形でだった。この御堂が、男に――清道会の組長補佐である綾瀬という偉丈夫に組み敷かれ、乱れている姿を、和彦はしっかりと見てしまったのだ。〈会った〉という表現は相応しくないのだろうが、御堂も見られることを承知していたという話なので、奇妙ではあるが、互いの存在を認識していたことになる。
つい最近の出来事なのだが、今日までにいろいろとありすぎて、時間の感覚が狂ってしまう。
「何から話そうか。君とは、あれを話したい、これを話したいと、いろいろ考えていたんだが、いざこうして向き合うと、わたしたちの間にあるのは野暮な事柄ばかりだと、しみじみ思ってしまう」
「本当に、砕けた話題をと思っても、悩んでしまいますね」
ここで二人は笑みを交し合う。御堂と親しくなったと言うつもりはないが、少なくとも初めて会ってお茶を飲んだときよりは、互いの距離が近くなったようだ。
和彦の緊張がいくらか解れたと感じたのか、タイミングを見計らっていたように御堂が切り出す。
「――君はとうとう、総和会の人間になったんだね」
和彦は曖昧な表情となっていた。
「そう、みたいです……」
「あの長嶺会長に見込まれてしまうと、否とは言えないだろう。いかに息子といえど、賢吾も口出しはできなかっただろうし、なかなかつらい選択だったんじゃないか?」
御堂は、何を、どこまで知っているのだろうかと、正直戸惑う。すべてを打ち明けてしまえば楽なのだろうが、それは果たして正しい行為なのだろうかとも思ってしまうのだ。御堂と守光、そして南郷との間に因縁があることは、大まかではあるが把握している。そんな両者の間に、自分が争いの火種を起こしてしまうことを、和彦は何より恐れていた。
御堂の色素の薄い瞳が、じっとこちらを見つめてくる。射竦められそうな迫力に和彦が息を呑んでいると、御堂がふっと眼差しを和らげた。
「……君は、頭がいい。いや、よすぎるぐらいか。だから、あれこれと考えて、自分が身動きが取れなくなる。関わる男が多い分、さまざまな事情を斟酌してしまうんだろう。そして、自分が何もかも呑み込んでしまえば、男たちに余計な気遣いをさせなくて済む――と考えるんじゃないか?」
「いえ、ぼくはそんな……」
「今も、わたしと長嶺会長たちの関係について、いろいろと考えたはずだ」
なぜだか叱られている気分になり、意識しないまま和彦は視線を伏せる。
「責めているわけじゃないんだ。君にとっては不幸でしかないだろうが、君のその性質のおかげで、こちら側の世界で生きている男たちの何人かは、喜んでいる。君を繋ぎとめておく手段は、多いに越したことはない。つまりそれだけ、君の価値は増しているということだ。誰も彼も、君を手放したくなくて、仕方ない」
御堂の言葉の最後を聞いた途端、和彦はゾクリとして身震いする。守光に言われた言葉を思い出したのだ。
『わしの望みは一つだ。あんたが、心底欲しい。どんな手を使ってでも――』
あれは求愛などという生易しいものではなく、呪詛だ。総和会会長の立場にある人物からあんな言葉を囁かれたら、逆らうことはできない。ただ、受け入れるだけだ。
そっと視線を戻すと、御堂は真剣な顔をしていた。和やかな雰囲気の中で食事を、という様子ではない。ようやくながら和彦は、こうして二人きりで個室にいる理由を察し始めていた。
「――……御堂さんは、何か知っているのですか?」
「何か、とは?」
和彦は口ごもる。そこに膳が運ばれてくる。彩り豊富な料理に、いつもであれば上機嫌で箸を進めるところだが、今は少し胸の辺りが重い。しかし食べないわけにもいかず、お茶で口を湿らせてから、料理に箸を伸ばした。
和彦が料理に口をつけるのを待ってから、会話が再開される。
「わたしが君にしてあげられるのは、南郷たちが君の耳にあまり入れたくない、総和会内で密かに言われている下種の勘繰りの類だよ」
「……やっぱり、ぼくの耳に入らないようにしているんですね」
「できることなら、仕事以外では、君を部屋に閉じ込めておきたいと考えているんじゃないか。皮肉だが、今、総和会に身を置いている君を、総和会の穢れに触れさせたくないんだろう。刺激が強すぎるから」
和彦のもとに届く情報は、守光や南郷によって取捨選択されている。前々から感じてはいたことなので、いまさら衝撃を受けたりはしない。
和彦は、囁くような声で御堂に言った。
「教えてください。御堂さんが知っていることを」
「刺激が強いうえに、毒を含んでいるかもしれないよ?」
