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第33話
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和彦の異変に気づいた二神が気遣わしげに眉をひそめる。それが申し訳なくて、ますます動揺しそうになったところで、すぐ側までやってきた御堂にそっと肩を抱かれた。
「佐伯くん、これから時間はあるかな」
「えっ……、あっ、はい。ぼくは予定はないので、大丈夫です」
御堂はわずかに目を細めてから、指先で二神を呼び、何事か耳打ちした。
和彦の見ている前で素早く打ち合わせを終えてしまうと、状況がよく呑み込めないまま和彦は、持っていたバッグを、御堂が伴っていた隊員らしき男に預けた。それから、御堂と二人で車に乗り込む。運転はもちろん、二神だ。
今日も御堂の護衛は厳重で、和彦たちが乗った車が走り出すと、ぴたりと背後から、もう一台の車がついてくる。
振り返ってそれを確認した和彦は、緊張しつつシートに身を預ける。自分がついてきてよかったのだろうかと、いまさらながら戸惑っていた。
「……御堂さんは、何か用があったんじゃないですか?」
おずおずと問いかけた和彦に対して、隣に座っている御堂が意味ありげな流し目を寄越してくる。
「用というほどのものではないよ。うちの隊は、法要の警備には加わらないからね。ひとまず夏の間に、隊としてきちんと体裁を整えて動けるよういろいろ準備をしているけど、動くのは、隊員や清道会の人間だ。隊長のわたしはこの通り、のんびりしたものだ」
「清道会……」
綾瀬の顔と、低くしわがれた声を思い出し、つい視線を伏せる。生々しい光景が脳裡に蘇りそうになったが、御堂からの問いかけで意識を引き戻された。
「――佐伯くんは、行くんだろう?」
「あっ……、はい。いえ、法要のほうではなく、近くの宿まで。長嶺会長や千尋に誘われたんです。宿でゆっくりしていればいいと言われていますが、本当にそうできるかどうか……」
「長嶺の男たちのお守は大変だろう」
迂闊に返事もできず和彦が口ごもると、御堂は軽やかな笑い声を洩らした。
「素直な反応だなあ」
「……相手が相手なので、意に沿わない返事をすると、機嫌を損ねてしまうんじゃないかと心配になるんです」
「君が逆らったところで、怒る男たちでもないだろう。むしろ必死に、君の機嫌を取ろうとするんじゃないか。まあ、千尋はわからないな。あの子は、よくも悪くも直情的だ」
御堂の口ぶりが気になって尋ねてみると、賢吾とつき合いが長いだけあって、千尋が生まれた頃から知っているのだという。
「今の姿からは信じられないだろうけど、女の子みたいに可愛かったんだ。だから過保護に育てられて、こんな繊細な子が長嶺組を継げるんだろうかと心配していたけど、カエルの子は――いや、大蛇の子は、やっぱりその資質を持ってる」
そんなことを話している間も車は走り続ける。御堂に対しては無条件の信頼を寄せつつある和彦だが、さすがにどこに向かっているのか、ふと気になる。意識しないままウィンドーの外へとちらりと目をやると、さりげなく御堂が切り出した。
「わたしが泊まっているホテルに向かっているんだ。着替えを取りに行くついでに、いい機会だから君とゆっくり二人で話してみたいと思って。――君も、わたしに聞きたいことがあるだろう」
和彦は目を丸くしたあと、こくりと頷く。よかった、と御堂が洩らした。
「いままで住んでいた家を引き払って、ホテル暮らしをしているんだ。しばらく本部に詰めることになるから、その間はホテルを転々として、落ち着いた頃に、いい物件があれば移るつもりだ。清道会も物件探しを手伝ってくれるようだし、なんとかなるだろう」
「清道会の会長さんと御堂さんは、親類だと聞きました」
「もう一人の親のようなものだね。実は着替えを取りに行くのも、盆の間、会長の家に厄介になるためなんだ」
そこに綾瀬もいるのだろうかと、つい気になってしまう。すると御堂は、和彦の疑問を読み取ったかのように目配せしてきた。おそらく、運転をする二神に悟らせないためだ。和彦は小さく頷いて返すと、何事もなかったように再び外へと目をやった。
シティホテルに到着すると、二神ともう一人の男に伴われて、御堂が宿泊している部屋に向かう。
広々としたダブルルームは、なかなか物が多かった。部屋の備品ではなく、御堂の私物が。総和会の遊撃隊の隊長ともなると、手近なところにあらゆるものを揃えて、万が一のときに備えているのかもしれない――と好意的に解釈してみた和彦だが、御堂はあっさりこう言った。
「――わたしは片付けが下手なんだ。とりあえず物を運び込んで、いざ必要になったら、二神に探してもらう。わたしが触ると、物が遭難するからね」
御堂から頼りにされている二神は、速やかにルームサービスを頼んでいた。
「佐伯くん、これから時間はあるかな」
「えっ……、あっ、はい。ぼくは予定はないので、大丈夫です」
御堂はわずかに目を細めてから、指先で二神を呼び、何事か耳打ちした。
和彦の見ている前で素早く打ち合わせを終えてしまうと、状況がよく呑み込めないまま和彦は、持っていたバッグを、御堂が伴っていた隊員らしき男に預けた。それから、御堂と二人で車に乗り込む。運転はもちろん、二神だ。
今日も御堂の護衛は厳重で、和彦たちが乗った車が走り出すと、ぴたりと背後から、もう一台の車がついてくる。
振り返ってそれを確認した和彦は、緊張しつつシートに身を預ける。自分がついてきてよかったのだろうかと、いまさらながら戸惑っていた。
「……御堂さんは、何か用があったんじゃないですか?」
おずおずと問いかけた和彦に対して、隣に座っている御堂が意味ありげな流し目を寄越してくる。
「用というほどのものではないよ。うちの隊は、法要の警備には加わらないからね。ひとまず夏の間に、隊としてきちんと体裁を整えて動けるよういろいろ準備をしているけど、動くのは、隊員や清道会の人間だ。隊長のわたしはこの通り、のんびりしたものだ」
「清道会……」
綾瀬の顔と、低くしわがれた声を思い出し、つい視線を伏せる。生々しい光景が脳裡に蘇りそうになったが、御堂からの問いかけで意識を引き戻された。
「――佐伯くんは、行くんだろう?」
「あっ……、はい。いえ、法要のほうではなく、近くの宿まで。長嶺会長や千尋に誘われたんです。宿でゆっくりしていればいいと言われていますが、本当にそうできるかどうか……」
「長嶺の男たちのお守は大変だろう」
迂闊に返事もできず和彦が口ごもると、御堂は軽やかな笑い声を洩らした。
「素直な反応だなあ」
「……相手が相手なので、意に沿わない返事をすると、機嫌を損ねてしまうんじゃないかと心配になるんです」
「君が逆らったところで、怒る男たちでもないだろう。むしろ必死に、君の機嫌を取ろうとするんじゃないか。まあ、千尋はわからないな。あの子は、よくも悪くも直情的だ」
御堂の口ぶりが気になって尋ねてみると、賢吾とつき合いが長いだけあって、千尋が生まれた頃から知っているのだという。
「今の姿からは信じられないだろうけど、女の子みたいに可愛かったんだ。だから過保護に育てられて、こんな繊細な子が長嶺組を継げるんだろうかと心配していたけど、カエルの子は――いや、大蛇の子は、やっぱりその資質を持ってる」
そんなことを話している間も車は走り続ける。御堂に対しては無条件の信頼を寄せつつある和彦だが、さすがにどこに向かっているのか、ふと気になる。意識しないままウィンドーの外へとちらりと目をやると、さりげなく御堂が切り出した。
「わたしが泊まっているホテルに向かっているんだ。着替えを取りに行くついでに、いい機会だから君とゆっくり二人で話してみたいと思って。――君も、わたしに聞きたいことがあるだろう」
和彦は目を丸くしたあと、こくりと頷く。よかった、と御堂が洩らした。
「いままで住んでいた家を引き払って、ホテル暮らしをしているんだ。しばらく本部に詰めることになるから、その間はホテルを転々として、落ち着いた頃に、いい物件があれば移るつもりだ。清道会も物件探しを手伝ってくれるようだし、なんとかなるだろう」
「清道会の会長さんと御堂さんは、親類だと聞きました」
「もう一人の親のようなものだね。実は着替えを取りに行くのも、盆の間、会長の家に厄介になるためなんだ」
そこに綾瀬もいるのだろうかと、つい気になってしまう。すると御堂は、和彦の疑問を読み取ったかのように目配せしてきた。おそらく、運転をする二神に悟らせないためだ。和彦は小さく頷いて返すと、何事もなかったように再び外へと目をやった。
シティホテルに到着すると、二神ともう一人の男に伴われて、御堂が宿泊している部屋に向かう。
広々としたダブルルームは、なかなか物が多かった。部屋の備品ではなく、御堂の私物が。総和会の遊撃隊の隊長ともなると、手近なところにあらゆるものを揃えて、万が一のときに備えているのかもしれない――と好意的に解釈してみた和彦だが、御堂はあっさりこう言った。
「――わたしは片付けが下手なんだ。とりあえず物を運び込んで、いざ必要になったら、二神に探してもらう。わたしが触ると、物が遭難するからね」
御堂から頼りにされている二神は、速やかにルームサービスを頼んでいた。
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