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第34話
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「脅しだったんじゃないかと思う。先生じゃなくて、じいちゃんに対する。いままで、弱みらしいものがなかったじいちゃんが、先生を側に置いたうえに、総和会の力と金を使って、先生に事業を始めさせそうとしているんだ。誰だって、先生が特別な存在なんだってわかる。……法要のときの、〈あれ〉もあるしさ。実際、どういうことをしたのかはともかく、盃を交わしたという話で、総和会の中は持ちきりだったらしいし」
「……お前のその口ぶりだと、まるで、総和会の中に――」
「外部の組織の可能性がまったくないわけじゃないけど、総和会の誰かの仕業という可能性のほうが、圧倒的に高い。総和会は、そういう組織なんだ。じいちゃんだって、手を汚さずに会長の座についたわけじゃない。それをよく思わない人間は、総和会の中にいくらでもいる。表立って揉めないのは、やっぱりそれだけ、じいちゃんの力が絶大だからだ」
そんな存在の弱みになりうるかもしれないと、自分は目されているのだ。和彦は、これまで総和会という組織の中で、自分に向けられた男たちの視線を思い返していた。守光を信奉する男たちの目が行き届いているのか、オンナであることで不愉快な思いをしたことはないが、その中に敵意や害意が含まれていたかもしれないのだ。
本部周辺では現在、この雨にもかかわらず、厳戒態勢が敷かれているという。和彦を本部から遠ざけたのも、不測の事態に備えてのことらしい。
「本部かクリニックにいる先生にはピンとこないだろうけど、夏頃から、総本部とかの空気がちょっとおかしいんだよね。ざわついているというか、浮き足立っているというか」
「どうしてだ?」
「第一遊撃隊の隊長が職務に復帰して、隊自体も活動を再開したから」
思いがけない形で第一遊撃隊の話題が出て、和彦は目を見開く。
「御堂さんのことか……」
「そういえば先生、御堂さんと会ったことあるんだってね。――先生がどこまで知ってるかはわからないけど、あの人がどうこうというより、あの人を、じいちゃんの抵抗勢力の神輿にしたがってる人間がいるんだよ。筆頭は、清道会かな。とにかく、そういう目論見を抱く側と、警戒する側が、総本部の中で面をつき合わせているから、おかしい空気にもなる、とオヤジが言っていた」
ここでドアがノックされ、千尋が素早く反応する。和彦に座っているよう言って、気配を殺してドアのほうへと向かった。どうやら長嶺組の組員だったらしく、戻ってきた千尋の手には、袋とカップがあった。
礼を言って受け取った和彦はさっそくコーヒーを啜り、ほっと吐息を洩らす。千尋がテーブルに頬杖をつき、そんな和彦を優しい眼差しで見つめてくるので、なんだか気恥ずかしくなってくる。
「……なんだ?」
「先生に怪我がなくてよかったと思って。電話越しに先生の悲鳴が聞こえてきたときは、大げさじゃなく、心臓が止まるかと思った」
和彦は片手を伸ばすと、もう一度千尋の髪を手荒く掻き乱した。
ひとまず胃に何か入れるのが先だということで、サンドイッチを食べていた和彦だが、あることがどうしても気になり、つい千尋にこう問うていた。
「今回のことで、御堂さんの立場が悪くなったりするのか……?」
「そう、あからさまなことにはならないんじゃないかな。実行犯もわかっていない、証拠もない状況で、特定の人物を処断するのは、リスクが高い。そもそも、俺がガキの頃から御堂さんを知っているせいかもしれないけど、あの人、そういうことに関わるタイプじゃないんだよ。ヤクザというより、どちらかというと、先生に近いかな。怖いことは怖いけどね」
和彦は内心安堵する。自分だけが御堂をそう思っているわけではないのだ。しかし、千尋の言葉には続きがあった。
「誰が犯人にせよ、俺たちの大事な先生を危険な目に遭わせたんだ。タダじゃ済ませない。――と、俺が言ったところで迫力に欠けるよね。だけど、じいちゃんは本当にやるよ。普段は穏やかそうに見えるけどさ、いざとなると、目的のためなら手段を選ばない人なんだ。総和会の中が荒れようが、必要だと思えば、なんでもやるよ」
怖い思いをしたのは自分だが、和彦は半ば本気で、車を襲ってきた人物に同情していた。もし、身柄を押さえられたとき、どんな目に遭わされるのか想像もつかない。千尋が言うように脅し目的だったのだとしたら、その対価として、守光の怒りを一身に受けるのは、割りに合わないと思うのだ。
