血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
782 / 1,268
第33話

(17)

しおりを挟む
 おかげで、次に目を開けたとき、すぐには状況が認識できなかったぐらいだ。
 笑っている千尋に間近から顔を覗き込まれ、優しく頬を撫でられる。
「もうすぐ着くよ」
「……どれぐらい眠ってた?」
「一時間も目を閉じてなかった。本当はとっくに着いてるはずなんだけど、渋滞に捕まったからね」
 まだ夢うつつの状態で説明を聞きながら身じろいだ拍子に、千尋の肩に頭をのせていることに気づく。
「すぐに起こしてよかったのに。重かっただろ……」
「先生が疲れてるの、俺とオヤジのせいだから、これぐらい大したことないよ」
 また昨夜の行為が蘇ってしまい、羞恥のため和彦は何も言えない。千尋も刺激されるものがあったのか、和彦の唇を軽く啄ばんできた。
 和彦はシートに座り直し、外の景色に目を向ける。海沿いの道を走っていたはずが、いつの間にか木々が生い茂った風景へと変わっている。和彦ががっかりしたように見えたのか、笑いながら千尋が教えてくれた。
「次の宿も、海のすぐ側なんだ。小さな砂浜があるんだけど、きれいで静かだよ。もちろん、遊泳OK」
「お前は、海で泳ぐのはもちろん、日光に背中を晒すのも厳禁だからな」
「……わかってるよ」
 露骨に千尋が残念そうな声を出すので、条件反射のように和彦はフォローしてしまう。
「散歩ぐらいならつき合うから」
 途端に千尋が目を輝かせ、和彦の手をきつく握り締めてきた。
 千尋が言っていた通り、五分もしないうちに車は駐車場――というより、単なる空き地に入った。車を降りた和彦は周囲を見回して戸惑う。建物らしきものが何も見えなかったからだ。あるのは、木々ばかりだ。森林浴にはうってつけの場所だなと思ったが、もちろんそんなことをするために、男たちもダークスーツに着替えたわけではないだろう。
「――先生」
 賢吾の声に呼ばれて振り返ると、守光と並び立ってこちらを見ていた。守光も痩身をダークスーツで包んでおり、和服姿を見慣れた目には新鮮に映る。
 二人とも黒がよく似合った。禍々しさを感じさせるほどに。
「俺はあの凄みが出せるのに、何年かかるかな」
 和彦の隣で、こそっと千尋が洩らす。
 護衛を含めて、総和会の関係者たちをその場に待機させ、長嶺の男たちは、長嶺組の幹部や組員の一部を引き連れて、先に続く坂道を上がっていく。和彦は、最後尾をついて歩く。守光に合わせてか、一行の歩みはゆっくりとしていた。
 一体にどこに向かっているのかという疑問は、男たちが手にしているものから、すでに氷解している。ダークスーツである理由も、それで納得がいった。
 うだる暑さに和彦がふっと息を吐き出した瞬間、ふいに涼しい風が吹いた。足元に落としていた視線を上げると、こじんまりとした霊園らしきものが視界に飛び込んでくる。人は見当たらず、とにかく静かだ。小高い丘の上にあるため見晴らしがよく、海を見下ろすことができる。
 一行が立ち止まったのは、大きく立派な墓の前だった。男たちは手際よく水や花を供え、線香を立てる。まず守光が手を合わせ、賢吾と千尋が続く。粛々と行われる男たちの合掌を、和彦はただ見守っていた。
『身内だけのささやかな恒例行事』という守光の言葉は、墓石に刻まれた文字を見て理解した。
〈献身に感謝して〉という一文のみで、誰の遺骨が納められているかはわからない。だが、この場にいる男たちには、それで十分なのだろう。厳粛な空気を肌で感じていると、そう思わせるだけの重みがあった。
 組員でもない自分などが手を合わせていいのだろうかと戸惑ったが、三田村に手で示された先で、長嶺の男たちに呼ばれ、おずおずと和彦は歩み出る。
 手を合わせ、ただ一言、こう心の中で呟いた。安らかに、と。


「抗争とか、物騒な事件ばかりじゃないんだ。事故とか病気とか。身寄りのない組員の遺骨を、あそこに納めているんだ。死んだあとは知らないって、薄情だろ?」
 車内で千尋の説明を聞き、和彦はぼんやりと、自分の場合はどうなるのだろうかと考えていた。ずっと先のことかもしれないし、もしかすると明日にでも――。
 自分の死後、どう扱われようがさほど興味はないし、そもそも現実味もないのだが、悲しんでくれる人がいるかどうかは、気がかりだった。
「しんみりしちゃった?」
 髪先に触れてきた千尋に問われ、和彦は曖昧な笑みで返した。
 少し早めの昼食を途中の店で済ませてから、今日宿泊するという宿に到着する。前日の宿とは違い近隣に人家はなく、豊かな自然の中、純和風の落ち着いた佇まいの建物は、場の空気に違和感なく馴染んでいた。守光の保養目的としては、最適な宿のようだ。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...