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第33話
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そんなことを言い合いながら駐車場に向かう。和彦は当然、行き同様、千尋と同じ車に同乗するつもりだったが、案内されたのは別の車だった。しかも車の傍らに待機しているのは、三田村だ。
「どうして……」
和彦はその場で問いかけようとしたが、三田村は無表情のまま後部座席のドアを開け、車に乗るよう示す。困惑しながら周囲を見回すと、ちょうど車に乗り込もうとしている賢吾と目が合い、軽く片手をあげて寄越された。次に、こちらを見ている南郷の姿に気づく。和彦は、露骨に南郷を無視して車に乗った。
賢吾の意図は、理解したつもりだ。疲れきっている和彦のために、三田村との二人きりの空間を用意してくれたのだろう。他の組員が同乗していないため、車中でいくらでも寛ぐことができると考えたのかもしれないが、和彦としては、心中はいささか複雑だった。
昨夜、長嶺の男たち三人を受け入れたばかりの体を、三田村が運転する車の中で休めるというのは、考えようによっては残酷だ。気遣いばかりではなく、賢吾としては、和彦の所有権をこんな形で示そうとした――というのは、勘繰りすぎかもしれない。
なんと三田村に話しかけようかと考えているうちに、車が一台ずつ駐車場を出て行き、その車列に三田村が運転する車も加わる。
「――中嶋に言われて気づいたんだ」
ふいに三田村が話し始める。
「えっ」
和彦が目を丸くしてシートから体を起こすと、正面を向いたまま三田村が微かに首を横に振る。
「すまない。邪魔なら、黙っている」
「いやっ……、邪魔なんて。大丈夫だから、続けてくれ」
普段、三田村と会うどころか、話す機会すらなくなっている。こんなときだからこそ、ハスキーな優しい声をたっぷり鼓膜に染み込ませておきたかった。
「せっかく海に来たのに、写真を一枚も撮ってない。普段から、きれいな風景とか無縁な生活を送っているから、いざとなると思いつかないものだな」
「言われてみれば、ぼくも撮ってないな。彼は、何か撮ったと言っていたか?」
ここで少し不自然な間が空く。
「……先生の水着姿を……」
「それは、からかわれたんだっ。言っておくが、撮らせてないからな」
「だと思った」
「あんたのことだから、まじめな顔で聞いてたんだろ」
「どうだろう」
答えた三田村の声は、わずかに笑いを含んでいる。和彦も、二人の会話の様子を想像しておかしくなってきて、声を洩らして笑っていた。
三田村と他愛ない会話を交わしているうちに、車は高速に乗り、しばらく走り続けたところでサービスエリアが見えてくる。先を走る長嶺組や総和会の車は寄っていくようだが、三田村が運転する車は通り過ぎてしまう。
どういうことなのか状況が呑み込めず戸惑っていると、和彦の携帯電話が鳴った。賢吾からだ。
『連れ回した詫びというわけじゃないが、先生は明後日まで、三田村と過ごせ』
電話の向こうからの賢吾の言葉に、和彦は喜ぶよりも先に疑問を抱く。
「突然なのはいつものことだが、それは、あんたの独断か?」
『いや、オヤジの提案だ。先生を離したがらない男が一体どういう風の吹き回しかと、俺も思ったぐらいだ』
賢吾の声にわずかに皮肉の響きが加わる。
『理由を聞くと、ウソか本当かわからないが、古い友人と突然会うことになったらしい。その準備でバタバタして落ち着かないから、だったらその間、先生に本当の盆休みを取らせようと思ったそうだ』
「古い、友人……」
『自分が一応病み上がりだということは、すっかり忘れているようだ。俺より精力的かもしれん』
昨夜の行為が蘇りそうになり、必死に頭から追い払う。
『ここのところ、長嶺の男たちで先生を独占していたからな。昨夜のこともあるから、先生もゆっくりと休みたいだろう。だったら、信頼できる男に預けるしかないというわけだ』
礼を言うのも変なので、わかった、とだけ答えて電話を切る。
突然、三田村と明後日まで一緒に過ごせと言われ、嬉しくないはずがないのだが、状況の変化に頭が追いつかない。
バックミラー越しに一瞬だけ三田村と目が合った。
「組長からの説明、聞いたか?」
「あくまで総和会の事情、と」
「……結局また、ぼくのことであんたを振り回しているな」
「先生が気に病む必要はない。そもそも、先生を振り回しているのは、俺たちの都合なんだから」
