血と束縛と

北川とも

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第34話

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 卑猥な言葉をたっぷり耳元に注ぎ込まれ、和彦は全身を貫くような快美さに襲われる。内奥から指を引き抜き、和彦の唇を啄ばみながら、賢吾が下腹部を優しく撫でてくる。
「――あのとき、オヤジが言っていた言葉を覚えているか?」
 ふいに賢吾に問われ、和彦は戸惑う。『あのとき』がいつを指しているかはわかる。ただ、問いかけの意図がわからなかったのだ。
「断片的には……」
「俺は傍らで聞いていて、よく覚えている。俺たちは何もかも納得したうえで、お前にあんなことをしたんだが、そんな俺でもドキリとするようなことを、オヤジはお前に言ったんだ」
 賢吾がぐっと和彦の目を覗き込んでくる。
「お前相手にオヤジは、『子を成す』という表現を使った。もちろん、作ることはできないという前提での話で、おかしいことは言ってない。だが俺はあのとき、オヤジの底の知れない禍々しさみたいなものを垣間見た気がした。どこが、とは聞くなよ。俺自身、なんでこんなことが気になるのか、よくわからねーんだ」
 血が繋がっているからこそ、感じるものがあるのだろう。常に自信に満ち溢れた男が、こんな曖昧なことを口にするのは珍しかった。だからこそ、簡単に聞き流すことはできない。
 普段は意識しないよう努めている、守光に対する、考えの読めない得体の知れなさが、より色濃くなったようだった。
「怖がらせたか?」
 指先でうなじをくすぐりながら賢吾が聞いてくる。和彦は、大蛇が潜む目をじっと見つめ返した。
「ぼくはいつだって、長嶺の男が怖い」
「薄情だな。いつだって、優しく愛してやっているのに」
 賢吾にニヤリと笑いかけられた和彦は、背の刺青にそっと爪を立てた。




 盆休みの最終日、和彦はもっとも会いたくなかった人物と、朝から顔を合わせることになる。
「――申し訳ありません、佐伯先生。せっかくのお休みなのに、つき合わせることになってしまって」
 藤倉の言葉に、ぎこちない笑みを浮かべた和彦は首を横に振る。
「いえ……。ぼくは普段は仕事がありますから、仕方ありません。ただ、ぼくに同行してもらいたいところがあるというのは……」
「堅苦しく考えないでください。まあ、ちょっとしたドライブだと思っていただければけっこうです」
 ドライブ、と口中で反芻した和彦は、目の前にある岩のように頑丈そうな背を一瞥する。和彦の冷めた視線を感じたわけではないだろうが、前触れもなく南郷が肩越しに振り返った。
 朝から面倒に巻き込まれていると、正直、心の中では思っていた。
 総和会本部に戻ったのは前夜で、守光と他愛ない会話を交わしてすぐに客間に入り、そのまま休んだのだが、今朝になって守光から、今日は藤倉につき合ってやってほしいと言われたのだ。長嶺の男たちが、詳しい事情を説明しないのはいつものことなので、さほど気にもかけなかったが――。
 玄関先で、藤倉と南郷が並んで立った姿を見たときから、脳内で警報が響き渡っていた。駐車場に移動するまでの間、具合が悪いからといって引き返せないものかと、まるで子供のようなことを考えていたが、実行に移せるはずもなく、藤倉とともに車の後部座席に乗り込む。
 今日の組み合わせは、本当に異例だった。ハンドルを握るのは藤倉の部下だという男で、なぜか南郷が、当然のような顔をして助手席に座っている。前方を走っているのは第二遊撃隊の車で、後方は文書室の車ということで、ちょっとした大名行列だ。
「佐伯先生を連れ出すわけですから、護衛なしというわけにはいきません」
 よほど和彦が居心地悪そうな顔をしていたらしく、藤倉が愛想よく笑いながらそんなことを言った。
「……ドライブ、ですよね?」
「ドライブの途中、ちょっと見ていただくものがありますが、まあ、堅苦しく考えないでください」
 そう言われてますます不安になるが、走行中の車から飛び降りるわけにもいかない。南郷だけなら警戒してもし足りないことはないが、藤倉も一緒ということで、その点については安心してもいいだろう。
 和彦は覚悟を決めると、ようやくシートに体を預ける。すると、気をつかった藤倉が話題を振ってくる。
「本部での生活には慣れましたか、佐伯先生?」
「ええ、まあ……。申し訳ないぐらい、よくしていただいています」
「会長は先生のことを大変気に入っておられて、まだまだし足りないとおっしゃってましたよ。もっと甘えてもらってもいいんだが、とも」
「とんでもないっ」
 ムキになって否定したあと、和彦は声を抑えて付け加える。
「本当に、十分よくしていただいていますから……」
「会長としても、お医者さんが側に控えていると安心するのでしょう。工事のほうも急がせて――」
「――藤倉さん」

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