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第33話
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ふっと口元に笑みを湛え、御堂は窓のほうへと顔を向ける。非の打ちどころのない横顔に、つい和彦は見惚れる。話を聞いているうちにずいぶん気持ちが和らぎ、こんな質問をぶつけていた。
「……御堂さんは、自分の過去をどう思っていますか」
こちらに向き直った御堂は一声唸り、灰色の髪に指を差し込んだ。
「苦いような、甘いような、複雑な感じだ。――大事に愛してくれたと思うよ。二人とも、わたしより遥かに大人だったから。いろんなことを教えてもらった。打算的なことを言うなら、あらゆる面で後ろ盾にもなってもらっている。君が見たとおり、今でもセックスできるぐらいだから、否定したい過去ではない」
ニヤリと笑いかけられ、和彦のほうがうろたえてしまう。
「それに嫌いではない。オンナであった自分は。ただ……、君のほうは、わたしよりずっと大変だ。賢吾から聞いたけど、長嶺の三人以外とも――」
「ぼくは淫奔なんです。束縛も執着もしない相手と気まぐれに、気軽に寝てきて――、それが今はこの状態です。束縛されて、執着されて……。嫌いじゃない、という表現では足りません。きっとぼくは、そうされることが好きなんです」
「ふふ。いいことを聞いた。賢吾や千尋が聞いたら喜ぶだろうな」
和彦が慌てて腰を浮かせようとすると、御堂は片手を振った。
「冗談だよ。これは〈オンナ〉同士の秘密だ」
なかなか際どい冗談だなと、和彦はぎこちない笑みをこぼしたが、次の瞬間には小さくため息をつき、コーヒーカップに口をつける。
〈オンナ〉というのは、単なる言葉でしかない。どこか言葉遊びのような、そこに込められた淫靡な響きに妖しく胸を疼かせ、体を開く媚薬のようなものだ。だが、その単なる言葉が、どんどん和彦の中だけではなく、周囲の男たちにとっても重みを増し、まるで囚われているようだ。
このままでは危険だと、和彦自身、頭ではわかっている。しかしもう、その立場を捨て去った自分の姿が想像できなくなっている。日々を重ねるごとに、そういう生き物になっているのだ。
答えの見えない思索に耽っていると、聞き覚えのない着信音が響く。御堂の携帯電話が鳴っているのだ。携帯電話を操作した御堂は、一切の表情を消してメールを読む。普段、少なくとも和彦の前では柔らかな表情を見せている御堂だが、どちらの表情がより御堂という人間の本質を表しているのだろうかと、ぼんやりと和彦は考える。
もしかすると、綾瀬の下で浮かべていた悦びの表情が――と、艶めかしい場面が脳裏に蘇りそうになったが、寸前のところで御堂と目が合い、我に返った。
「本部にいる、うちの隊員からだ。君を連れ回さないでくれと、第二遊撃隊から苦情があったそうだ。何様のつもりなんだろうね。――南郷は」
和彦は微かに肩を揺らす。どうしても南郷の名には無反応ではいられない。御堂はスッと目を細め、いくらか声を潜めて言った。
「君は、南郷が見た目通りの、粗野で野蛮な男だとは思っていないだろう。長嶺会長に目をかけられ、着実に力をつけている。総和会の中でも独特の存在感を放っていて、いくつかの組とも関わりを深くしているらしい。……総和会の中で何を目指しているのか、わたしは気になるんだ」
御堂の迫力に圧されて返事もできず、ただ瞬きを繰り返す。御堂はふっと眼差しを緩めた。
「余計なことまで言いすぎた。君に毒を吹き込んでいるようなものだな」
「……毒なら、もうたっぷり吸い込んでます」
自虐的な和彦の呟きを耳にして、御堂は一瞬物言いたげな顔をしたが、何事もなかったようにコーヒーを飲み干して立ち上がった。
「君はゆっくりコーヒーを飲んでいてくれ。わたしはその間に、さっさと荷物をまとめるから」
はい、と返事をした和彦は、コーヒーを飲むふりをしながら、部屋を行き来する御堂の姿を目で追いかける。
御堂はたくさん話してくれたが、和彦が本当に知りたいのは、二人の男のオンナであった頃、毎日何を考えていたのかということだった。そして、オンナでいることをやめたきっかけも――。
