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第34話
(21)
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「勝手に入ってきたのが気に食わないなら、昨夜のうちに、同じ部屋で泊まっていたほうがよかったか? そうしてもよかったんだが、繊細なあんたのことだ。気が休まらないだろうと思って、遠慮したんだが」
これまで、寝込みを襲われる形で南郷にされた行為が蘇り、和彦は身を震わせる。何もかも見透かしたように南郷が見つめてくる。その視線から逃れるように顔を背け、出勤の準備をする。
「今日はクリニックを休んでおとなしくしていてもらいたい、というのが、本音だ」
「予約が入っているので無理です。ぼくに怪我もないですし、おとなしくしている理由がありません」
「あんたが狙われたというのは、けっこうな理由だろ」
「それは……、ぼくにはわかりません。総和会の車に、たまたまぼくが乗っていただけなのかもしれませんし」
和彦の空しい抗弁を、南郷は鼻先で笑った。
「本当にそう思うか、先生?」
南郷との会話は、いつでも神経がささくれ立つ。和彦は、もう話す気はないと、唇を引き結ぶ。
早く南郷との二人きりの空間から逃げ出そうと、アタッシェケースと、着替えの入ったバッグを手にしたとき、和彦の携帯電話が鳴った。無視するわけにもいかず、荷物を置いて携帯電話を取り出す。次の瞬間、激しく動揺していた。
よりによってこのタイミングで電話をかけてきたのは、鷹津だった。鷹津は、長嶺組や総和会の動きに聡い。おそらく、何かあったと気づき、和彦に探りを入れるつもりなのだろう。
南郷を目の前にして、鷹津からの電話に出るわけにはいかない。和彦は半ば反射的に、携帯電話の電源を切っていた。その行為が、南郷の不審感を煽るだけだとわかっていながら。
案の定、笑みを消した南郷が、和彦との距離を詰めてきた。
「――誰からの電話だ」
「南郷さんには関係ないでしょう」
和彦は後ろ手に携帯電話を隠しながら後退ろうとしたが、南郷に腕を掴まれて阻まれる。
「あんたの今の態度、俺に知られたらマズイ相手だな。そうなると、相手は限られそうだが……」
軽く揉み合いとなり、南郷のもう片方の手が肩にかかる。ちょうど、痛めているほうの肩だった。和彦は悲鳴に近い声を上げ、驚いたように南郷がパッと手を離す。
「そう力を入れたつもりはないが……、もしかして、肩を痛めてるのか、先生?」
和彦は答えず、ただきつい眼差しを向ける。南郷は不愉快そうに唇を歪めた。
「そういうことは、早めに言ってもらわないと。なんといっても、大事な身だ」
「……大したことはありません」
「それは、医者に診せてから判断することだ。自分も医者だ、という発言はなしだ。たった今、あんたは俺に隠し事をした。俺から早く離れたくて、あんたはいくらでもウソをつく」
和彦に早く準備をするよう告げて、南郷はスマートフォンを取り出した。何か調べている様子だったが、和彦がぎこちなくジャケットに袖を通したところで、顔を上げた。
「ホテルの近くに整形外科があるようだ。出勤前に、そこで検査をしてもらうぞ」
さすがの和彦も、ここで意地を張るのは得策ではないとわかる。仕方なく頷くと、南郷は満足げな表情を浮かべたあと、和彦が携帯電話を滑り込ませたジャケットのポケットあたりに、意味ありげに視線を投げかけてきた。
これまで、寝込みを襲われる形で南郷にされた行為が蘇り、和彦は身を震わせる。何もかも見透かしたように南郷が見つめてくる。その視線から逃れるように顔を背け、出勤の準備をする。
「今日はクリニックを休んでおとなしくしていてもらいたい、というのが、本音だ」
「予約が入っているので無理です。ぼくに怪我もないですし、おとなしくしている理由がありません」
「あんたが狙われたというのは、けっこうな理由だろ」
「それは……、ぼくにはわかりません。総和会の車に、たまたまぼくが乗っていただけなのかもしれませんし」
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南郷との会話は、いつでも神経がささくれ立つ。和彦は、もう話す気はないと、唇を引き結ぶ。
早く南郷との二人きりの空間から逃げ出そうと、アタッシェケースと、着替えの入ったバッグを手にしたとき、和彦の携帯電話が鳴った。無視するわけにもいかず、荷物を置いて携帯電話を取り出す。次の瞬間、激しく動揺していた。
よりによってこのタイミングで電話をかけてきたのは、鷹津だった。鷹津は、長嶺組や総和会の動きに聡い。おそらく、何かあったと気づき、和彦に探りを入れるつもりなのだろう。
南郷を目の前にして、鷹津からの電話に出るわけにはいかない。和彦は半ば反射的に、携帯電話の電源を切っていた。その行為が、南郷の不審感を煽るだけだとわかっていながら。
案の定、笑みを消した南郷が、和彦との距離を詰めてきた。
「――誰からの電話だ」
「南郷さんには関係ないでしょう」
和彦は後ろ手に携帯電話を隠しながら後退ろうとしたが、南郷に腕を掴まれて阻まれる。
「あんたの今の態度、俺に知られたらマズイ相手だな。そうなると、相手は限られそうだが……」
軽く揉み合いとなり、南郷のもう片方の手が肩にかかる。ちょうど、痛めているほうの肩だった。和彦は悲鳴に近い声を上げ、驚いたように南郷がパッと手を離す。
「そう力を入れたつもりはないが……、もしかして、肩を痛めてるのか、先生?」
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「それは、医者に診せてから判断することだ。自分も医者だ、という発言はなしだ。たった今、あんたは俺に隠し事をした。俺から早く離れたくて、あんたはいくらでもウソをつく」
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さすがの和彦も、ここで意地を張るのは得策ではないとわかる。仕方なく頷くと、南郷は満足げな表情を浮かべたあと、和彦が携帯電話を滑り込ませたジャケットのポケットあたりに、意味ありげに視線を投げかけてきた。
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