血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
758 / 1,268
第32話

(23)

しおりを挟む



 帰路につく車の中で、和彦はまだ呆然としていた。そのくせ、興奮による頬の熱さだけはしっかりと意識できていた。
 頬にてのひらを押し当てていると、隣に座っている賢吾がようやく口を開く。
「――少しは落ち着いたか、先生」
 ハッとして頬から手を離した和彦は、内心激しくうろたえながらも、努めて平静を装い、囁くような声で応じる。
「平気だ……」
「だったら、さっきの〈あれ〉について、説明をしていいか」
 和彦の脳裏に、つい十分ほど前に目にした光景が一気に蘇る。肌に触れた熱気や、艶めかしい息遣いすらも、思い出すのは容易い。肌がざわつき、ジャケットの上から自分の腕をそっとさすった。
 頷いて返すと、賢吾は正面を見据えたまま話し始めた。
「秋慈は、清道会の現会長の親類だ。御堂の家自体は、まっとうな堅気だったんだが、親類がやっている商売に対して、あまり危機感がなかった。面倒見のいい親類の家、という認識だったんだろう。だから、息子が出入りすることにも寛容だし、その息子がどういう目に遭っているのかも、気づかなかった」
「……どういう目に遭って、とは?」
 当時のことを思い出したのか、賢吾はわずかに目を細めた。
「秋慈が高校生の頃、清道会には、北の地方のある組の若頭が滞在していた。地元で揉め事を起こして、ほとぼりを冷ますためだそうだが、客分として身柄を預かったんだそうだ。清道会会長――当時は組長だったが、昔、その若頭がいる組の組長と五分の兄弟盃を交わした縁で、大層なもてなし方をしたようだ」
 和彦が戸惑いの表情を浮かべると、聡い男はすぐに察したらしく、薄い笑みを浮かべる。
「五分の兄弟盃というのは、兄弟とはついているが、上下なしの対等ってことだ。この間柄で問題を起こすと、解決するのはいろいろと難儀する。片方に、従えと命令できるわけでもないからな。――秋慈は、その若頭に手を出された。力ずくだったのか、合意のうえだったのかは、俺も知らない。とにかく、周囲が気づいたときには、若頭が秋慈にのぼせ上がった状態で、自分の組に連れ帰るとまで公言していた。いくら極道の世界でも、高校生のガキに、四十男が手を出したとなったら、なあなあでは済まない。しかもガキは、組長の親類だ」
 御堂の痴態を目にした直後だけに、賢吾の話は生々しさを伴う。それに、痛々しさも。意識しないまま和彦は眉をひそめていた。
「若頭のほうも、自分の組の組長から目をかけられている人物で、組同士の面子の問題になりかけた。対処を誤ったら、とことんこじれる。どちらもそれを避けたいが、色恋が絡んでいるだけに、うまい解決方法が見つからない。そこに割って入ったのが、当時、清道会の若衆頭を務めていた綾瀬さんだ。秋慈と若頭も含めて、三人でどういうやり取りがあったのか、当人たちしか知らないが、とにかく片はついた」
「……御堂さんが、オンナになることで?」
「綾瀬さんは、庇護するという名目で、まず秋慈を自分のオンナにした。そして次に、若頭が。秋慈というオンナを共有する形を取って、手打ちとなった。両手打ちだ。これは本来、縄張りに関する揉め事を手打ちにするときのしきたりなんだが、遺恨を残さないようにと、見届人も立てた」
「みんな、納得したのか?」
「腹の内はともかく、表向きは円満に。綾瀬さんは清道会会長と組長の後ろ盾を得て、今は組長補佐だ。若頭のほうも、もとの組に戻ったあとはいろいろ派手にやらかした挙げ句、今はある連合会の大幹部様になっている」
 和彦が深く息を吐き出すと、賢吾が片手を握り締めてくる。大きな手を握り返してから、そっと指を絡め合った。
「極道の理屈に振り回されて思うところがあったのか、秋慈も俺たちの仲間入りだ。経緯はどうあれ、清道会の現会長も、可愛がっていた秋慈が同じ道を歩んでくれるということで、いろいろと力を貸したようだ。総和会会長に就いたあと、秋慈を引き立て、いよいよ組織内の地固めをというところで……、まあ、長嶺守光が牙を剥いたというところだ。詳しく知りたいか?」
 賢吾に問われ、数瞬間を置いてから、和彦は首を横に振る。自分に関わることなら、耳を塞ぎたくなっても聞くしかないだろうが、そうでないなら、これはもう下世話な興味でしかない気がした。それに、今以上に守光を恐れたくなかった。
「秋慈は、オンナであることで、若い頃の自分の身を守った。今はもう、男の庇護は必要としていないが、それでもあいつは、オンナだったという過去は捨てていないし、そんな自分を否定もしていない。あいつと関係を持った男たちのほうも、捨てさせようとはしないだろうがな」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...