優しさからそんなことを思うのではない。自分が騒動の原因になっているかもしれないということに、困惑しているが故だ。
「……怖いな……」
ぽつりと洩らすと、その言葉をどう解釈したのか、今度は千尋が和彦の髪を撫でてきた。
「大丈夫。俺、今夜はここに泊まるよ。ちょうどベッドも二つあるし」
「……お前のその口ぶりだと、まるで、総和会の中に――」
「外部の組織の可能性がまったくないわけじゃないけど、総和会の誰かの仕業という可能性のほうが、圧倒的に高い。総和会は、そういう組織なんだ。じいちゃんだって、手を汚さずに会長の座についたわけじゃない。それをよく思わない人間は、総和会の中にいくらでもいる。表立って揉めないのは、やっぱりそれだけ、じいちゃんの力が絶大だからだ」
そんな存在の弱みになりうるかもしれないと、自分は目されているのだ。和彦は、これまで総和会という組織の中で、自分に向けられた男たちの視線を思い返していた。守光を信奉する男たちの目が行き届いているのか、オンナであることで不愉快な思いをしたことはないが、その中に敵意や害意が含まれていたかもしれないのだ。
本部周辺では現在、この雨にもかかわらず、厳戒態勢が敷かれているという。和彦を本部から遠ざけたのも、不測の事態に備えてのことらしい。
「本部かクリニックにいる先生にはピンとこないだろうけど、夏頃から、総本部とかの空気がちょっとおかしいんだよね。ざわついているというか、浮き足立っているというか」
「どうしてだ?」
「第一遊撃隊の隊長が職務に復帰して、隊自体も活動を再開したから」
思いがけない形で第一遊撃隊の話題が出て、和彦は目を見開く。
「御堂さんのことか……」
「そういえば先生、御堂さんと会ったことあるんだってね。――先生がどこまで知ってるかはわからないけど、あの人がどうこうというより、あの人を、じいちゃんの抵抗勢力の神輿にしたがってる人間がいるんだよ。筆頭は、清道会かな。とにかく、そういう目論見を抱く側と、警戒する側が、総本部の中で面をつき合わせているから、おかしい空気にもなる、とオヤジが言っていた」
ここでドアがノックされ、千尋が素早く反応する。和彦に座っているよう言って、気配を殺してドアのほうへと向かった。どうやら長嶺組の組員だったらしく、戻ってきた千尋の手には、袋とカップがあった。
礼を言って受け取った和彦はさっそくコーヒーを啜り、ほっと吐息を洩らす。千尋がテーブルに頬杖をつき、そんな和彦を優しい眼差しで見つめてくるので、なんだか気恥ずかしくなってくる。
「……なんだ?」
「先生に怪我がなくてよかったと思って。電話越しに先生の悲鳴が聞こえてきたときは、大げさじゃなく、心臓が止まるかと思った」
和彦は片手を伸ばすと、もう一度千尋の髪を手荒く掻き乱した。
ひとまず胃に何か入れるのが先だということで、サンドイッチを食べていた和彦だが、あることがどうしても気になり、つい千尋にこう問うていた。
「今回のことで、御堂さんの立場が悪くなったりするのか……?」
「そう、あからさまなことにはならないんじゃないかな。実行犯もわかっていない、証拠もない状況で、特定の人物を処断するのは、リスクが高い。そもそも、俺がガキの頃から御堂さんを知っているせいかもしれないけど、あの人、そういうことに関わるタイプじゃないんだよ。ヤクザというより、どちらかというと、先生に近いかな。怖いことは怖いけどね」
和彦は内心安堵する。自分だけが御堂をそう思っているわけではないのだ。しかし、千尋の言葉には続きがあった。
「誰が犯人にせよ、俺たちの大事な先生を危険な目に遭わせたんだ。タダじゃ済ませない。――と、俺が言ったところで迫力に欠けるよね。だけど、じいちゃんは本当にやるよ。普段は穏やかそうに見えるけどさ、いざとなると、目的のためなら手段を選ばない人なんだ。総和会の中が荒れようが、必要だと思えば、なんでもやるよ」
怖い思いをしたのは自分だが、和彦は半ば本気で、車を襲ってきた人物に同情していた。もし、身柄を押さえられたとき、どんな目に遭わされるのか想像もつかない。千尋が言うように脅し目的だったのだとしたら、その対価として、守光の怒りを一身に受けるのは、割りに合わないと思うのだ。
優しさからそんなことを思うのではない。自分が騒動の原因になっているかもしれないということに、困惑しているが故だ。
「……怖いな……」
ぽつりと洩らすと、その言葉をどう解釈したのか、今度は千尋が和彦の髪を撫でてきた。
「大丈夫。俺、今夜はここに泊まるよ。ちょうどベッドも二つあるし」
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