749 / 1,258
第32話
(14)
しおりを挟む
「だけど、おしゃべりをするには向いている。ここにいる若い子たちなんて、みんな自分のことを話すのに夢中で、いい歳した男二人の話の内容なんて、きっと興味がない」
御堂の言葉に、いよいよ好奇心が抑え切れなくなった和彦は、さきほどからずっと気になっていたことを思いきって尋ねた。
「あの……、失礼ですが、御堂さんはおいくつなんですか?」
「ああ、若い頃から年齢不詳の見た目だってよく言われるんだ。――今年、不惑になった」
「……つまり、四十歳?」
「髪を染めたらもう少し若く見られると言われているんだが、まあ、いまさら外見を取り繕っても仕方ない」
そう言いながら御堂が、前髪を摘み上げる。一目見たときのインパクトが薄れてしまえば、御堂の灰色の髪は、生来のものかと思わせるほど違和感がなかった。
「数年ほど病気で伏せていて、ストレスに加えて薬のせいもあるんだろう。元に戻ることは期待してないよ」
「病気はもういいんですか?」
「自宅療養と通院で、体にメスを入れなくて済んだ。今は月に一回の通院だけだ。まあ、わたしはもともと、体を使う仕事は期待されていないから、そういうのは二神たちに任せっきりだ」
御堂がちらりと窓のほうへと視線を向ける。この喫茶店には、二神が運転する車でやってきたのだが、さらにもう一台の車がついてきていた。御堂の護衛は厳重で、和彦一人が増えたところで、余裕で男たちの壁が守ってくれるだろう。
アイスコーヒーが運ばれてきて、和彦はミルクを注ぐ。ストローに口をつけていると、隣のテーブルの女の子たちが海に行く予定を楽しそうに立てており、聞く気はなかったが、つい顔が綻んでしまう。ふと何げなく視線を上げると、そんな和彦を御堂が楽しそうに眺めていた。思わず頬が熱くなる。
「あの――」
「賢吾が、君をどんなふうに見ているのか、ちょっと想像してしまったんだ。この間会ったときは、思いきり惚気られたからね」
賢吾が何を言ったのか、知りたいような、知りたくないような、複雑な気持ちになる。
「実際に君を見て、賢吾が言っていた意味がわかった」
「……なんて、言ってましたか。賢吾さ――長嶺組長は」
「君に振り回されているとか言ってたような……」
「振り回されているのは、ぼくのほうですっ。初めて会ったときからずっと」
ムキになって弁解すると、御堂は口元を手で隠し、肩を震わせる。思いきり笑いたいところを、必死に堪えているらしい。和彦はさりげなく左右のテーブルに目を向けてから、努めて冷静にアイスコーヒーを飲む。
総和会の人間に対しては、意識せずとも身構えてしまう癖がついている和彦だが、御堂に対しては調子が狂う。振る舞いがあまりに自然で、昔からの知人と話しているような親近感が湧くのだ。これが演技だとしたら怖いが、御堂自身の魅力だというほうがしっくりくる。
御堂も、自分に親近感に近いものを抱いてくれていることを願いながら、和彦は一番気になっていることを尋ねた。
「――御堂さんと長嶺組長は、どういうお知り合いなのですか」
「腐れ縁」
一言だった。予想外の答えに和彦は目を丸くする。冗談なのかとも思ったが、御堂はまじめな顔をして続けた。
「わたしの親類が、総和会に名を連ねている組を率いていたんだ、昔。わたしはヤクザだとかまったくわからない子供の頃から、その親類の家を出入りしていたんだが、子供がいなかった親類にずいぶん可愛がられてね。あちこち連れ回されているうちに、賢吾と顔を合わせるようになって、話もするようになった。わたしが中学生で、彼は……大学生だったかな」
御堂のほうが年下なのに、賢吾を呼び捨てにできるのかと、変なところが気になってしまう。
「想像がつかないです。あの人の学生時代なんて……」
「今とあまり変わらない。計算高くて皮肉屋で、すでにもう、組を背負って生きる自分の将来を見据えていた。――あと、性格が悪かった」
一拍置いてから、和彦は口元を緩める。賢吾についてここまで言えるということは、本当に親しいのだとわかった。御堂もニヤリと笑ったあと、何事もなかったようにまじめな顔となる。
「いろいろあって、わたしも組の仕事に関わるようになって、気がついたときには、総和会の一員だ。賢吾は長嶺組組長代理として、総和会にも出入りするようになって、わたしたちの腐れ縁は続いていたんだが……」
御堂が自分の胸元に手を当て、ため息をついた。
「総和会の中で騒動が起こって、ちょうど同じ時期に、わたしが体を悪くした。正直、嫌なことが重なって、精神的にも滅入っていたし、この機会に足を洗ってしまおうと考えたんだ。療養と言って隠居生活に入って、このままわたしのことなんて忘れてほしいと思っていたけど――」
御堂の言葉に、いよいよ好奇心が抑え切れなくなった和彦は、さきほどからずっと気になっていたことを思いきって尋ねた。
「あの……、失礼ですが、御堂さんはおいくつなんですか?」
「ああ、若い頃から年齢不詳の見た目だってよく言われるんだ。――今年、不惑になった」
「……つまり、四十歳?」
「髪を染めたらもう少し若く見られると言われているんだが、まあ、いまさら外見を取り繕っても仕方ない」
そう言いながら御堂が、前髪を摘み上げる。一目見たときのインパクトが薄れてしまえば、御堂の灰色の髪は、生来のものかと思わせるほど違和感がなかった。
「数年ほど病気で伏せていて、ストレスに加えて薬のせいもあるんだろう。元に戻ることは期待してないよ」
「病気はもういいんですか?」
「自宅療養と通院で、体にメスを入れなくて済んだ。今は月に一回の通院だけだ。まあ、わたしはもともと、体を使う仕事は期待されていないから、そういうのは二神たちに任せっきりだ」
御堂がちらりと窓のほうへと視線を向ける。この喫茶店には、二神が運転する車でやってきたのだが、さらにもう一台の車がついてきていた。御堂の護衛は厳重で、和彦一人が増えたところで、余裕で男たちの壁が守ってくれるだろう。
アイスコーヒーが運ばれてきて、和彦はミルクを注ぐ。ストローに口をつけていると、隣のテーブルの女の子たちが海に行く予定を楽しそうに立てており、聞く気はなかったが、つい顔が綻んでしまう。ふと何げなく視線を上げると、そんな和彦を御堂が楽しそうに眺めていた。思わず頬が熱くなる。
「あの――」
「賢吾が、君をどんなふうに見ているのか、ちょっと想像してしまったんだ。この間会ったときは、思いきり惚気られたからね」
賢吾が何を言ったのか、知りたいような、知りたくないような、複雑な気持ちになる。
「実際に君を見て、賢吾が言っていた意味がわかった」
「……なんて、言ってましたか。賢吾さ――長嶺組長は」
「君に振り回されているとか言ってたような……」
「振り回されているのは、ぼくのほうですっ。初めて会ったときからずっと」
ムキになって弁解すると、御堂は口元を手で隠し、肩を震わせる。思いきり笑いたいところを、必死に堪えているらしい。和彦はさりげなく左右のテーブルに目を向けてから、努めて冷静にアイスコーヒーを飲む。
総和会の人間に対しては、意識せずとも身構えてしまう癖がついている和彦だが、御堂に対しては調子が狂う。振る舞いがあまりに自然で、昔からの知人と話しているような親近感が湧くのだ。これが演技だとしたら怖いが、御堂自身の魅力だというほうがしっくりくる。
御堂も、自分に親近感に近いものを抱いてくれていることを願いながら、和彦は一番気になっていることを尋ねた。
「――御堂さんと長嶺組長は、どういうお知り合いなのですか」
「腐れ縁」
一言だった。予想外の答えに和彦は目を丸くする。冗談なのかとも思ったが、御堂はまじめな顔をして続けた。
「わたしの親類が、総和会に名を連ねている組を率いていたんだ、昔。わたしはヤクザだとかまったくわからない子供の頃から、その親類の家を出入りしていたんだが、子供がいなかった親類にずいぶん可愛がられてね。あちこち連れ回されているうちに、賢吾と顔を合わせるようになって、話もするようになった。わたしが中学生で、彼は……大学生だったかな」
御堂のほうが年下なのに、賢吾を呼び捨てにできるのかと、変なところが気になってしまう。
「想像がつかないです。あの人の学生時代なんて……」
「今とあまり変わらない。計算高くて皮肉屋で、すでにもう、組を背負って生きる自分の将来を見据えていた。――あと、性格が悪かった」
一拍置いてから、和彦は口元を緩める。賢吾についてここまで言えるということは、本当に親しいのだとわかった。御堂もニヤリと笑ったあと、何事もなかったようにまじめな顔となる。
「いろいろあって、わたしも組の仕事に関わるようになって、気がついたときには、総和会の一員だ。賢吾は長嶺組組長代理として、総和会にも出入りするようになって、わたしたちの腐れ縁は続いていたんだが……」
御堂が自分の胸元に手を当て、ため息をついた。
「総和会の中で騒動が起こって、ちょうど同じ時期に、わたしが体を悪くした。正直、嫌なことが重なって、精神的にも滅入っていたし、この機会に足を洗ってしまおうと考えたんだ。療養と言って隠居生活に入って、このままわたしのことなんて忘れてほしいと思っていたけど――」
38
お気に入りに追加
1,316
あなたにおすすめの小説
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
首輪 〜性奴隷 律の調教〜
M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。
R18です。
ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。
孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。
幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。
それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。
新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
俺の番が変態で狂愛過ぎる
moca
BL
御曹司鬼畜ドSなα × 容姿平凡なツンデレ無意識ドMΩの鬼畜狂愛甘々調教オメガバースストーリー!!
ほぼエロです!!気をつけてください!!
※鬼畜・お漏らし・SM・首絞め・緊縛・拘束・寸止め・尿道責め・あなる責め・玩具・浣腸・スカ表現…等有かも!!
※オメガバース作品です!苦手な方ご注意下さい⚠️
初執筆なので、誤字脱字が多々だったり、色々話がおかしかったりと変かもしれません(><)温かい目で見守ってください◀
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる