血と束縛と

北川とも

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第33話

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「仕事として命じられてはいるし、先生を守るのは義務だとも思っているが、先生と一緒に過ごせることを、仕事だとは思っていない。俺がそうしたいんだ。何より、喜びも幸せも感じている。どんなときよりも」
 甘い囁きというには、あまりに朴訥とした口調だが、それが三田村の優しさと誠実さを何よりも物語っているようで、和彦の心は溶かされる。
「――……わかっているつもりだったけど、やっぱり若頭補佐は、ぼくに甘い。甘すぎる」
「嫌か、先生?」
「嫌というより、怖い。ぼくがどんどん、もっと甘やかせとあんたにせがみそうで」
「そうなった先生を、見てみたいものだな」
「実際そうなると、ぼくなんてさっさと放り出したくなるかもしれないぞ」
 冗談めかしたやり取りだったが、三田村はこのときだけは真剣な声で短く応じた。
「――それは絶対に、ない」


 外で夕食を済ませ、簡単な買い物を済ませて三田村が借りている部屋に着いたとき、辺りは薄闇に覆われようとしていた。室内にこもった熱気を嫌って、すぐに三田村がエアコンを入れる。
 和彦は、買ってきたミネラルウォーターやアルコール類を冷蔵庫に仕舞おうとしたが、ジャケットを脱ぎながら三田村が慌ててやってきて、和彦の手から缶ビールを取り上げた。
「先生は何もしなくていい。疲れてるんだから、座っていてくれ」
「それなら、あんただってずっと運転していただろ」
「俺は平気だから」
 肩に手を置かれ、顔を覗き込まれて言われると、これ以上何も言えない。引かれたイスに腰掛けて、三田村の行動を見守る。
 前回、この部屋を訪れたときは、梅雨時だった。時間を惜しむように、部屋に入るなり抱き合い、もつれ合いながらベッドに倒れ込み、体を重ねた。会話らしい会話も、あまり交わさなかった気がする。せっかく三田村が借りてくれている部屋だが、本来の、寛ぐための目的として利用したことは、あまりないかもしれない。
 それもこれも、和彦の立場が複雑になってきたためだ。
 胸の奥で、三田村に対する罪悪感がチクリと痛みを発する。微かに顔をしかめた和彦は、三田村に悟られるのを避けるように、顔を背ける。そこでやっと、部屋の変化に気づいた。
「カーテン、替えたのか……」
 和彦がぽつりと洩らすと、冷蔵庫の前で腰を屈めていた三田村が振り返る。
「少しは夏らしいものにしようかと思って。自分の部屋なら、何年同じカーテンだろうが気にもならないのに、不思議なものだな。この部屋だと、細かなことが気になる。もっとも、俺が選んだものだから、合ってないかもしれないが」
「そんなことない。涼しげで、いい感じだ」
 淡い青色のカーテンを眺めつつ、和彦は笑みをこぼす。ここで大事な用を思い出し、携帯電話を手に取る。三田村の部屋に着いたと、簡潔な文章を打ち込んでから、賢吾に送信する。この部屋にいて、三田村と二人きりになった時点で、電話とはいえ、賢吾と直接話したくなかった。強烈すぎる昨夜の出来事に、意識を引き戻されたくない。
 携帯電話を置くと、三田村はまだこちらに背を向けたままだった。お互い、気をつかい合っていると気配で察してはいるが、あえて口には出さない。
 和彦は勢いよく立ち上がると、バッグの中を探る。
「三田村、先にシャワーを使っていいか? 早く楽な格好になりたい」
「ああ。だったら、ベッドの下のボックスに新しいパジャマを入れてあるから、着てくれ」
「……もしかして、あんたとお揃いとか」
 三田村は背を向けたまま答えてはくれなかった。
 くっくと笑い声を洩らしながら、和彦は言われた通りに新品のパジャマと下着を抱えてバスルームに向かう。
 昼前に宿で入浴を済ませ、そのあと特に汗をかくようなこともなかったので、再びの入浴は必要ないのだが、気持ちの問題として、宿から引きずっているものをすべて洗い流してしまいたかった。
 ぬるめの湯を頭の先から浴びながら、自分が少しずつリラックスしてきているのがわかった。和彦は吐息を洩らし、顔を仰向けたまま目を閉じる。すると、背後で扉が開く音がして、背後から抱き締められた。ぴったりと重なった肌の感触は熱い。
 肩に唇が押し当てられ、ゾクゾクするような心地よさが全身を駆け抜ける。
「今日は、体を見られたくなかったんだ」
 前に回された腕を撫でながら和彦が言うと、三田村は肩に強く吸い付いた。おそらく跡がついたはずだ。
「先生が何を気にしているかは、わかっているつもりだ。だけど俺は、それでも見たかったし、触れたかった」

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