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第32話
(13)
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しかし御堂にはそれがない。御堂を囲む男たちにしても、御堂に従っているというより、誠実な献身さのようなものがあり、周囲に対する威圧的なものが感じられない。
ここで和彦は、一人の男と目が合った。さきほどぶつかった男だ。
「あっ」
脳裏にある光景が蘇り、思わず声を洩らす。つい、男に話しかけていた。
「もしかして……、いつも黒のスーツを着ていませんでしたか?」
「それは――」
男が微妙な表情を浮かべた横で、御堂が短く笑い声を洩らす。
「二神、お前の喪服姿はよほどインパクトがあったようだな。しっかり覚えてもらっているじゃないか」
「ええ。着ていた甲斐がありました」
二神と呼ばれた男はまじめな顔で頷くが、和彦は心の中でささやかな訂正を入れたくて仕方なかった。
総和会本部に出入りするようになって、一階でたびたび、黒のスーツを着た二神という男は見かけていた。最初は葬式に行くのだろうかと思ったが、二度、三度と重なれば、二神が日常的に黒のスーツを身につけているのだとわかった。
二神が印象に残っていたのは、黒のスーツを着ていたこともあるが、物陰に身を潜めている姿を、ヤクザを演じている俳優のようだと感じたからだ。表情がどこか物憂げで翳りがあり、特別整った容貌をしているわけでもないのに極上の男に見せている。そのため、御堂と並び立つ光景は、素晴らしい映画のポスターのような趣きすらあった。
自分の知っている裏の世界の男たちではないような――と、御堂を中心とした一団を呆けたように眺めている和彦に、御堂が問いかけてくる。
「それで、ここに用が? 内線で呼べば、すぐに誰か飛んでくるだろう」
御堂と顔を合わせるのは初めてだが、ここでの和彦の扱いがどういったものか、把握している口ぶりだった。賢吾と親しいようなので不思議ではないが、また小さな刺激が心に生まれる。
「人を呼ぶほどのことではないんです。ただ、この周辺を散歩してくると、誰かに言っておこうと思っただけで……」
和彦が答えた途端、御堂の唇の端が意味ありげに動いた。
「残念だが、本部の周辺を散歩するのは諦めたほうがいい。特に、君のような人は。誰に目をつけられて、連れて行かれるかわかったものじゃない。自ら進んで騒動を巻き起こすようなものだ。そもそも一人では、外出なんてさせてもらえないはずだ」
「……君のような、って……」
色素の薄い瞳が、無遠慮なほど和彦を値踏みしてくる。一目見たときは思慮深いと感じた御堂の瞳だが、意外なほど感情を露わにする。今、瞳にあるのは、和彦への好奇心だった。
「君は、長嶺会長の大事な客人だ。それだけで総和会の内部の人間にとっても、外部の人間にとっても、君の価値は計り知れないものになる」
『客人』という表現は、気をつかってくれたものなのだろうかと、つい卑屈なことを考える。和彦が曖昧な返事を返すと、御堂は思いがけない提案をしてきた。
「散歩は無理だろうが、わたしとコーヒーでも飲みに出かけないか。わたしの護衛はついてくるが、代わりに、君自身は護衛をつけなくてもいい」
「あなたと、ですか?」
「仕事に復帰したばかりで、コーヒーを一緒に飲む友人がいないんだ。君とは違った意味で、わたしもいろいろあって、本部の人間からは遠巻きにされている」
どうだろう、と問われた和彦は困惑しながら、御堂や、背後に控えている男たちを眺める。正直、警戒心は湧かなかった。賢吾とどういった関係なのかも気になるが、筋者らしくない物腰である御堂の正体に、和彦の好奇心は刺激される。
そもそも、散歩に出る許可が下りるかどうかさえ怪しいのなら、選択肢は限られていた。
「――ご一緒させて、いただきます」
おずおずと和彦が答えると、御堂が満足げに笑みをこぼした。
総和会本部から車で十分ほど行ったところにある喫茶店は、なんとも可愛らしい外観から想像はついたが、内装もポップなデザインとなっており、目ににぎやかだった。それに、若い客が多い。
店に一歩足を踏み入れて、内装と客層に怯んだ和彦だが、御堂のほうは平然と中へと入っていき、空いたテーブルへと案内されている。和彦も慌ててあとを追いかけ、女の子のグループに挟まれるという、これ以上なく居心地の悪い席へとついた。
二人ともアイスコーヒーを頼んでから、すぐに御堂が口を開く。
「――不便だよね。本部から一番近いコーヒーが飲める店って、ここしかないんだから。もう少し行くと、ドーナツ屋があるけど、そこだとさすがに落ち着かない」
「ここもあまり……」
和彦が控えめに言うと、おしぼりで手を拭いた御堂が小さく声を洩らして笑った。
ここで和彦は、一人の男と目が合った。さきほどぶつかった男だ。
「あっ」
脳裏にある光景が蘇り、思わず声を洩らす。つい、男に話しかけていた。
「もしかして……、いつも黒のスーツを着ていませんでしたか?」
「それは――」
男が微妙な表情を浮かべた横で、御堂が短く笑い声を洩らす。
「二神、お前の喪服姿はよほどインパクトがあったようだな。しっかり覚えてもらっているじゃないか」
「ええ。着ていた甲斐がありました」
二神と呼ばれた男はまじめな顔で頷くが、和彦は心の中でささやかな訂正を入れたくて仕方なかった。
総和会本部に出入りするようになって、一階でたびたび、黒のスーツを着た二神という男は見かけていた。最初は葬式に行くのだろうかと思ったが、二度、三度と重なれば、二神が日常的に黒のスーツを身につけているのだとわかった。
二神が印象に残っていたのは、黒のスーツを着ていたこともあるが、物陰に身を潜めている姿を、ヤクザを演じている俳優のようだと感じたからだ。表情がどこか物憂げで翳りがあり、特別整った容貌をしているわけでもないのに極上の男に見せている。そのため、御堂と並び立つ光景は、素晴らしい映画のポスターのような趣きすらあった。
自分の知っている裏の世界の男たちではないような――と、御堂を中心とした一団を呆けたように眺めている和彦に、御堂が問いかけてくる。
「それで、ここに用が? 内線で呼べば、すぐに誰か飛んでくるだろう」
御堂と顔を合わせるのは初めてだが、ここでの和彦の扱いがどういったものか、把握している口ぶりだった。賢吾と親しいようなので不思議ではないが、また小さな刺激が心に生まれる。
「人を呼ぶほどのことではないんです。ただ、この周辺を散歩してくると、誰かに言っておこうと思っただけで……」
和彦が答えた途端、御堂の唇の端が意味ありげに動いた。
「残念だが、本部の周辺を散歩するのは諦めたほうがいい。特に、君のような人は。誰に目をつけられて、連れて行かれるかわかったものじゃない。自ら進んで騒動を巻き起こすようなものだ。そもそも一人では、外出なんてさせてもらえないはずだ」
「……君のような、って……」
色素の薄い瞳が、無遠慮なほど和彦を値踏みしてくる。一目見たときは思慮深いと感じた御堂の瞳だが、意外なほど感情を露わにする。今、瞳にあるのは、和彦への好奇心だった。
「君は、長嶺会長の大事な客人だ。それだけで総和会の内部の人間にとっても、外部の人間にとっても、君の価値は計り知れないものになる」
『客人』という表現は、気をつかってくれたものなのだろうかと、つい卑屈なことを考える。和彦が曖昧な返事を返すと、御堂は思いがけない提案をしてきた。
「散歩は無理だろうが、わたしとコーヒーでも飲みに出かけないか。わたしの護衛はついてくるが、代わりに、君自身は護衛をつけなくてもいい」
「あなたと、ですか?」
「仕事に復帰したばかりで、コーヒーを一緒に飲む友人がいないんだ。君とは違った意味で、わたしもいろいろあって、本部の人間からは遠巻きにされている」
どうだろう、と問われた和彦は困惑しながら、御堂や、背後に控えている男たちを眺める。正直、警戒心は湧かなかった。賢吾とどういった関係なのかも気になるが、筋者らしくない物腰である御堂の正体に、和彦の好奇心は刺激される。
そもそも、散歩に出る許可が下りるかどうかさえ怪しいのなら、選択肢は限られていた。
「――ご一緒させて、いただきます」
おずおずと和彦が答えると、御堂が満足げに笑みをこぼした。
総和会本部から車で十分ほど行ったところにある喫茶店は、なんとも可愛らしい外観から想像はついたが、内装もポップなデザインとなっており、目ににぎやかだった。それに、若い客が多い。
店に一歩足を踏み入れて、内装と客層に怯んだ和彦だが、御堂のほうは平然と中へと入っていき、空いたテーブルへと案内されている。和彦も慌ててあとを追いかけ、女の子のグループに挟まれるという、これ以上なく居心地の悪い席へとついた。
二人ともアイスコーヒーを頼んでから、すぐに御堂が口を開く。
「――不便だよね。本部から一番近いコーヒーが飲める店って、ここしかないんだから。もう少し行くと、ドーナツ屋があるけど、そこだとさすがに落ち着かない」
「ここもあまり……」
和彦が控えめに言うと、おしぼりで手を拭いた御堂が小さく声を洩らして笑った。
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