血と束縛と

北川とも

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第32話

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「ぼくはあくまで、オマケ程度の存在ですから。誰もぼくを意識していないでしょう。でも、相対することになると、やっぱり受ける威圧感が違うというか……。怖いし、圧倒されます」
「わたしは平気だろ」
 これまでの自分の言動を思い返し、和彦は勢い込んで御堂に言い訳する。
「御堂さんのことは、最初に会ったときに何も知らなかったせいで、意識しなくて済んだというかっ……。それに物腰も柔らかくて、ぼくに対して気軽に接してくれますし。それがありがたくて、決して軽んじているわけじゃ――」
「わかってるよ。そんなに必死に言われると、わたしが脅しているようだ」
 楽しげに笑う御堂を、和彦はついまじまじと見てしまう。さきほどの綾瀬とのやり取りといい、あくまで御堂は自然体だ。総和会のほんのわずかな部分を知っているに過ぎない和彦だが、それでもこう思うのだ。
 御堂は、総和会の中では、異質の存在だ。
 もうすぐ総和会に取り込まれてしまうであろう和彦自身、異質といえるかもしれないが、少なくとも御堂は、力を持ち、その力を振るう術を心得ている。
 和彦の胸の奥で、不快な感情の塊が蠢いた。
「――……御堂さんはやっぱり、長嶺組長たちと同じ世界の人なんですね。ぼくなんて、見ただけで臆してしまう人たちを相手に、対等に……、それ以上に渡り合っているんですね」
「君はほんの一年半前まで、まったく別の世界で生きていた人だ。育ちもいいと聞いている。最初から組と近い環境にいたわたしとは違うよ」
 だが今、和彦は御堂と同じ世界にいながら、まったく違う立場にいる。比べることすら失礼な、純然とした差がある。
 ここでようやく和彦は、不快な感情の塊の正体がわかった。男の身でありながら、〈オンナ〉としてこの世界にいることへの引け目を、御堂に感じているのだ。
 他の誰でもなく御堂にそんな感情を抱くのは、賢吾を昔から知っている人物だからなのか。秀麗な美しい見た目をしているからなのか。和彦が抗うことすらできない南郷と、張り合える立場にいるからなのか。理由はいくらでも思いついた。
「佐伯くん」
 いくぶん強い口調で御堂に呼ばれ、ハッとする。色素の薄い瞳に射抜かれそうなほどまっすぐ見据えられ、動揺した和彦は見つめ返すことはできなかった。
「すみませんっ。やっぱりぼく、部屋に戻ります。失礼します」
 急いで立ち上がった和彦は、頭を下げて応接室を飛び出す。何事かといった様子で、イスを抱えた二神がこちらを見たので、会釈をして通り過ぎた。
 階段で四階まで上がると、住居スペースの前に吾川が立っていた。どうやら和彦を探していたらしく、姿を見るなり、安堵したように表情を和らげた。
「午後からの先生の予定について、ご相談したいことがあったのですが、部屋に姿が見えなかったものですから。外出されたという報告も入っておりませんでしたし」
「……二階にいました」
 吾川が物言いたげな素振りを見せたが、あえて気づかなかったふりをする。
 はっきりと言葉に出されたわけではないが、どうやら和彦が御堂と接近することを歓迎していないようだった。吾川はまだ控えめな反応だが、南郷など露骨に拒絶感を示したぐらいだ。
 さきほど、二階で聞かされたことを踏まえると、なんとなくだが理由は見えてくるが――。
「ぼくは今日は、勉強のために論文に目を通しておこうと思ったのですが、午後から何か?」
「長嶺会長から、先生を買い物に誘いたいと連絡が入りまして……」
 危うく出そうになったため息を寸前のところで堪え、和彦は頷いた。




 数日の間に、御堂からお茶と食事に一回ずつ誘われたが、どちらも断った。携帯電話の番号はまだ交換していなかったため、吾川を通してのやり取りだ。
 そして和彦はこの数日間、自己嫌悪に苛まれていた。自分でも、御堂を避けているとわかっているからだ。きっと御堂も、和彦が避けていると察しているだろう。
 御堂に対して引け目を感じたことを、いまだに引きずっていた。いままでも平気だったわけではないが、受け入れたつもりになっていた〈オンナ〉という立場について、思いを巡らせてしまうのだ。
 堂々として華々しい御堂に対して、自分は力のある男たちの庇護を受けるだけの、非力な存在だと痛感したあと、そもそも比べてはいけないのだと、己の不遜さに消え入りたくなる。
 こんな気持ちを抱えている間は、とてもではないが御堂に合わせる顔がなかった。
 クリニックを閉めた和彦がビルを出て歩き出すと、背後からゆっくりと車が走ってきて、ぴたりと隣で停まる。素早く後部座席に乗り込んだところまでは、いつも通りだった。しかし今日は、後部座席に先客がいた。

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