「それでも……、あんたみたいな男が、ぼくのお守りみたいな仕事――」
「仕事じゃない」
珍しく厳しい口調で三田村が言い切る。驚いた和彦に対して、いくらか動揺した様子で三田村が続けた。
「どうして……」
和彦はその場で問いかけようとしたが、三田村は無表情のまま後部座席のドアを開け、車に乗るよう示す。困惑しながら周囲を見回すと、ちょうど車に乗り込もうとしている賢吾と目が合い、軽く片手をあげて寄越された。次に、こちらを見ている南郷の姿に気づく。和彦は、露骨に南郷を無視して車に乗った。
賢吾の意図は、理解したつもりだ。疲れきっている和彦のために、三田村との二人きりの空間を用意してくれたのだろう。他の組員が同乗していないため、車中でいくらでも寛ぐことができると考えたのかもしれないが、和彦としては、心中はいささか複雑だった。
昨夜、長嶺の男たち三人を受け入れたばかりの体を、三田村が運転する車の中で休めるというのは、考えようによっては残酷だ。気遣いばかりではなく、賢吾としては、和彦の所有権をこんな形で示そうとした――というのは、勘繰りすぎかもしれない。
なんと三田村に話しかけようかと考えているうちに、車が一台ずつ駐車場を出て行き、その車列に三田村が運転する車も加わる。
「――中嶋に言われて気づいたんだ」
ふいに三田村が話し始める。
「えっ」
和彦が目を丸くしてシートから体を起こすと、正面を向いたまま三田村が微かに首を横に振る。
「すまない。邪魔なら、黙っている」
「いやっ……、邪魔なんて。大丈夫だから、続けてくれ」
普段、三田村と会うどころか、話す機会すらなくなっている。こんなときだからこそ、ハスキーな優しい声をたっぷり鼓膜に染み込ませておきたかった。
「せっかく海に来たのに、写真を一枚も撮ってない。普段から、きれいな風景とか無縁な生活を送っているから、いざとなると思いつかないものだな」
「言われてみれば、ぼくも撮ってないな。彼は、何か撮ったと言っていたか?」
ここで少し不自然な間が空く。
「……先生の水着姿を……」
「それは、からかわれたんだっ。言っておくが、撮らせてないからな」
「だと思った」
「あんたのことだから、まじめな顔で聞いてたんだろ」
「どうだろう」
答えた三田村の声は、わずかに笑いを含んでいる。和彦も、二人の会話の様子を想像しておかしくなってきて、声を洩らして笑っていた。
三田村と他愛ない会話を交わしているうちに、車は高速に乗り、しばらく走り続けたところでサービスエリアが見えてくる。先を走る長嶺組や総和会の車は寄っていくようだが、三田村が運転する車は通り過ぎてしまう。
どういうことなのか状況が呑み込めず戸惑っていると、和彦の携帯電話が鳴った。賢吾からだ。
『連れ回した詫びというわけじゃないが、先生は明後日まで、三田村と過ごせ』
電話の向こうからの賢吾の言葉に、和彦は喜ぶよりも先に疑問を抱く。
「突然なのはいつものことだが、それは、あんたの独断か?」
『いや、オヤジの提案だ。先生を離したがらない男が一体どういう風の吹き回しかと、俺も思ったぐらいだ』
賢吾の声にわずかに皮肉の響きが加わる。
『理由を聞くと、ウソか本当かわからないが、古い友人と突然会うことになったらしい。その準備でバタバタして落ち着かないから、だったらその間、先生に本当の盆休みを取らせようと思ったそうだ』
「古い、友人……」
『自分が一応病み上がりだということは、すっかり忘れているようだ。俺より精力的かもしれん』
昨夜の行為が蘇りそうになり、必死に頭から追い払う。
『ここのところ、長嶺の男たちで先生を独占していたからな。昨夜のこともあるから、先生もゆっくりと休みたいだろう。だったら、信頼できる男に預けるしかないというわけだ』
礼を言うのも変なので、わかった、とだけ答えて電話を切る。
突然、三田村と明後日まで一緒に過ごせと言われ、嬉しくないはずがないのだが、状況の変化に頭が追いつかない。
バックミラー越しに一瞬だけ三田村と目が合った。
「組長からの説明、聞いたか?」
「あくまで総和会の事情、と」
「……結局また、ぼくのことであんたを振り回しているな」
「先生が気に病む必要はない。そもそも、先生を振り回しているのは、俺たちの都合なんだから」
「それでも……、あんたみたいな男が、ぼくのお守りみたいな仕事――」
「仕事じゃない」
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