血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
754 / 1,268
第32話

(19)

しおりを挟む
「ぼくはあくまで、オマケ程度の存在ですから。誰もぼくを意識していないでしょう。でも、相対することになると、やっぱり受ける威圧感が違うというか……。怖いし、圧倒されます」
「わたしは平気だろ」
 これまでの自分の言動を思い返し、和彦は勢い込んで御堂に言い訳する。
「御堂さんのことは、最初に会ったときに何も知らなかったせいで、意識しなくて済んだというかっ……。それに物腰も柔らかくて、ぼくに対して気軽に接してくれますし。それがありがたくて、決して軽んじているわけじゃ――」
「わかってるよ。そんなに必死に言われると、わたしが脅しているようだ」
 楽しげに笑う御堂を、和彦はついまじまじと見てしまう。さきほどの綾瀬とのやり取りといい、あくまで御堂は自然体だ。総和会のほんのわずかな部分を知っているに過ぎない和彦だが、それでもこう思うのだ。
 御堂は、総和会の中では、異質の存在だ。
 もうすぐ総和会に取り込まれてしまうであろう和彦自身、異質といえるかもしれないが、少なくとも御堂は、力を持ち、その力を振るう術を心得ている。
 和彦の胸の奥で、不快な感情の塊が蠢いた。
「――……御堂さんはやっぱり、長嶺組長たちと同じ世界の人なんですね。ぼくなんて、見ただけで臆してしまう人たちを相手に、対等に……、それ以上に渡り合っているんですね」
「君はほんの一年半前まで、まったく別の世界で生きていた人だ。育ちもいいと聞いている。最初から組と近い環境にいたわたしとは違うよ」
 だが今、和彦は御堂と同じ世界にいながら、まったく違う立場にいる。比べることすら失礼な、純然とした差がある。
 ここでようやく和彦は、不快な感情の塊の正体がわかった。男の身でありながら、〈オンナ〉としてこの世界にいることへの引け目を、御堂に感じているのだ。
 他の誰でもなく御堂にそんな感情を抱くのは、賢吾を昔から知っている人物だからなのか。秀麗な美しい見た目をしているからなのか。和彦が抗うことすらできない南郷と、張り合える立場にいるからなのか。理由はいくらでも思いついた。
「佐伯くん」
 いくぶん強い口調で御堂に呼ばれ、ハッとする。色素の薄い瞳に射抜かれそうなほどまっすぐ見据えられ、動揺した和彦は見つめ返すことはできなかった。
「すみませんっ。やっぱりぼく、部屋に戻ります。失礼します」
 急いで立ち上がった和彦は、頭を下げて応接室を飛び出す。何事かといった様子で、イスを抱えた二神がこちらを見たので、会釈をして通り過ぎた。
 階段で四階まで上がると、住居スペースの前に吾川が立っていた。どうやら和彦を探していたらしく、姿を見るなり、安堵したように表情を和らげた。
「午後からの先生の予定について、ご相談したいことがあったのですが、部屋に姿が見えなかったものですから。外出されたという報告も入っておりませんでしたし」
「……二階にいました」
 吾川が物言いたげな素振りを見せたが、あえて気づかなかったふりをする。
 はっきりと言葉に出されたわけではないが、どうやら和彦が御堂と接近することを歓迎していないようだった。吾川はまだ控えめな反応だが、南郷など露骨に拒絶感を示したぐらいだ。
 さきほど、二階で聞かされたことを踏まえると、なんとなくだが理由は見えてくるが――。
「ぼくは今日は、勉強のために論文に目を通しておこうと思ったのですが、午後から何か?」
「長嶺会長から、先生を買い物に誘いたいと連絡が入りまして……」
 危うく出そうになったため息を寸前のところで堪え、和彦は頷いた。




 数日の間に、御堂からお茶と食事に一回ずつ誘われたが、どちらも断った。携帯電話の番号はまだ交換していなかったため、吾川を通してのやり取りだ。
 そして和彦はこの数日間、自己嫌悪に苛まれていた。自分でも、御堂を避けているとわかっているからだ。きっと御堂も、和彦が避けていると察しているだろう。
 御堂に対して引け目を感じたことを、いまだに引きずっていた。いままでも平気だったわけではないが、受け入れたつもりになっていた〈オンナ〉という立場について、思いを巡らせてしまうのだ。
 堂々として華々しい御堂に対して、自分は力のある男たちの庇護を受けるだけの、非力な存在だと痛感したあと、そもそも比べてはいけないのだと、己の不遜さに消え入りたくなる。
 こんな気持ちを抱えている間は、とてもではないが御堂に合わせる顔がなかった。
 クリニックを閉めた和彦がビルを出て歩き出すと、背後からゆっくりと車が走ってきて、ぴたりと隣で停まる。素早く後部座席に乗り込んだところまでは、いつも通りだった。しかし今日は、後部座席に先客がいた。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...