818 / 1,267
第34話
(22)
しおりを挟む和彦は四日間、ホテルを転々とする生活を送った。クリニックから出て護衛の車に乗り込むと、その日宿泊するホテルに連れて行かれるという具合だ。
何も教えられないまま、ホテルの部屋で一人で過ごしていると、あれこれと考え込んでしまい、気が滅入りそうになったが、和彦の性質をよく理解している身近な男たちによって救われた。千尋が毎日電話をくれたうえに、中嶋も、ホテル内でとはいえ夕食につき合ってくれたのだ。
そして五日目に、仕事を終えた和彦が車に乗り込むと、総和会本部に戻れることになったと告げられた。
さすがに、車がぶつかってきた現場を通過するときは緊張したが、特に問題が起こることなく、和彦の身は安全に総和会本部へと送り届けられた。
すでに連絡を受けていたらしく、照明で明るく照らされている駐車場には、吾川が待機していた。
九月に入ったとはいえ、夕方でもまだ蒸し暑い中、わざわざ外で自分を待つ必要などないのにと、和彦は心の内で思う。いまだに総和会で恭しく扱われることには慣れない。
車を降りた和彦に対して、さっそく吾川は穏やかに微笑みかけてきた。
「お疲れになったでしょう」
曖昧な返事をした和彦を促して、吾川が歩き始める。
「ホテル暮らしで不安に思われたかもしれませんが、決して本部が危険だったというわけではありません。ただ、慌しくしていたのは確かですから、その様子を先生にあまりお見せしたくないということで、ホテルに部屋をお取りしました。本来であれば、長嶺組にお預けするのが筋なのかもしれませんが、もし万が一、先生がまた襲撃されるようなことになりましたら、少々問題が複雑になりますので――……」
裏口から入ってエレベーターホールに向かいながらの吾川の説明に、和彦は想像力を働かせる。
長嶺組が和彦の身柄を預かったあと、また和彦が襲撃を受け、仮に怪我でもしたら、総和会という組織は、長嶺組の責任を問わないわけにはいかないだろう。一方で、何事もなかったとき、長嶺組は総和会を問い詰める口実を得ることになる。〈オンナ〉の身一つ守ることができないのか、と。
立てようと思えば、波風などいくらでも立てられるということだ。長嶺の男たちにそのつもりはないとしても、周囲にいる人間たちも同じとは限らない。
疲労感以外のものがさらに肩にのしかかった気がして、無意識のうちにため息をついた和彦は、次の瞬間には我に返り、口元に手をやる。
何事もなかったふうを装いながらエレベーターに乗り込んだが、吾川はしっかり気づいていたようだ。和彦の気疲れを少しでも和らげようとでも思ったのか、さらにこんなことを言った。
「会長は、先生に快適に過ごしていただくことに関して、非常に気を配っておられます。今回のホテル暮らしについても、窮屈で不便な思いをさせていると心配されている一方で、部屋で一人で過ごせることが、先生にとっては何より落ち着ける環境ではないかとも、おっしゃっていました」
「いえ、それは……」
「会長の部屋は、最小限に抑えているとはいえ、わたしも含めて人の出入りがありますから、先生も気の休まらない部分があるでしょう」
どうしてこんなことを言い出すのかと、ささやかな警戒心が首をもたげ始めたところで、エレベーターが四階に到着し、扉が開く。いつものように守光の居住スペースに向かうかと思ったが、吾川が手で示したのは反対方向だった。
戸惑う和彦に、吾川は穏やかな表情と声でこう言った。
「先生に見ていただきたいものがあります。そうお時間は取らせませんから」
ここまで言われて拒否もできず、和彦は頷き、吾川についていく。
宿泊室が並ぶ一角には、いい記憶はなかった。一度南郷に連れ込まれ、卑猥で屈辱的な行為に及ばれたからだ。
広い廊下を歩いていて、南郷が使っていた部屋の前を通るときはさすがに身構えたが、今日は札がかかっておらず、どうやら宿泊はしていないようだった。
廊下の途中を曲がると、〈リネン室〉と記されたドアがまっさきに視界に飛び込んできた。その隣には業務用のエレベーターも設置されている。今は静かだが、研修施設として利用されていた頃は、慌しく人が行き来していたのだろうなと、漠然と想像する。いや、もしかすると今も、そう変わっていないのかもしれない。
和彦は、平日の昼間はクリニックにいるし、本部に戻ってきてからは、大半が部屋にこもっているか、せいぜいが夜中、ラウンジでひっそりと短い時間を過ごしているぐらいだ。本部内の人の動きをほとんど知らないと言ってもいい。
24
お気に入りに追加
1,359
あなたにおすすめの小説
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる