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第34話
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部屋に入ると、鷹津の話はここまでだと言いたげに、賢吾に髪を撫でられる。こうして触れられるのは、長嶺の男三人を受け入れた夜以来だった。いつもと変わらない手の感触だが、ひどく意識してしまい、頬が熱くなってくる。
「今日までゆっくり過ごせたか?」
「まあ……。ぼくは、ひたすらゴロゴロしていたけど、世話を焼く三田村は大変だったと思う」
「あいつは、そんなことを苦に感じたりしないだろ。先生の側にいられりゃ、それでいいんだ。――その一方で、俺や千尋はほったらかしになっていたんだが」
冗談交じりの当て擦りに、和彦はじろりと賢吾を睨む。
「あんたたちと離れられて、正直、助かったと思ったんだからな。あんなことをして……、体はきつかったし、精神的に動揺していたし。側にいてくれたのが、三田村でよかった」
「そこまで言われると、妬ける」
魅力的なバリトンを際立たせる囁きに、和彦は一気に身構え、顔を強張らせる。賢吾の本質が大蛇だと知っているだけに、不吉な考えが脳裏を過っていた。賢吾は、和彦が何を危惧したのかわかったらしく、ニヤリと笑った。
「俺は、そこまで狭量じゃないぜ。先生に必要だから、三田村を与えた。あいつのおかげで、先生の精神状態は落ち着いているともいえるしな」
「……嫌な、言い方だ」
「だったら言い方を変えよう。先生から、特別な男を取り上げたりはしない。そう言うと、先生はいくらでも特別な男を作りそうで、それはそれで怖いが」
いつもであれば、人をなんだと思っているのだと抗議の一つでもするところだが、寸前に鷹津の話題を持ち出してしまったばかりに、変に意識してしまい、何も言えない。
和彦が黙り込むと、ふっと笑みを浮かべた賢吾があごの下をくすぐってくる。
「呆れているのか? 先生があんまり愛しげに三田村の名を呼ぶから、からかっただけだ」
「あんたが言うと、なんでも冗談に聞こえないんだ。自分の肩書きを考えてくれ」
「そんな俺でも、先生のことになると、単なる男になるということだ」
艶っぽい流し目を寄越され、危うく和彦は大蛇の毒気にあてられそうになる。なんとなく賢吾から距離を取ろうとしたが、和彦の行動などお見通しだったらしく、腰に腕が回され引き戻された。反射的に賢吾の胸に手を突いたが、間近からじっと目を覗き込まれると、ささやかな抵抗心など潰える。
首の後ろに手がかかり、ゆっくりと唇が重なってきた。まるで獲物の肉を味見するように、いきなりきつく唇を吸われたあと、甘噛みされた。痛みと心地のよさの紙一重の感覚に、背筋にゾクリと疼きが駆け抜け、和彦の足元が乱れる。一層強く腰を引き寄せられた。
上唇と下唇を交互に吸われ、噛まれているうちに、不意打ちのように口腔に熱い舌が入り込む。ねっとりと粘膜を舐め回され、上あごの裏を舌先でくすぐられて、和彦は鼻にかかった甘い声を洩らす。
舌を絡め合いながら唾液を交わしていると、賢吾の手が首の後ろから下りていく。背から腰へと移動した手は、待ちかねていたように、布の上から尻の肉を掴んできた。痛みに小さく呻くと、唇を触れ合わせたまま賢吾が囁いてきた。
「俺たちがしたように、三田村にも、この尻にいっぱい出してもらったか?」
冗談などではなく、本当に賢吾は嫉妬しているのだと感じた。
この男が、和彦の奔放な男関係に寛容なのは、いざとなれば、いつでもその男たちから和彦を取り上げられるという自信からくるものだ。これまでも嫉妬心からくるような言動はあったが、それはどこか冗談交じりであり、自身も、楽しんでいるふうでもあった。
しかし今は、賢吾の余裕の微かな軋みのようなものを感じる。
なぜか、と自問しながら和彦は、賢吾の頬にてのひらを押し当てる。大蛇の潜む目をじっと覗き込んで答えた。
「三田村とは、していない。……本当に、体がきつかったんだ。長嶺の男たちにとって、〈あれ〉が必要だったんだろうから、文句は言わない。だけど、もう二度と――」
「血の盃は、同じ相手と一度だけ交わすから価値がある。……俺も初めての経験だったが、先生の体のことをもっと気遣うべきだったな。長時間の車の移動も堪えただろ」
曖昧な返事ではぐらかすと、賢吾が低く笑い声を洩らし、今度は甘やかすように優しく唇を吸い上げてきた。ここでようやく和彦は、賢吾に身を預けることができる。両腕を広い背に回し、てのひらを這わせる。
「――長嶺の男は、血にこだわる。千尋はまだピンときてないだろうが、俺はそうだし、オヤジは特にそうだ。オヤジの上の世代もそうだったらしい。自分の血を受け継がせるということもそうだが、長嶺という家や組の在り方に、血の繋がらない人間まで巻き込む……いや、組み込む、だな」
「物騒な表現だ」
「今日までゆっくり過ごせたか?」
「まあ……。ぼくは、ひたすらゴロゴロしていたけど、世話を焼く三田村は大変だったと思う」
「あいつは、そんなことを苦に感じたりしないだろ。先生の側にいられりゃ、それでいいんだ。――その一方で、俺や千尋はほったらかしになっていたんだが」
冗談交じりの当て擦りに、和彦はじろりと賢吾を睨む。
「あんたたちと離れられて、正直、助かったと思ったんだからな。あんなことをして……、体はきつかったし、精神的に動揺していたし。側にいてくれたのが、三田村でよかった」
「そこまで言われると、妬ける」
魅力的なバリトンを際立たせる囁きに、和彦は一気に身構え、顔を強張らせる。賢吾の本質が大蛇だと知っているだけに、不吉な考えが脳裏を過っていた。賢吾は、和彦が何を危惧したのかわかったらしく、ニヤリと笑った。
「俺は、そこまで狭量じゃないぜ。先生に必要だから、三田村を与えた。あいつのおかげで、先生の精神状態は落ち着いているともいえるしな」
「……嫌な、言い方だ」
「だったら言い方を変えよう。先生から、特別な男を取り上げたりはしない。そう言うと、先生はいくらでも特別な男を作りそうで、それはそれで怖いが」
いつもであれば、人をなんだと思っているのだと抗議の一つでもするところだが、寸前に鷹津の話題を持ち出してしまったばかりに、変に意識してしまい、何も言えない。
和彦が黙り込むと、ふっと笑みを浮かべた賢吾があごの下をくすぐってくる。
「呆れているのか? 先生があんまり愛しげに三田村の名を呼ぶから、からかっただけだ」
「あんたが言うと、なんでも冗談に聞こえないんだ。自分の肩書きを考えてくれ」
「そんな俺でも、先生のことになると、単なる男になるということだ」
艶っぽい流し目を寄越され、危うく和彦は大蛇の毒気にあてられそうになる。なんとなく賢吾から距離を取ろうとしたが、和彦の行動などお見通しだったらしく、腰に腕が回され引き戻された。反射的に賢吾の胸に手を突いたが、間近からじっと目を覗き込まれると、ささやかな抵抗心など潰える。
首の後ろに手がかかり、ゆっくりと唇が重なってきた。まるで獲物の肉を味見するように、いきなりきつく唇を吸われたあと、甘噛みされた。痛みと心地のよさの紙一重の感覚に、背筋にゾクリと疼きが駆け抜け、和彦の足元が乱れる。一層強く腰を引き寄せられた。
上唇と下唇を交互に吸われ、噛まれているうちに、不意打ちのように口腔に熱い舌が入り込む。ねっとりと粘膜を舐め回され、上あごの裏を舌先でくすぐられて、和彦は鼻にかかった甘い声を洩らす。
舌を絡め合いながら唾液を交わしていると、賢吾の手が首の後ろから下りていく。背から腰へと移動した手は、待ちかねていたように、布の上から尻の肉を掴んできた。痛みに小さく呻くと、唇を触れ合わせたまま賢吾が囁いてきた。
「俺たちがしたように、三田村にも、この尻にいっぱい出してもらったか?」
冗談などではなく、本当に賢吾は嫉妬しているのだと感じた。
この男が、和彦の奔放な男関係に寛容なのは、いざとなれば、いつでもその男たちから和彦を取り上げられるという自信からくるものだ。これまでも嫉妬心からくるような言動はあったが、それはどこか冗談交じりであり、自身も、楽しんでいるふうでもあった。
しかし今は、賢吾の余裕の微かな軋みのようなものを感じる。
なぜか、と自問しながら和彦は、賢吾の頬にてのひらを押し当てる。大蛇の潜む目をじっと覗き込んで答えた。
「三田村とは、していない。……本当に、体がきつかったんだ。長嶺の男たちにとって、〈あれ〉が必要だったんだろうから、文句は言わない。だけど、もう二度と――」
「血の盃は、同じ相手と一度だけ交わすから価値がある。……俺も初めての経験だったが、先生の体のことをもっと気遣うべきだったな。長時間の車の移動も堪えただろ」
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「――長嶺の男は、血にこだわる。千尋はまだピンときてないだろうが、俺はそうだし、オヤジは特にそうだ。オヤジの上の世代もそうだったらしい。自分の血を受け継がせるということもそうだが、長嶺という家や組の在り方に、血の繋がらない人間まで巻き込む……いや、組み込む、だな」
「物騒な表現だ」
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