血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
733 / 1,268
第31話

(25)

しおりを挟む
「最初に話していたのは、賢吾だった。あんたのために、いい番犬をつけてやったと。次に話していたのが、南郷だ。あの刑事は、先生に狂っている性質の悪い犬だと、おもしろいことを言っていたが――、今日見て、納得した。確かに、刑事の肩書きを持ちながら、総和会本部の前で張り込むなど、正気の沙汰じゃない。しかもそれが、職務に駆り立てられてのものじゃなく、あんた個人のためだ」
 守光の口ぶりからして、すべて南郷から伝わっているようだ。自分の口からの説明が省けるということは、しかし和彦には救いにならない。
「……ぼくが、マンションにも本宅にも姿を見せないため、心配したようです。普段は、用がなければ連絡も取り合うこともないので、正直、今日のような行動は予想外で……」
「仮にあの刑事が、うちの者に小突かれたと訴えたら、我々は何もできん。素直に取り調べを受けるしかないんだ。領分を弁えない者には、総和会の力など通用しない。当然、駆け引きもできない。そういう手合とは関わりを持たないのが一番だが、賢吾には賢吾の考えがあるんだろう。しかし、今は状況が変わっている。あんたは長嶺組組長だけではなく、総和会会長であるわしのオンナだ。わしの言うことにも従ってもらわないと困る」
 守光の言うことは、理解できる。鷹津の存在に危惧を抱いて当然のことだ。視線を伏せて守光の話を聞いていた和彦だが、次に言われた内容に、ハッと守光の顔を見つめていた。
「――あの男を手放すんだ」
 和彦は大きく目を見開く。
「手切れ金なら、こちらで用意するし、話もつけよう。あんたは何も心配せず、長嶺の男たちにとって善きオンナであり、ときには息抜きとして、安全な男たちと関係を持てばいい」
 全身が熱くなったのは、羞恥からなのか、それ以外の感情からなのか、あえて和彦は考えなかった。
「それは――」
「あんたの番犬は、あんた恋しさに、さらに狂うだろう。それは、わしらだけでなく、何よりあんたにとって危険だ」
 動揺と混乱によって、頭の中が真っ白になる。だが、長い時間ではなかった。石を投げ込まれた湖面が大きな波紋を広げたあと、何事もなかったように静けさを取り戻すように、和彦はすぐに冷静になる。いや、冷静という言葉では足りない。一瞬にして心を凍りつかせた。
 守光の目をひたと見据え、和彦は囁くような声で告げた。
「――あの男は、ぼくに執着しています。今、手放すほうが、より危険です。もともと、長嶺組長……賢吾さんを憎んでいる男です。ぼくが追い払えば、確実に賢吾さんだけではなく、長嶺の男たちを逆恨みし、牙を剥くはずです。だからまだ、しばらくはこのままに。妙なまねをしないよう、ぼくが首輪をつけておきます」
 本当は和彦には、自分が鷹津に執着されているという確信などなかった。賢吾を恨み、憎みながらも、長嶺組と繋がっていることで得る利益を計算したうえで、鷹津は、長嶺の男たちの〈オンナ〉である和彦を大事にしているのだと思っている。
 互いに、情が芽生えつつあることは薄々感じてはいるが、それはひどく曖昧で脆いもので、確認し合った途端、砕け散ってしまいそうだ。だから、口にしない。触れもしない。繋がるのは体と利害だけ。鷹津との関係は、そういうものなのだ。
 守光に見つめ返されながら和彦は、内心ではひどく怯えていた。今、目の前にいる総和会の頂点に立つ男は、表面上はあくまで端整で穏やかな人物だ。一方で背には、九本の尾を持つ禍々しい狐を背負っている。その狐がどれほど凶悪で凶暴、冷酷な生き物なのか和彦は知らない。守光は一度もうかがわせたことはないからだ。
 それ故に、存在をうかがわせる守光の目を見るのは怖かった。いつ、恐ろしい狐と目が合ってしまうかと。
 賢吾がそうであるように、長嶺の男は、背負った獣を身の内に飼っていると、和彦は信じていた。
 あともう少しで気圧され、目を逸らしそうになったとき、ようやく守光が口を開いた。
「あんたの健気さは、性質が悪い。男を駆り立てて、さらに骨抜きにしていく。品がよくて優しげな見た目とは裏腹に、本当に悪いオンナだ……」
「健気なんて――」
「あの男も大事、この男も大事。さらには面子も守ってやりたい。気にかけるものが多くて大変だろう、先生。人によっては八方美人と悪し様に言うかもしれんが、そうでなくては、長嶺の男たちのオンナは務まらん。いや、あんたの場合、務めているという認識すらないか。性分だ。男たちに大事にされる、悪いオンナの性分」
 守光は口元に鋭い笑みを刻んだ。
「わしは、あんたのそういうところも気に入っている。愛でて、大事にしてやりたい。今後のためにも。――刑事のことは、しばらく様子を見よう。あんたが上手く躾けてくれることを期待して」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...