血と束縛と

北川とも

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第34話

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「――今夜のあんたは、思い詰めた顔をしているな」
 いつものように血圧を測っていた和彦は、柔らかな口調で守光に指摘され、ハッとする。咄嗟に言葉が出ず、うろたえていると、守光は口元に微笑を湛えた。
 吾川に部屋を見せられてから、ずっと困惑している和彦とは対照的に、今夜の守光は、夕食時に顔を合わせてからずっと機嫌がいいように見えた。
「すみません……」
 血圧計を片付けてから改めて、布団の傍らに座る。
「あんたのために部屋を用意したことを、重圧に感じているかね?」
 守光の言葉に、和彦は曖昧に首を動かす。はっきりと否定するのが礼儀なのだろうが、どう取り繕おうが、守光にはすべて見通されるはずだ。
「複雑な、気持ちです。ぼくにここまでしてもらえるほどの価値があるのかと、誰よりも疑っているのは、きっとぼく自身だと思います」
「あんたの価値は、周囲の男たちが決めている。だからあんた自身にはピンとこないのだろう。言葉を費やして説明して見せても、所詮は極道の戯言だと、心のどこかで思ってもいるのかもしれん」
「いえっ、そんな――……」
「それは仕方がない。もともとが、生きている世界が違っていて、賢吾や千尋が、強引にあんたをこちらの世界に引き込んだ。憎まれ、拒まれても仕方がないのに、それでもあんたは、こちらの男たちを受け入れてくれる。他に方法がないにせよ、あんたが示してくれる愛情深さも優しさも、男たちにとってはかけがえのないものとなっている。わしはそれに報いたい」
 冷徹ともいえる両目でじっと見据えられ、和彦は息も詰まりそうになる。正直、今言った『愛情深さ』も『優しさ』も、守光が求めているとは思えなかった。もっと別の何かを和彦に期待し、得ようとしているようだ。
 それがなんであるか知ることは、今いる世界のとてつもない深淵を覗き込むことになると、確信めいたものがあった。しかし、いくら目を背けようが、守光は眼前に突きつけてくるはずだ。
 守光が片手を伸ばし、和彦の髪を撫でてくる。
「頭のいいあんたには、どれだけ耳あたりのいいことを言ったところで無駄だろう」
 髪を撫でていた手が首の後ろへと移動し、引き寄せられる。和彦は咄嗟に布団に手をつき、近い距離から守光の顔を見つめ返した。そして、賢吾によく似た太く艶のある声で囁かれた。
「わしの望みは一つだ。あんたが、心底欲しい。どんな手を使ってでも――」
 本能的な怯えが全身を駆け巡り、動けなかった。守光にやすやすと布団の上へと押し倒され、和彦は顔を強張らせたまま、守光を見上げる。考える前に、こんな言葉が口を突いて出ていた。
「……どうして、ぼくなのですか……」
「あんたは、長嶺の男とこれ以上なく相性がいい。理由など、それで十分だと思わんかね?」
 そう言いながら守光の手に浴衣の帯を解かれる。和彦は身じろぎもせず、じっと守光を見上げ続ける。向けられる視線の強さから、和彦が考えていることがわかったらしく、守光は短く声を洩らして笑った。
「納得いかないという様子だが、事実だよ。千尋はもちろん、賢吾まで骨抜きにしたあんただからこそ、わしは興味を持った。そしてわしも、あんたに骨抜きだ。賢吾たちは、あんた込みの長嶺組の将来を描いているだろうが、わしは、あんた込みの総和会の将来を描いている。つまり、わしらにとってあんたは、欠かすことのできない存在というわけだ」
 浴衣の前を開かれて素肌を晒すと、容赦なく下着も引き下ろされる。守光は、満足げに和彦の裸体を見下ろしながら、胸元に冷たいてのひらを押し当ててきた。
「――欠かすことができないということは、組織にとっても、長嶺の男たちにとっても、あんたは血肉になるということだ。あんたによって、男たちは生かされる」
 なぜだか鳥肌が立った。和彦の反応に、守光は楽しげに目を細める。
 ゆっくりと守光の顔が近づいてきて、このときほど目隠しが欲しいと思ったことはないが、目を閉じることもできず、狡猾な生き物が潜む両目に見つめられながら口づけを受け入れた。
 丹念に唇を吸われて、口腔に舌が侵入してくる。決して性急になることのない、いつもの守光の口づけだった。和彦を味わい尽くすように口腔で舌が蠢き、歯列や粘膜をまさぐり、まだ眠っている官能を少しずつ刺激していく。その間も、守光の冷たいてのひらは和彦の体をまさぐっていた。
 舌先同士が触れ、擦りつけ合ってから、唾液を絡めるようにして妖しく舌がもつれ合う。和彦が微かに喉を鳴らすと、守光の片手が喉元にそっと這わされていた。力を込められたわけではないが、今にも首を絞められるのではないかという怯えは、圧迫感となる。
 息苦しさにもう一度喉を鳴らすと、守光の指先にわずかに力が入った気がした。自分の脈がやけに大きく聞こえ、頭が締め付けられるような感覚に襲われる。しかし、決定的な苦しさを与えられるわけではない。あくまで喉元に手がかかっているだけなのだ。

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