知ってどうするのかという自身への問いかけは、今はやめておいた。
「……御堂さんは、自分の過去をどう思っていますか」
こちらに向き直った御堂は一声唸り、灰色の髪に指を差し込んだ。
「苦いような、甘いような、複雑な感じだ。――大事に愛してくれたと思うよ。二人とも、わたしより遥かに大人だったから。いろんなことを教えてもらった。打算的なことを言うなら、あらゆる面で後ろ盾にもなってもらっている。君が見たとおり、今でもセックスできるぐらいだから、否定したい過去ではない」
ニヤリと笑いかけられ、和彦のほうがうろたえてしまう。
「それに嫌いではない。オンナであった自分は。ただ……、君のほうは、わたしよりずっと大変だ。賢吾から聞いたけど、長嶺の三人以外とも――」
「ぼくは淫奔なんです。束縛も執着もしない相手と気まぐれに、気軽に寝てきて――、それが今はこの状態です。束縛されて、執着されて……。嫌いじゃない、という表現では足りません。きっとぼくは、そうされることが好きなんです」
「ふふ。いいことを聞いた。賢吾や千尋が聞いたら喜ぶだろうな」
和彦が慌てて腰を浮かせようとすると、御堂は片手を振った。
「冗談だよ。これは〈オンナ〉同士の秘密だ」
なかなか際どい冗談だなと、和彦はぎこちない笑みをこぼしたが、次の瞬間には小さくため息をつき、コーヒーカップに口をつける。
〈オンナ〉というのは、単なる言葉でしかない。どこか言葉遊びのような、そこに込められた淫靡な響きに妖しく胸を疼かせ、体を開く媚薬のようなものだ。だが、その単なる言葉が、どんどん和彦の中だけではなく、周囲の男たちにとっても重みを増し、まるで囚われているようだ。
このままでは危険だと、和彦自身、頭ではわかっている。しかしもう、その立場を捨て去った自分の姿が想像できなくなっている。日々を重ねるごとに、そういう生き物になっているのだ。
答えの見えない思索に耽っていると、聞き覚えのない着信音が響く。御堂の携帯電話が鳴っているのだ。携帯電話を操作した御堂は、一切の表情を消してメールを読む。普段、少なくとも和彦の前では柔らかな表情を見せている御堂だが、どちらの表情がより御堂という人間の本質を表しているのだろうかと、ぼんやりと和彦は考える。
もしかすると、綾瀬の下で浮かべていた悦びの表情が――と、艶めかしい場面が脳裏に蘇りそうになったが、寸前のところで御堂と目が合い、我に返った。
「本部にいる、うちの隊員からだ。君を連れ回さないでくれと、第二遊撃隊から苦情があったそうだ。何様のつもりなんだろうね。――南郷は」
和彦は微かに肩を揺らす。どうしても南郷の名には無反応ではいられない。御堂はスッと目を細め、いくらか声を潜めて言った。
「君は、南郷が見た目通りの、粗野で野蛮な男だとは思っていないだろう。長嶺会長に目をかけられ、着実に力をつけている。総和会の中でも独特の存在感を放っていて、いくつかの組とも関わりを深くしているらしい。……総和会の中で何を目指しているのか、わたしは気になるんだ」
御堂の迫力に圧されて返事もできず、ただ瞬きを繰り返す。御堂はふっと眼差しを緩めた。
「余計なことまで言いすぎた。君に毒を吹き込んでいるようなものだな」
「……毒なら、もうたっぷり吸い込んでます」
自虐的な和彦の呟きを耳にして、御堂は一瞬物言いたげな顔をしたが、何事もなかったようにコーヒーを飲み干して立ち上がった。
「君はゆっくりコーヒーを飲んでいてくれ。わたしはその間に、さっさと荷物をまとめるから」
はい、と返事をした和彦は、コーヒーを飲むふりをしながら、部屋を行き来する御堂の姿を目で追いかける。
御堂はたくさん話してくれたが、和彦が本当に知りたいのは、二人の男のオンナであった頃、毎日何を考えていたのかということだった。そして、オンナでいることをやめたきっかけも――。
知ってどうするのかという自身への問いかけは、今はやめておいた。
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