血と束縛と

北川とも

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第34話

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 急に南郷が振り返り、藤倉に向かって首を横に振る。藤倉は、あっ、と声を上げたあと、苦笑いを浮かべた。
「ああ、まだお伝えしていないんですか」
「会長なりにタイミングを見計らっているんでしょう」
「なるほど。わたしなどが余計なことを言うべきじゃありませんでしたね」
 意味ありげな二人のやり取りを聞いて、和彦はまたシートから体を起こすことになる。明らかに和彦に関わりのあることなのに、どうやら教えてはくれないらしい。
 南郷がこちらを見て、唇の端に笑みらしきものを刻んだ。
「隠し事ばかりするな、と言いたげな顔だ、先生」
「……いえ」
「心配しなくても、これから先、あんたが知りたがることはたいていのことは教えてやれる。さしあたりまずは、このドライブの目的だな」
 車は一時間近く走り続けたあと、あるショッピングセンターの駐車場へと入る。まさか、この面子でのんびりショッピングということは考えられないので、ここでドライブの目的が判明するのだろう。和彦は、藤倉と並んで歩き、南郷と隊員たちは、少し距離を空けてついてくる。
 駐車場を出て数分ほど歩いたところで、藤倉はあるビルの前で足を止めた。正面玄関の閉じた自動ドアの前に不動産屋の札がかかっており、中はガランとしている。
「――ここがまず、見学する物件の一つ目になります。ショッピングセンターの近くということで、人や車の通りが多いですね。前は、代々続く整形外科医院だったそうで、確かに建物は少し古い。ただ、場所はいいので、デベロッパーも早めの契約を望んでいます」
 淀みなく説明を始めた藤倉に面食らう。一体何事かと思ったが、少し考えれば、嫌でも答えは見えてきた。和彦はおそるおそる空き地を眺めてから、藤倉に確認をする。
「もしかしてここに、総和会のクリニックを……?」
「あくまで候補の一つですが。それと、総和会のクリニックというより、佐伯先生のためのクリニックと考えてください。もっとも、長嶺組のクリニック同様、名義上の経営者は別人となりますし、院長も同様です。何があっても、佐伯先生の名が表に出ることはありません」
 陽射しの強さもあって、軽く眩暈がした。盆の慌しさのせいにするつもりはないが、守光から言われていた新しいクリニック経営について、ひとまず考えるのは後回しにしていたのだ。だが、いくら和彦が返事を先延ばしにしようが、総和会は――守光は着実に動いていた。
 新しいクリニックの候補地を和彦に見学させるというのは、これは一種の恫喝だ。もう事態は進み出しており、あとは和彦の承諾の返事一つなのだと、嫌でも現実を突きつけてくる。
「通勤に少し時間がかかりすぎると思われるかもしれませんが、先生が常勤する必要はありませんし、必要な書類などは、うちの者がお届けにまいります。何日かに一度、顔を出していただければいいというのが、こちらの考えですが、それについては、具体的な決定があってから、おいおい考えましょう」
 和彦のために資料はすでに用意してあると言って、藤倉は小脇に抱えた分厚いファイルを捲り始める。その姿を、和彦は複雑な心境で見つめる。クリニック経営を任されているとはいえ、あくまで美容外科医でしかない和彦は、コンサルタントや税理士などのアドバイスによって、なんとか最低限の義務を果たして切り盛りしているに過ぎない。
 総和会も、腕利きのコンサルタントをすでに雇っているかもしれず、そうなると和彦の意見などほとんど必要とはしていないはずだ。それでも、こうして和彦を連れ出し、意見を尊重しようという姿勢を示すのだ。
 昨晩の賢吾との会話がふいに蘇り、暑いはずなのに、肌がざっと粟立つ。ジャケットの上から腕を擦ろうとして、離れた場所に立つ南郷と目が合った。和彦は露骨に視線を逸らし、ビルを見据えた。


 珍しく車に酔いそうになり、移動の途中、コンビニの駐車場で車を停めてもらう。ペットボトルのお茶を飲んでもすぐに気分がよくなる気がせず、一旦車を降りる。
 冷房の効いた車内に比べると、不快指数が一気に上がるような気温と湿度の高さだが、今の和彦にとっては、むしろこちらのほうが気持ちがいい。大きく息を吐き出すと、再びペットボトルに口をつける。
 視界の隅では、同じく車を降りた南郷と藤倉が何か相談してから、すぐに離れる。藤倉は携帯電話で話し始め、一方の南郷は、もう一台の車から降りてきた男と今度は話し始めた。
「あんたの調子がよくなるまで、ここで休憩だ」
 男と別れ、和彦の側までやってきた南郷が声をかけてくる。
「……すみません」
「気にしなくていい。あんたを連れ回しているのは、こっちだからな。大事になる前に申告してもらったほうが、いろいろと気をつかえる」

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