血と束縛と

北川とも

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第32話

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「第一遊撃隊は再起動したばかりだから、隊員が集まれるような場所――、まあ、事務所や詰め所だね、それを、まだ持ってないんだ。当分の業務は、ここで何もかも行わないと。大所帯の第二遊撃隊は、あちこちの物件を管理しつつ、人を配置してあるから、上の連絡所はこざっぱりしていたな。うちは、あそこまでするには、まだまだ時間がかかる」
 さらりと第二遊撃隊の話題が出て、和彦はわずかに顔を強張らせる。そこに二神が、冷たいお茶を運んできた。二神が応接室を出て、ドアが閉まるのを待ってから、和彦は切り出した。
「――昨日、あれから大丈夫でしたか?」
「昨日……、ああ、南郷のことか。わたしはむしろ、あれから君が南郷に八つ当たりでもされたんじゃないかと、それが心配だったんだが」
「ぼくのほうは、何も」
「さすがにあの男でも、主の大事な人に対しては、最低限の礼儀は心得ているか」
 それはどうだろうと、これまでの南郷の言動を思い返した和彦は、苦い表情を浮かべる。もちろん、昨日会ったばかりの御堂に、何もかも打ち明けられるはずもなく、曖昧な返事で誤魔化した。
「……昨夜、長嶺組長と電話で話したんです。第一遊撃隊について、まったく聞いたことがなかったものですから。よく考えてみれば、疑問に感じなかったのが不思議ですよね。南郷さんの第二遊撃隊があるなら、第一遊撃隊はどこに、と」
「わたしも半ば引退するつもりだったし、周囲には、長嶺会長とわたしの関係が不穏だとも思われていたみたいだから、第一遊撃隊には誰も触れたくなかったんだろ。実際、活動はしていなかったわけだし。その間に、しっかりと第二遊撃隊――南郷は力をつけていったということだ。いろいろ聞いてはいたけど、まざまざと見せつけられると、複雑な心境だ」
 そういう御堂の口調は淡々としていた。本心を読み取ることはできないが、色素の薄い瞳は冴え冴えとした光を湛えており、触れてはいけないと思わせる凄みがあった。
 この人は何かに似ていると考えて、すぐに和彦はあるものを思い浮かべた。日本刀だ。鞘に収まっている限り、手を伸ばすことにためらいは覚えないが、美しい刀身を現したとき、冷たく光を反射する様に鋭い切れ味を想像し、ただ気圧される。
 外見で惑わされそうになるが、御堂には南郷とは違う怖さがあった。総和会で、部下を率いる地位にあるということは、相応の実力を持っているということだ。
 御堂は、南郷に対する心情をさらりと口に出すが、対する南郷のほうも、御堂には無関心ではないだろう。実際和彦は、南郷が言っていた言葉をよく覚えていた。
 嫌いな奴と顔を合わせたと南郷は言っていたが、あれは間違いなく御堂を指している。憎くて、妬ましいとすら、あの南郷が言っていたのだ。それに、暴力衝動を抑えられなくなるとも――。
 暗い憎悪を含んだ呟きが耳元に蘇り、和彦は寒気を覚える。
「……御堂さん、すごいですね。あの南郷さんと対等の地位にいるなんて」
「年齢が近いうえに、経歴がけっこう対照的、しかも肩書きが肩書きだから、何かと互いを意識することになるんだよ。――遺恨もあることだし」
 これ以上立ち入ってはいけないと思いつつも、興味をそそられる。
 厄介な己の好奇心を立ち切るように暇を告げようとしたとき、慌しい気配が絶えず伝わってきていたドアの向こうの雰囲気が一変した。一気に静まり返ったあと、規律正しい挨拶の声が上がったのだ。和彦はびくりと肩を震わせ、一方の御堂は落ち着いた様子で呟いた。
「おや、またお客さんかな……」
 次の瞬間、ノックされることなくいきなりドアが開く。現れたのは、見たこともない偉丈夫だった。
綾瀬あやせさんっ」
 驚いたように御堂が立ち上がり、そんな御堂に男が歩み寄る。和彦は呆気に取られながら、二人を見上げていた。
「耳が早いですね。幹部会に、復帰の承認をもらったばかりですよ」
「その幹部の一人から、連絡をもらった。お前のことだから、どうせうちの組には顔を出さないだろうと思ってな。こちらから押しかけた」
 綾瀬と呼ばれた男は、驚くほど低くしわがれた声をしていた。世間ではダミ声といわれる声だ。
 年齢は五十代半ばぐらいで、印象的な声よりも、南郷に勝るとも劣らない体格のよさのほうに和彦は圧倒される。頬には深い皺のような傷跡があり、平穏とはいえない人生を送ってきたのだろうと想像できる。
 ただ、荒々しさや凶暴性を匂わせるものは、綾瀬にはなかった。それどころか、どこかインテリ然とした雰囲気がある。自然体でありながら堂々とした佇まいは、年齢を重ねただけでは得ることはできないだろう。

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