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第32話
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「だけど、おしゃべりをするには向いている。ここにいる若い子たちなんて、みんな自分のことを話すのに夢中で、いい歳した男二人の話の内容なんて、きっと興味がない」
御堂の言葉に、いよいよ好奇心が抑え切れなくなった和彦は、さきほどからずっと気になっていたことを思いきって尋ねた。
「あの……、失礼ですが、御堂さんはおいくつなんですか?」
「ああ、若い頃から年齢不詳の見た目だってよく言われるんだ。――今年、不惑になった」
「……つまり、四十歳?」
「髪を染めたらもう少し若く見られると言われているんだが、まあ、いまさら外見を取り繕っても仕方ない」
そう言いながら御堂が、前髪を摘み上げる。一目見たときのインパクトが薄れてしまえば、御堂の灰色の髪は、生来のものかと思わせるほど違和感がなかった。
「数年ほど病気で伏せていて、ストレスに加えて薬のせいもあるんだろう。元に戻ることは期待してないよ」
「病気はもういいんですか?」
「自宅療養と通院で、体にメスを入れなくて済んだ。今は月に一回の通院だけだ。まあ、わたしはもともと、体を使う仕事は期待されていないから、そういうのは二神たちに任せっきりだ」
御堂がちらりと窓のほうへと視線を向ける。この喫茶店には、二神が運転する車でやってきたのだが、さらにもう一台の車がついてきていた。御堂の護衛は厳重で、和彦一人が増えたところで、余裕で男たちの壁が守ってくれるだろう。
アイスコーヒーが運ばれてきて、和彦はミルクを注ぐ。ストローに口をつけていると、隣のテーブルの女の子たちが海に行く予定を楽しそうに立てており、聞く気はなかったが、つい顔が綻んでしまう。ふと何げなく視線を上げると、そんな和彦を御堂が楽しそうに眺めていた。思わず頬が熱くなる。
「あの――」
「賢吾が、君をどんなふうに見ているのか、ちょっと想像してしまったんだ。この間会ったときは、思いきり惚気られたからね」
賢吾が何を言ったのか、知りたいような、知りたくないような、複雑な気持ちになる。
「実際に君を見て、賢吾が言っていた意味がわかった」
「……なんて、言ってましたか。賢吾さ――長嶺組長は」
「君に振り回されているとか言ってたような……」
「振り回されているのは、ぼくのほうですっ。初めて会ったときからずっと」
ムキになって弁解すると、御堂は口元を手で隠し、肩を震わせる。思いきり笑いたいところを、必死に堪えているらしい。和彦はさりげなく左右のテーブルに目を向けてから、努めて冷静にアイスコーヒーを飲む。
総和会の人間に対しては、意識せずとも身構えてしまう癖がついている和彦だが、御堂に対しては調子が狂う。振る舞いがあまりに自然で、昔からの知人と話しているような親近感が湧くのだ。これが演技だとしたら怖いが、御堂自身の魅力だというほうがしっくりくる。
御堂も、自分に親近感に近いものを抱いてくれていることを願いながら、和彦は一番気になっていることを尋ねた。
「――御堂さんと長嶺組長は、どういうお知り合いなのですか」
「腐れ縁」
一言だった。予想外の答えに和彦は目を丸くする。冗談なのかとも思ったが、御堂はまじめな顔をして続けた。
「わたしの親類が、総和会に名を連ねている組を率いていたんだ、昔。わたしはヤクザだとかまったくわからない子供の頃から、その親類の家を出入りしていたんだが、子供がいなかった親類にずいぶん可愛がられてね。あちこち連れ回されているうちに、賢吾と顔を合わせるようになって、話もするようになった。わたしが中学生で、彼は……大学生だったかな」
御堂のほうが年下なのに、賢吾を呼び捨てにできるのかと、変なところが気になってしまう。
「想像がつかないです。あの人の学生時代なんて……」
「今とあまり変わらない。計算高くて皮肉屋で、すでにもう、組を背負って生きる自分の将来を見据えていた。――あと、性格が悪かった」
一拍置いてから、和彦は口元を緩める。賢吾についてここまで言えるということは、本当に親しいのだとわかった。御堂もニヤリと笑ったあと、何事もなかったようにまじめな顔となる。
「いろいろあって、わたしも組の仕事に関わるようになって、気がついたときには、総和会の一員だ。賢吾は長嶺組組長代理として、総和会にも出入りするようになって、わたしたちの腐れ縁は続いていたんだが……」
御堂が自分の胸元に手を当て、ため息をついた。
「総和会の中で騒動が起こって、ちょうど同じ時期に、わたしが体を悪くした。正直、嫌なことが重なって、精神的にも滅入っていたし、この機会に足を洗ってしまおうと考えたんだ。療養と言って隠居生活に入って、このままわたしのことなんて忘れてほしいと思っていたけど――」
御堂の言葉に、いよいよ好奇心が抑え切れなくなった和彦は、さきほどからずっと気になっていたことを思いきって尋ねた。
「あの……、失礼ですが、御堂さんはおいくつなんですか?」
「ああ、若い頃から年齢不詳の見た目だってよく言われるんだ。――今年、不惑になった」
「……つまり、四十歳?」
「髪を染めたらもう少し若く見られると言われているんだが、まあ、いまさら外見を取り繕っても仕方ない」
そう言いながら御堂が、前髪を摘み上げる。一目見たときのインパクトが薄れてしまえば、御堂の灰色の髪は、生来のものかと思わせるほど違和感がなかった。
「数年ほど病気で伏せていて、ストレスに加えて薬のせいもあるんだろう。元に戻ることは期待してないよ」
「病気はもういいんですか?」
「自宅療養と通院で、体にメスを入れなくて済んだ。今は月に一回の通院だけだ。まあ、わたしはもともと、体を使う仕事は期待されていないから、そういうのは二神たちに任せっきりだ」
御堂がちらりと窓のほうへと視線を向ける。この喫茶店には、二神が運転する車でやってきたのだが、さらにもう一台の車がついてきていた。御堂の護衛は厳重で、和彦一人が増えたところで、余裕で男たちの壁が守ってくれるだろう。
アイスコーヒーが運ばれてきて、和彦はミルクを注ぐ。ストローに口をつけていると、隣のテーブルの女の子たちが海に行く予定を楽しそうに立てており、聞く気はなかったが、つい顔が綻んでしまう。ふと何げなく視線を上げると、そんな和彦を御堂が楽しそうに眺めていた。思わず頬が熱くなる。
「あの――」
「賢吾が、君をどんなふうに見ているのか、ちょっと想像してしまったんだ。この間会ったときは、思いきり惚気られたからね」
賢吾が何を言ったのか、知りたいような、知りたくないような、複雑な気持ちになる。
「実際に君を見て、賢吾が言っていた意味がわかった」
「……なんて、言ってましたか。賢吾さ――長嶺組長は」
「君に振り回されているとか言ってたような……」
「振り回されているのは、ぼくのほうですっ。初めて会ったときからずっと」
ムキになって弁解すると、御堂は口元を手で隠し、肩を震わせる。思いきり笑いたいところを、必死に堪えているらしい。和彦はさりげなく左右のテーブルに目を向けてから、努めて冷静にアイスコーヒーを飲む。
総和会の人間に対しては、意識せずとも身構えてしまう癖がついている和彦だが、御堂に対しては調子が狂う。振る舞いがあまりに自然で、昔からの知人と話しているような親近感が湧くのだ。これが演技だとしたら怖いが、御堂自身の魅力だというほうがしっくりくる。
御堂も、自分に親近感に近いものを抱いてくれていることを願いながら、和彦は一番気になっていることを尋ねた。
「――御堂さんと長嶺組長は、どういうお知り合いなのですか」
「腐れ縁」
一言だった。予想外の答えに和彦は目を丸くする。冗談なのかとも思ったが、御堂はまじめな顔をして続けた。
「わたしの親類が、総和会に名を連ねている組を率いていたんだ、昔。わたしはヤクザだとかまったくわからない子供の頃から、その親類の家を出入りしていたんだが、子供がいなかった親類にずいぶん可愛がられてね。あちこち連れ回されているうちに、賢吾と顔を合わせるようになって、話もするようになった。わたしが中学生で、彼は……大学生だったかな」
御堂のほうが年下なのに、賢吾を呼び捨てにできるのかと、変なところが気になってしまう。
「想像がつかないです。あの人の学生時代なんて……」
「今とあまり変わらない。計算高くて皮肉屋で、すでにもう、組を背負って生きる自分の将来を見据えていた。――あと、性格が悪かった」
一拍置いてから、和彦は口元を緩める。賢吾についてここまで言えるということは、本当に親しいのだとわかった。御堂もニヤリと笑ったあと、何事もなかったようにまじめな顔となる。
「いろいろあって、わたしも組の仕事に関わるようになって、気がついたときには、総和会の一員だ。賢吾は長嶺組組長代理として、総和会にも出入りするようになって、わたしたちの腐れ縁は続いていたんだが……」
御堂が自分の胸元に手を当て、ため息をついた。
「総和会の中で騒動が起こって、ちょうど同じ時期に、わたしが体を悪くした。正直、嫌なことが重なって、精神的にも滅入っていたし、この機会に足を洗ってしまおうと考えたんだ。療養と言って隠居生活に入って、このままわたしのことなんて忘れてほしいと思っていたけど――」
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