かまわないと、和彦は頷く。御堂に促され、再び箸を動かす。
「――君の乗っている車が襲われた件で、何か説明はあったかい?」
つい最近の出来事なのだが、今日までにいろいろとありすぎて、時間の感覚が狂ってしまう。
「何から話そうか。君とは、あれを話したい、これを話したいと、いろいろ考えていたんだが、いざこうして向き合うと、わたしたちの間にあるのは野暮な事柄ばかりだと、しみじみ思ってしまう」
「本当に、砕けた話題をと思っても、悩んでしまいますね」
ここで二人は笑みを交し合う。御堂と親しくなったと言うつもりはないが、少なくとも初めて会ってお茶を飲んだときよりは、互いの距離が近くなったようだ。
和彦の緊張がいくらか解れたと感じたのか、タイミングを見計らっていたように御堂が切り出す。
「――君はとうとう、総和会の人間になったんだね」
和彦は曖昧な表情となっていた。
「そう、みたいです……」
「あの長嶺会長に見込まれてしまうと、否とは言えないだろう。いかに息子といえど、賢吾も口出しはできなかっただろうし、なかなかつらい選択だったんじゃないか?」
御堂は、何を、どこまで知っているのだろうかと、正直戸惑う。すべてを打ち明けてしまえば楽なのだろうが、それは果たして正しい行為なのだろうかとも思ってしまうのだ。御堂と守光、そして南郷との間に因縁があることは、大まかではあるが把握している。そんな両者の間に、自分が争いの火種を起こしてしまうことを、和彦は何より恐れていた。
御堂の色素の薄い瞳が、じっとこちらを見つめてくる。射竦められそうな迫力に和彦が息を呑んでいると、御堂がふっと眼差しを和らげた。
「……君は、頭がいい。いや、よすぎるぐらいか。だから、あれこれと考えて、自分が身動きが取れなくなる。関わる男が多い分、さまざまな事情を斟酌してしまうんだろう。そして、自分が何もかも呑み込んでしまえば、男たちに余計な気遣いをさせなくて済む――と考えるんじゃないか?」
「いえ、ぼくはそんな……」
「今も、わたしと長嶺会長たちの関係について、いろいろと考えたはずだ」
なぜだか叱られている気分になり、意識しないまま和彦は視線を伏せる。
「責めているわけじゃないんだ。君にとっては不幸でしかないだろうが、君のその性質のおかげで、こちら側の世界で生きている男たちの何人かは、喜んでいる。君を繋ぎとめておく手段は、多いに越したことはない。つまりそれだけ、君の価値は増しているということだ。誰も彼も、君を手放したくなくて、仕方ない」
御堂の言葉の最後を聞いた途端、和彦はゾクリとして身震いする。守光に言われた言葉を思い出したのだ。
『わしの望みは一つだ。あんたが、心底欲しい。どんな手を使ってでも――』
あれは求愛などという生易しいものではなく、呪詛だ。総和会会長の立場にある人物からあんな言葉を囁かれたら、逆らうことはできない。ただ、受け入れるだけだ。
そっと視線を戻すと、御堂は真剣な顔をしていた。和やかな雰囲気の中で食事を、という様子ではない。ようやくながら和彦は、こうして二人きりで個室にいる理由を察し始めていた。
「――……御堂さんは、何か知っているのですか?」
「何か、とは?」
和彦は口ごもる。そこに膳が運ばれてくる。彩り豊富な料理に、いつもであれば上機嫌で箸を進めるところだが、今は少し胸の辺りが重い。しかし食べないわけにもいかず、お茶で口を湿らせてから、料理に箸を伸ばした。
和彦が料理に口をつけるのを待ってから、会話が再開される。
「わたしが君にしてあげられるのは、南郷たちが君の耳にあまり入れたくない、総和会内で密かに言われている下種の勘繰りの類だよ」
「……やっぱり、ぼくの耳に入らないようにしているんですね」
「できることなら、仕事以外では、君を部屋に閉じ込めておきたいと考えているんじゃないか。皮肉だが、今、総和会に身を置いている君を、総和会の穢れに触れさせたくないんだろう。刺激が強すぎるから」
和彦のもとに届く情報は、守光や南郷によって取捨選択されている。前々から感じてはいたことなので、いまさら衝撃を受けたりはしない。
和彦は、囁くような声で御堂に言った。
「教えてください。御堂さんが知っていることを」
「刺激が強いうえに、毒を含んでいるかもしれないよ?」
かまわないと、和彦は頷く。御堂に促され、再び箸を動かす。
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