血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
790 / 1,268
第33話

(25)

しおりを挟む



 和彦がようやく目を覚ましたのは、午前十時を少し過ぎた頃だった。
 全身の力を奪い取られたようなひどい脱力感と腰に残る疼痛に、昨夜の出来事が本当にわが身に起こったのだと実感し、しばし呆然としてしまう。
 空恐ろしさと不安、強い羞恥といった感情にたっぷり苛まれていたが、いつまでも布団の中にいるわけにもいかず、苦労して布団から出て、なんとか着替えを済ませる。このとき気づいたが、誰かが丁寧に後始末をしてくれたらしく、行為のあと特有の肌に残る不快さはまったくなかった。それでも体の奥には、まだしっかりと、長嶺の男たちの残滓が感じられる。
 守光に言われた言葉を思い返し、なぜだか胸の奥が疼いた。そんな自分の反応に、和彦は戸惑う。まるで、あの行為を喜んでいるようだと思ったからだ。
 しかし、今はあれこれ考えるには、気力も体力もあまりに足りない。
 深くため息をついてから、覚悟を決めて襖を開ける。隣の部屋を覗いてみたが、そこには誰の姿もなかった。
 座卓に歩み寄ると、メモ用紙が置いてあり、そこに千尋の字で、賢吾とともに挨拶回りに行ってくると書かれていた。『ゆっくり休んで』という一言も添えられており、和彦としては苦笑を洩らすしかない。
 ふらつく足取りで窓に歩み寄り、外の景色を眺める。
 強い陽射しが降り注ぐ砂浜に人の姿はなく、海は穏やかだ。一昨日、海で泳いで楽しんだばかりだというのに、もう遠い日の出来事のように感じられる。一足先に、自分の中で夏が終わってしまったかのようだ。
 ぼんやりしていた和彦だが、微かに携帯電話の着信音が聞こえて我に返る。自分の携帯電話だと気づき、反射的に室内を見回してから、慌てて隣の寝室に戻る。電話の相手は中嶋だった。
『もしかして、まだお休みでしたか?』
「いや、起きたところだ」
『それはよかった。実は長嶺組長から、先生のお世話を頼まれたんです。本来なら三田村さんの役目なんでしょうけど、長嶺組長たちと一緒に出られたので、それで俺に』
 内心、中嶋でよかったと安堵していた。ふらふらになっている自分の姿を、あまり三田村には晒したくなかったのだ。あらゆる痴態を見られてきたとはいえ、昨夜の〈あれ〉は特別だ。
『先生、お腹は空いてませんか? 朝食をとってないでしょう』
「お腹……」
 和彦は、自分の腹に手を当てる。空腹なような気もするが、胸がいっぱいで、食べ物が喉を通る気がしない。微妙な状態を中嶋に伝えられる自信がなくて、曖昧に答える。
「食べたいような気もするが、実際目の前に食事が並ぶと、食べられないかもしれない」
『だったら、軽いものがいいですね。宿に頼んで、何か準備してもらいます。部屋で待っていてください』
 中嶋は今日も甲斐甲斐しい。礼を言って電話を切った和彦は再び隣の部屋に行き、一度は座椅子に腰掛けたが、昨夜の光景がどうしても蘇って落ち着かない。
 自分の体が自分のものではないような、奇妙な感覚に襲われる。なんとなく自分のてのひらを見つめていると、奇妙な感覚の正体がわかるようだ。
 これまで、長嶺の男たちに所有されているという意識はあったが、昨夜のあの行為のおかげで、それは生ぬるい表現だと痛感した。この体に、長嶺の男たちの〈血〉が流し込まれたのだ。所有欲と独占欲、支配欲というドロドロとした〈血〉が。
 そんなものを流し込まれたこの体は、自分のものでありながら、すべてが自分のものというわけではない――。
 あの男たちは、どこまで求めてくるのだろうかと考えて、和彦は身を震わせる。厄介な疼きを伴った悪寒に襲われていた。
 居たたまれない気分となり、結局また立ち上がり、窓に近づく。気分転換に散歩に出たいところだが、さすがにまだ足元が覚束ない。何より、湯を浴びて体を洗うのが先だろう。
 熱を帯びたため息をついた次の瞬間、和彦は体を強張らせる。いつの間にか背後に、人が立っていることに気づいたからだ。
 瞬間的に脳裏を過ったのは、長嶺の男たちを狙う侵入者の存在だった。しかし、そうではないとすぐに察する。同時に、自分の迂闊さを心の中で罵っていた。
 もっと早くに違和感に気づくべきだったのだ。守光の側近である男の姿を、昨日から見かけていないことに。それがいかに不自然であることか。
「――少し日に焼けたか、先生?」
 耳のすぐ後ろから囁きかけられ、総毛立つ。うなじに柔らかな感触が押し当てられ、不快さに呻き声を洩らす。和彦は身を捩ろうとしたが、背後から悠然と抱き竦められて、それだけで動けなくなった。逞しい腕の感触に、耳にかかる荒い息遣い、背で感じる大きな体躯は、和彦にとって嫌悪の象徴そのものだ。同時に、淫らな記憶も刺激される。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

処理中です...