血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
752 / 1,268
第32話

(17)

しおりを挟む
「第一遊撃隊は再起動したばかりだから、隊員が集まれるような場所――、まあ、事務所や詰め所だね、それを、まだ持ってないんだ。当分の業務は、ここで何もかも行わないと。大所帯の第二遊撃隊は、あちこちの物件を管理しつつ、人を配置してあるから、上の連絡所はこざっぱりしていたな。うちは、あそこまでするには、まだまだ時間がかかる」
 さらりと第二遊撃隊の話題が出て、和彦はわずかに顔を強張らせる。そこに二神が、冷たいお茶を運んできた。二神が応接室を出て、ドアが閉まるのを待ってから、和彦は切り出した。
「――昨日、あれから大丈夫でしたか?」
「昨日……、ああ、南郷のことか。わたしはむしろ、あれから君が南郷に八つ当たりでもされたんじゃないかと、それが心配だったんだが」
「ぼくのほうは、何も」
「さすがにあの男でも、主の大事な人に対しては、最低限の礼儀は心得ているか」
 それはどうだろうと、これまでの南郷の言動を思い返した和彦は、苦い表情を浮かべる。もちろん、昨日会ったばかりの御堂に、何もかも打ち明けられるはずもなく、曖昧な返事で誤魔化した。
「……昨夜、長嶺組長と電話で話したんです。第一遊撃隊について、まったく聞いたことがなかったものですから。よく考えてみれば、疑問に感じなかったのが不思議ですよね。南郷さんの第二遊撃隊があるなら、第一遊撃隊はどこに、と」
「わたしも半ば引退するつもりだったし、周囲には、長嶺会長とわたしの関係が不穏だとも思われていたみたいだから、第一遊撃隊には誰も触れたくなかったんだろ。実際、活動はしていなかったわけだし。その間に、しっかりと第二遊撃隊――南郷は力をつけていったということだ。いろいろ聞いてはいたけど、まざまざと見せつけられると、複雑な心境だ」
 そういう御堂の口調は淡々としていた。本心を読み取ることはできないが、色素の薄い瞳は冴え冴えとした光を湛えており、触れてはいけないと思わせる凄みがあった。
 この人は何かに似ていると考えて、すぐに和彦はあるものを思い浮かべた。日本刀だ。鞘に収まっている限り、手を伸ばすことにためらいは覚えないが、美しい刀身を現したとき、冷たく光を反射する様に鋭い切れ味を想像し、ただ気圧される。
 外見で惑わされそうになるが、御堂には南郷とは違う怖さがあった。総和会で、部下を率いる地位にあるということは、相応の実力を持っているということだ。
 御堂は、南郷に対する心情をさらりと口に出すが、対する南郷のほうも、御堂には無関心ではないだろう。実際和彦は、南郷が言っていた言葉をよく覚えていた。
 嫌いな奴と顔を合わせたと南郷は言っていたが、あれは間違いなく御堂を指している。憎くて、妬ましいとすら、あの南郷が言っていたのだ。それに、暴力衝動を抑えられなくなるとも――。
 暗い憎悪を含んだ呟きが耳元に蘇り、和彦は寒気を覚える。
「……御堂さん、すごいですね。あの南郷さんと対等の地位にいるなんて」
「年齢が近いうえに、経歴がけっこう対照的、しかも肩書きが肩書きだから、何かと互いを意識することになるんだよ。――遺恨もあることだし」
 これ以上立ち入ってはいけないと思いつつも、興味をそそられる。
 厄介な己の好奇心を立ち切るように暇を告げようとしたとき、慌しい気配が絶えず伝わってきていたドアの向こうの雰囲気が一変した。一気に静まり返ったあと、規律正しい挨拶の声が上がったのだ。和彦はびくりと肩を震わせ、一方の御堂は落ち着いた様子で呟いた。
「おや、またお客さんかな……」
 次の瞬間、ノックされることなくいきなりドアが開く。現れたのは、見たこともない偉丈夫だった。
綾瀬あやせさんっ」
 驚いたように御堂が立ち上がり、そんな御堂に男が歩み寄る。和彦は呆気に取られながら、二人を見上げていた。
「耳が早いですね。幹部会に、復帰の承認をもらったばかりですよ」
「その幹部の一人から、連絡をもらった。お前のことだから、どうせうちの組には顔を出さないだろうと思ってな。こちらから押しかけた」
 綾瀬と呼ばれた男は、驚くほど低くしわがれた声をしていた。世間ではダミ声といわれる声だ。
 年齢は五十代半ばぐらいで、印象的な声よりも、南郷に勝るとも劣らない体格のよさのほうに和彦は圧倒される。頬には深い皺のような傷跡があり、平穏とはいえない人生を送ってきたのだろうと想像できる。
 ただ、荒々しさや凶暴性を匂わせるものは、綾瀬にはなかった。それどころか、どこかインテリ然とした雰囲気がある。自然体でありながら堂々とした佇まいは、年齢を重ねただけでは得ることはできないだろう。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...