血と束縛と

北川とも

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第33話

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「今、広間のほうで、みんな集まって宴会してるんだ。さすがに先生にも顔を出せなんて言わないから、ここに晩メシを運ばせようか? 俺、つき合うから」
「何言ってるんだ。長嶺組の跡目を独占するわけにはいかないだろ。ぼくは、一人でゆっくり過ごさせてもらうから、お前は行ってこい」
 一緒にいてほしいという言葉でも期待していたのか、不服そうに唇を尖らせた千尋だが、和彦のほうから唇を吸ってやると、ちらりと笑みをこぼす。
「先生、機嫌よくなったみたい」
「今なら、お前の多少のわがままでも、笑って受け流せそうだ」
「受け止めるんじゃなくて、受け流すんだ……」
 離れがたい様子の千尋だったが、和彦が促すと、渋々といった顔で立ち上がる。
「オヤジたちには伝えておくから、ゆっくり晩メシ食ったら、風呂に入るといいよ。大浴場からだと、もっとよく海が見えるらしいし」
 そう言い置いて千尋が部屋を出て行く。再び一人となった和彦は立ち上がると、窓を開け、海と夕日という贅沢な組み合わせに見入る。そうしていると、千尋が伝えてくれたらしく、食事が運ばれてきた。
 一人での食事というのは久しぶりだった。本部だろうがクリニックだろうが、食事のときには、常に誰かが側にいる状態だ。そのことを疎ましいと感じることはなかったが、たまには完全に一人というのも気楽でいいと、刺身の美味しさに感心しつつ和彦は思う。
 食事を終え、膳を下げてもらってから、テレビのニュース番組を漫然とチェックしていたが、大事なことを思い出し、慌てて浴衣に着替えて大浴場に向かう。部屋に露天風呂は付いているが、こういうときでもなければ広い風呂に入る機会はない。
 予想した通り、和彦以外に人の姿はなく、おかげでゆっくりと、湯と、大浴場の窓からの景色を堪能することができた。堪能しすぎて、危うく湯あたりを起こしそうになったぐらいだ。
 急いで部屋に戻る必要もないため、和彦は大浴場を出たその足で、今度はラウンジに向かう。
 オレンジジュースを飲みながら、体の火照りを冷ます頃には、外はすっかり暗くなっていた。空には星が輝いているが、海には漆黒の闇が広がり、その闇に見入ってしまう。
「――部屋に戻ってこないつもりか、先生」
 背後から声がかかり、和彦はソファから腰を浮かせて振り返る。浴衣姿の賢吾が立っていた。
「その格好……。あんたも風呂に入ったのか」
「部屋の風呂にな」
「宴会は?」
「俺たちがいると気が抜けないだろうから、引き上げてきた」
 傍らに立った賢吾に、まだ湿り気の残った髪を弄ばれる。
「よく昼寝できたようだな。メシもしっかり食ったようだし」
「……昼寝することになったのは、あんたと千尋にも責任があるんだからな。反省してくれ」
「あとでまとめてすることにしよう」
 意味ありげな物言いに、和彦は胡乱な目を向ける。賢吾は薄く笑んで片手を差し出してきた。
「そろそろ、俺の部屋に来ないか?」
 賢吾の言葉で、昨夜の肉欲の残り火がまだ胸の奥でくすぶっているのだと、このとき初めて和彦は気づかされた。うろたえると同時に羞恥し、即座に返事ができない和彦の頬を、賢吾が指先でスッと撫でてくる。
「来い、和彦」
 バリトンを際立たせる低い声で短く命じられると、逆らう術はない。和彦は頷く代わりに賢吾の手を握り締めた。
 賢吾の部屋は、渡り廊下を通った離れの一室だった。護衛は一人もついておらず、それを少し不思議に思いながら、玄関に入る。するとすでに、二組のスリッパが並んでいた。ハッとして賢吾を見ると、頷いて返される。
 察するものがあった和彦は急に引き返したい気持ちになったが、背に賢吾の手がかかると、実行に移すことは不可能だ。顔を強張らせて部屋に入ると、やはり守光と千尋の姿があった。守光はともかく、千尋のいつになく引き締まった表情を目にして、これから何かあるのだと確信する。
 和彦は、すがるように賢吾を見つめる。鷹津の件での後ろめたさもあり、痛めつけられるのではないかと本能的に怯えたのだ。しかし賢吾は、そんな和彦を宥めるように優しく髪を撫でてくる。
「そんなに怖がらなくていい。俺〈たち〉が、先生に手荒なことをするはずがないだろう」
「でも……」
「長嶺の家にとって、大事な儀式だ。俺たちと先生で行う、な」
 それが一体どんな儀式であるか、座っている二人の傍らに敷かれた布団を見れば、予測はつく。

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