血と束縛と

北川とも

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第33話

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 走り出した車の後部座席で、普段より多い人や車の流れを眺める。せっかくの夏休みを、家族や友人、恋人と過ごす人は多いのだろうなと考えてから、我が身を振り返る。知らず知らずのうちに苦笑が洩れていた。
 自分のことを〈オンナ〉にしている男たちのことを、世間ではどう呼ぶのだろうかと、少しだけ皮肉っぽく、そして自虐的に考えてみた。だからといって和彦は、長嶺の男を憎んだり、恨んでいるわけではない。執着され、庇護されるということは、一種の麻薬だ。苦しい反面、とても心地いいし、安堵感すら覚えるようになる。
 まるで夏の陽射しだ――。 
 和彦はウィンドーに顔を寄せ、食い入るように外を見つめる。残念ながらスモークフィルム越しでは、どんなに強烈な陽射しも遮られてしまう。
 ふと和彦は、ほんの数日前に味わった汗ばむほど熱い抱擁を思い出し、次に、こう心の中で呟いていた。
 鷹津は今ごろ、何をしているだろうか、と。
 ハッと我に返り、シートの上で身じろぐ。鷹津のことを気にかけた自分に驚いていた。
 番犬として刑事の鷹津を利用し、必要に応じて体を与えるうちに情を通わせるようにはなっていたが、それでも離れてしまえば、心の隅に収納できるだけの冷静さ――分別があった。しかし今の和彦は、ごく自然に、まるで長嶺の男たちを想うように、鷹津を想った。
〈オンナ〉という言葉の威力だろうかと、和彦は密かに慄然とする。鷹津とのやり取りが、いまさらながら耳元に蘇っていた。
 マンションから本部に向かう途中、こまごまとした買い物を済ませるつもりだったが、そんな気分ではなくなっていた。
 黙り込んだままの和彦を乗せ、 車は静かに総和会本部のアプローチを通り、駐車場へと入る。いつもより停まっている車の数が多いのは、明日の法要と関係があるのかもしれない。準備や警備などのため、今日出発する関係者もいるだろう。
 ドアが開けられ、車を降りた和彦の傍らから、すかさず手が差し出される。
「バッグをお持ちします」
「いえ、大丈夫です。重くないですから」
 何か言いたげな顔の護衛に対して、和彦は微笑で返す。そのまま歩き出したが、すぐにある光景が視界に入り、結局足を止めていた。
 車のトランクを開け、そこから段ボールを下ろしている男がいるのだが、背格好になんとなく見覚えがあった。相手のほうも和彦に気づいたのか、体を屈めた姿勢でこちらを見た拍子に目が合った。強い陽射しの下では眩しく見える白いワイシャツを着た二神だ。
「――暑いですね」
 先に二神のほうから声をかけてくれたので、和彦は遠慮しつつも歩み寄る。
「今日はこの駐車場、車が多いですね」
「明日の準備がありますから。今から向こう――法要を執り行う寺に向かう車もありますよ。あくまでひっそりと、ということにはなっていますが、やはり総和会のお歴々が出席するわけですから、万全を期するためにも、人手がかかりますよ」
 ここで二神が、和彦が手に持つバッグに目を留めた。
「佐伯先生も、これから出発ですか?」
「いえ。ぼくは明日発ちます。……よくわからないまま、同行することになって」
「ああ、そういえば今回は、長嶺のお三方が揃って出席されると聞きました」
「……まあ、そういうことです」
 なんの説明にもなっていない一言だが、それでも察してくれたらしく、二神は控えめな笑みを浮かべた。顔立ちから受ける鋭い印象とは裏腹に、二神の語り口調も物腰も柔らかだ。もしかすると和彦を怯えさせないようにと、気をつかってくれているのかもしれない。
 ただ、御堂にも同じような接し方をしていたなと、何げなく思ったところで、自分の鼓動が急激に速くなっていくのを感じた。御堂と綾瀬の淫らで濃厚な行為の最中、二神の名が出たことを、和彦はしっかり覚えていた。
 懸命に頭から追い払おうとしつつも、あのとき咄嗟に脳裏を過った疑問が、今また蘇る。
 二神は、御堂と体の関係があるのだろうか。
「佐伯先生?」
 訝しげに二神に呼ばれ、和彦はうろたえる。頭を下げて立ち去ろうとしたが、その前に救いの神――というにはいろいろと気まずい相手が現れた。
「――傍から見ると、佐伯くんを恫喝しているようだぞ、二神」
 凛とした声が、駐車場のアスファルトに照り返す陽射しの熱さを、一瞬忘れさせる。和彦は動揺と困惑を必死に胸の内に押し隠し、声の主である御堂に会釈する。返ってきたのは、涼しげな微笑だ。
 御堂と目が合うと、顔が熱くなるのを抑えられなかった。もちろん熱気でのぼせたわけではない。意識したおかげで視線までさまよわせることになり、動揺を悟られることになる。
「佐伯先生?」

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